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楠本の寝顔を見ながらやっと安心する。 小さく結んだ口とすぅすぅと鳴る寝息。 頬に触れるとほんのり暖かくて目は少し潤んで見えた。 眠っていればどこにでもいる高校三年生の男子だ。 「…よく耐えたな。」 頭を撫でてそう呟く。 俺もこのままここで寝てしまおう、と簡易ベッドを開くため立ち上がるとコンコンと小さなノックの音が聞こえてくる。 振り返ると看護師が申し訳なさそうにこっちを見ていた。 「何か?」 「少しお話がありまして。」 「話?」 その声に皐月を起こさないために病室を出る。 看護師は目を泳がせては落ち着かない様子で吃りながら話し出した。 「あの、ですね。皆木様の方から聞きました、学校の連絡先から楠本さんの家の方にご連絡させて頂きましたところすぐにこちらに来ると……」 「……はぁ!?アイツの家に連絡したのか!?」 「えぇ…、まだ未成年なので保護者…両親の元へ連絡する決まりになっております。皆木様と楠本さんの関係はその…担任の先生ですよね?」 その言葉に返す言葉が見つからない。 運命の番だ、俺達は相思相愛だ、恋人同士だ。 どの言葉もなんの根拠もない繋がりだ。 これがもし誓を交わしあった番であれば別だが俺達にはそんなものはない。 答えられずにいると看護師は続けた。 「保護者の方はすぐに来られるらしく、担任である皆木先生とは接触したくないとおっしゃってます。これ以降は家の方で面倒を見られると。ですので皆木様には申し訳ないのですがお帰り頂けると幸いです。」 「待て、アイツは…」 「どんな、…っどんな事情があっても保護者の方の意思が優先されます。これ以上その…抵抗されますと警察に……」 アイツを親に引き渡す? 虐待をした父親に、帰ってくるなと言った母親に。 だが今の時点ではそれを証明することすら出来ない。 合意的に終わらす事も考えたが人一倍世間体を気にするような父親にそれは難しいだろう。 俺は黙り込んで1歩下がる。 「…わかった。その代わり、親の行動をよく見ておいてくれ。」 「か、…かしこまりました。」 頭を深く下げる看護師を見て、病室へ一度入る。 鞄だけ取ってすぐに出ていこうと思ったが耐えられず一度皐月の方へ振り返ってしまう。 気持ちよさそうに眠るその頭へ一度触れ起こさないよう小さな声で 「嘘ついて、ごめんな。」 とだけ呟いた。 起きても隣にいるのは俺ではなく、自分を嫌う親だ。 あまりにも残酷な現実だった。 病室の扉を開き廊下へ出る。 俺はそのまま振り向かなかった。 皐月へ合わせる顔がない。 結局、また 俺はアイツをぬか喜びさせてはそのまま突き落とした。 最低だ。 灰色の夢の中。 何か波に襲われる。 なんだろう。 何かが触れるような、いたい。 ここに居たい、 イタい、痛い? 痛、い 「起きろ!!!」 その声に目を見開く。 左手の親指に鋭い痛みを感じて思わずその手を引っ込める。 状況がわからないまま夢から引きずり出され、キョロキョロと周りを見渡した。 痛みの原因は爪の隙間に何かをねじ込まれていたせいらしく、俺を起こした声の主は 「…随分甘やかされたらしいが、そのままぬるく生きていけると思うなよ。」 隣にいてくれるはずの皆木じゃなくて、紛れもない俺の父親だった。 父親の後ろには頬を腫らした母親が座っていた。 窓の外はまだ真っ暗できっと今は夜で。 俺はただどうしようもない絶望にくれながら胸の中で どうして とだけ繰り返しては震える手をおさえていた。

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