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楠本を抱いたまま病院の裏口の扉から中へ入る。
一歩進むと中はバタバタと慌ただしく、あちこち医者や看護師が走り回っていた。
この入口は救急の待機室に繋がっている。
「すみません、この入口からの立ち入りは…」
後ろから困ったような声でそう呼び止められる。
俺が楠本を抱いたまま振り返ると看護師は一度目を見開き、それから改めて首を振った。
「申し訳ありません。怪我が酷いのはわかるのですが救急でない限りこちらからお通しすることは出来ません。」
マニュアル通りの返事だろう。
基本的にいくら重症でも救急じゃない限りすぐ見てもらうことは出来ない。
そりゃそうだ。
だが、俺はその看護師の耳へ口を寄せる。
「皆木だ。上の人へ伝えてくれ。」
「……皆木、?」
看護師はパチクリとした後、ハッとしたように小さく飛び跳ねた。
口を何度かパクパクとしてから裏返ったような声で
「皆木、様ですね…!?すぐ上へ伝えます。大変失礼しました…!」
「別にいい。悪いがベッドを1つ空けてくれるか?」
「はい、すぐに…!」
そう言ってバタバタと走り出した看護師の背を見ながら、1度楠本を抱き直す。
目線を下へ落とすと今のやりとりに驚いたのか丸い目で俺を見上げていた。
それが何だかおかしくて笑えてしまう。
「親の名前、案外役に立つだろ。戸籍がそのままで助かるのはその辺りなんだよな。」
なんて笑いながら言っていると、看護師がベッドを案内してくれる。
カーテンに囲まれたベッドへ楠本を寝かせ巻いていたタオルケットを外す。
白いパジャマと包帯、それからガーゼ。
白いベッドとシーツ。
透き通るような白い肌も同じような色に見えた。
色の抜けた髪と色素の薄い瞳。
それと、滲む赤い血だけが余計に浮き上がって見える。
「すぐに看てもらえる。俺は別室にいるが、検査が終わればまた会える。怖くないか?」
楠本は少し悩んだように目線を外すがすぐにコクンと頷いた。
ここが病院だと言うのがせめてもの安心感になるだろう。
流石に病院では無駄な暴力もレイプも起こらないだろう。
「今日は1日入院する事になる。俺も一緒に泊まるから安心しろ。…二人になったらこれからの事、ちゃんと話そうな。」
少し小さな声でそう言うと小さく頷いた。
俺は片手で前髪を撫でる。
これからの事。
少しでも、もう傷つかずに済む未来を選ぼう。
そんな話をしているとカーテンが開き医者が顔を覗かせた。
検査のために少し席を外すのでさえ名残惜しいが今は仕方ない。
「また後でな」
とだけ声をかけカーテンの中から外へ出る。
また、すぐに会えるだろう。
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