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「………痛。」 ゴシゴシと目を擦りながら廊下を進む。 こう、目を見開けば涙なんてのは簡単に出るんだけど昔からこれだけは得意じゃない。 なによりコンタクトが外れそうになる。 目薬を刺そうとポケットに手を入れると飴玉が床に落ちる。 慌てて拾おうとした時、後ろから肩に何かが触れる 「ひ、ぅわぁ!?」 「……え。すみません、そんなに驚くとは…」 「…ボクも、こんなに驚くとは…」 思わず上がった大きな声に生徒が数人振り向く。 慌てて「アハハ、ごめんね」なんて言って笑うと皆何か茶化しながらそれぞれ散っていく。 唯一残ったのはボクの邪魔をしそうな彼一人で、ボクは飴玉を拾い上げてわざとらしくため息をついてみせる。 「なぁに、またボクに文句?」 「いや、そういう訳じゃないんですけど…」 『さっきのは嘘泣きですか?』と耳元で囁かれてやっぱりか、とまたため息をつく。 …なんか監視されてるみたいで気持ち悪い。 けどあんまり放課後の廊下でこういった態度を見せるのも気が引ける。 「あはは、やだなぁ。そうだ!ボクこれから提出物のチェックするんだけど…キミも手伝ってくれない?」 「もちろんです。」 そう言って何故か笑う彼へ少し顔を歪める。 けれどすぐ笑顔になって「それじゃ行こうか」と教官室へと向かう。 正直話す事も無いんだけどこのまま引く気はなさそうだしこれもいい機会だ。 これを機に、もう関係も終わりにしてもらおう。 「どうぞ入って。」 教官室へ招き入れ、ボクも続いて中へ入る。 もうこのやり取りも慣れてきたかもしれない。 奥側のソファに座ると彼はじっとボクを見上げては「今日は少し真面目な話がありまして」と改めるように言った。 「真面目な話?」 「はい。あの、まずは…前はすみませんでした。」 深く頭を下げられてボクは驚いたまま動けない。 座ろうとした椅子の前で立ったまま彼の頭を見下ろしていた。 …え、なにこれ。 「頭上げてよ、そんなの困る。」 「…カッとして手を出して。多分、怖がらせたなと。」 「あれくらい平気さ。驚きはしたけどね。真面目な話ってそれだけ?」 「いや、…それで思ったんですけど俺も先生もお互いの事全く知らないまま変な関係になってるなと。」 頭を上げると少し不安そうな顔で千葉クンは言った。 それなら好都合だ。 もう、知らないままお別れをしちゃえば何の問題もないはず。 「そうだね。…ね、千葉クン。」 「なんですか?」 「もうこうやって話すのもやめよっか。利用するとか都合よくとか…ボクもなんか弱ってたみたい。ボクなんかと関わってたらロクな事ないよ。…やめとこう。」 「…今更遅いです。」 「遅くないよ。ね、なんとなく察してるでしょ?わかってて面白がっててもダメだよ。ボク自己中だから自分のことしか考えられないし。」 待ってください という千葉クンの声に首を振って言葉を続ける。 ボクも本当、血迷ってたみたい。 こんな高校生に頼って気を許すなんて馬鹿みたい。 ボクにはボクしかいない、ボクには優しかいない。 「自由に生きてたいもん、嫌いな人は嫌いがいいし好きな人だけに好かれてたい。あー脅しとか、もうやめてね。ボクらの権力を使えばキミなんて一溜りもないんだから。…だから、何も言わずに出てって。」 「…先生、…」 違うんだ キミといたら、ボクが崩れそうで怖いんだよ 言わないことまで全部バレてしまいそうで うっかり口を滑らせて 知られたらいけない事まで全部言ってしまいそうで 「出てって、ほら。」 その手を引いてソファから立たせると出口へ向かって背中を押す。 強引に無理矢理に。 関係を経つなんて一瞬だ。 彼への一瞬の信頼はきっと錯覚で。 「先生、聞いてください…!!俺、普通の家で生まれました、普通の…親もβ同士のサラリーマンと専業主婦だし何の変哲もない一人っ子で…ごく普通の家だったんです。 だから、先生と…!先生となら何か変わるような、こんな退屈な日々を変えてくれると思えたんです!」 大きな背中を押しながら、何故か胸の奥がチクリと痛んだ。 ボクといても何も変わらない。 きっとキミの"普通"を壊してしまうだけだよ。 「先生!」 「いいじゃん、普通ってボクすごく憧れるな。キミはきっとその普通がとびきりに似合ってるはずさ!…だからそこに戻るべきだよ。」 「…待って、俺は……っ」 扉の向こうへ体を押し出す さよならにしよう 初めから こんな風に関係を持つべきじゃなかった キミは普通で ボクは異常だ 「結ばれるはずの血は違っても先生が好きだ、…!」 最後の声を塞ぐように扉を閉める ドンドンと扉が向こうから叩かれた ボクは鍵を閉めたままその場に座り込んで俯いた 「嘘つき。脅して、襲って、誑かしただけのくせに。」 きっとボクが好きなんじゃなくて、ボクの周りにある歪んだ空間が好きなだけのくせに 空気が重くて体が沈んでいく また一人に戻れる 何もかも、これで元通りだ

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