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沈む
父親の顔を見上げたまま俺は動けなかった。
体中が震えてガクガクとベッドを揺らす。
それからまもなく、低い声が部屋に響いた。
「1日も学校を休むことは許さない、勉強も疎かにするな。死ぬ気でやれ。怪我やΩであることをを言い訳にするな。いいな?」
俺は震えたままコクリと頷く。
が、前から思い切り首を握られ拳が目の前まで振り下ろされる。
恐怖に目を見開いままま動けない。
苦しい、息ができない。
目の前で止まった拳が降ろされると
「お前は親の言葉に返事も出来なくなったのか?」
と、轟くような声が聞こえた。
親はまだ俺の声の事を知らない。
必死に伝えようとするが声も出なければ息すら出来ない。
「なぁ、答えろ!!」
「は、……っ…ひ、っ……」
掠れた息が喉が押し出される。
声にならない、音の鳴らない息。
ようやく離された手に強く咳き込むと喉の奥から血の味が滲んだ。
声も出ない、動けない、文字を書く事も理解する頭もない。
俺はもう何も出来ない。
「あの皆木という教師が何かしたんだろうが、いい迷惑だ。」
「……っ、…?」
「酷い恥さらしだ。ここも、あと一時間後には出る。二度と人前で恥を晒すな。…生きてるだけで迷惑だ。」
一つ一つの言葉が刃物みたいに突き刺さる。
俺はただ抗うことも出来ずに頷いた。
どうしてかこんなに苦しいのに涙は出なかった。
さっきの唇の感触を思い出す。
抱きしめられた優しい暖かさを。
それから、一つ一つの言葉を。
握られた手の感覚や触れた手のひら。
俺を求めていてくれると関心付てくれるいくつもの優しさがあった。
「明日以降、あの教師とは関わるな。いいな?恥を晒すくらいなら誰とも関わらずにいろ。関わった事がわかれば施設にでも入れてやる。…この、屑が。」
そこまで言い残すと舌打ちをして父親は病室を出ていった。
ヒューヒューと俺の呼吸音だけが部屋に残った。
左手で喉を抑えて俯く。
皆木と関わるな。
誰とも関わるな。
その言葉の意味を暫く理解出来ずにいた。
「……皐月。」
母親が消えそうな声でそう言い、俺のそばまで来ると床へしゃがみこみ泣きつくようにベッドへ上半身を乗せた。
「もう、お父さんを怒らせないで。…お願いだから要らないことしないで。」
赤く腫れた頬はきっと父親にされたからだろう。
これが痛そうで、あまりにも辛そうで。
左手を母親の頬へ伸ばした。
皆木に触れられながら「大丈夫だ」と言われるだけで平気になったように、母親も同じなのかも思ったから。
大丈夫だ、と言ってあげたかったから。
「触らないで、…っ触らないで!!」
そんなカナギリ声に驚いて手を引っ込める。
ボロボロと落ちる涙に何も出来なかった。
俺が泣かせた。
俺が傷つけた。
「あんたなんかいなかったら良かった、上2人はあんなにいい子なのに皐月だけ不出来で、いつも私が責められるの!!…なんであの時死ななかったの、ねぇ…ねぇ、なんでなの…っ」
ドクン、と心臓が揺れた。
ごめんなさい
謝ることも出来ない。
何も出来ない。
「お願いだから何もしないで、もう迷惑かけないで…っ…生きてるだけで、迷惑なの……っ…」
母さん、ごめんなさい。
そんな風に思われてるって知らなかったんだ。
だって母さんだけはいつも
「皐月は優しい子だからね」って
言ってくれてたから。
「大丈夫よ少しお母さんに似て不器用なだけだから」って
「いつでも甘えていいからね」って
全部嘘なのに
俺のために嘘ついてくれてたんだ。
もう迷惑かけないから
もう、何もしないから
だから 俺のせいで泣くのはもうやめて。
左手でペンを持つ
これが最後のお願いにする。
幸せになれるかもとか
愛してもらえるかもとか
俺の居場所があるのかもとか
誰かと
同じ家で幸せに暮らしていけるかもとか
そんな事、もう望まないから。
『かあさん ゆるして』
その8文字に全てをかけて。
「…無理。もう、愛想なんて残ってないのよ。」
破れた紙が床に落ちて視界から消えた。
ごめんなさい。
生きてて、ごめんなさい。
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