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傍に感じる体温と、吐息と。
それからこの重みはきっとボクだけの特権。
「優ー、ほら。もうすぐタクシーくるから起きてよ。」
「…ん。」
「ん、じゃなくて。ボクの肩折れちゃうからさ。」
限界まで酒を詰め込んだ優は完全に泥酔。
ボクの肩に顎を乗せて後ろから抱きつくようにして半分眠ってしまっている。
いつもはこんな風になる前に自分で止めるのに今日は本当にやけ酒だったのかもしれない。
向こうから光るタクシーのライトに手を振りながら、優の体を揺する。
満更でもないのだけど。
*
「優、ほら。」
「ん。」
ソファにスーツのまま溶けている優へコップを渡す。
こんなに砕けたとこ他の人からは想像出来ないだろうな。
隣へ座ってボクも水を飲みながら顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「……気持ち悪ぃ。」
「だろうね。デキャンタ二人でいくつ飲むんだろって思ってたもん。それに空きっ腹に飲んでろくにご飯食べないから。」
「よく食べるお前と違って俺はそんなに飯食えねぇんだよ。」
「あはは。優はお酒飲むと食べられなくなるもんね。」
優の手から滑り落ちそうだったグラスを取り上げ机へ置く。
とりあえずスーツだけ脱がさないとシワになってしまう。
少し声をかけてからスーツのジャケットへ手をかける。
優の香水の匂いと酒のでむせ返る様な匂いに酔いそうだった。
「ん、…なんだ?」
「シワになるから。ほら、体浮かせて。」
「……んー……、」
ボクの声なんて無視で脱力するように背もたれに埋まってしまう。
こうなったら仕方ない。
起こさないように慎重にスーツを脱がしながらなんだかおかしくて笑ってしまう。
もう24なのに、子供みたいだ。
ううん。
……優はこうやって甘える事知らずに育ってきたんだろうなぁ。
「かなと、…」
「へ、……っわ、…!」
名前を呼ばれたかと思うと、頭の後ろに手を当てられ体が引き寄せられる。
優の体に落ちるみたいに抱きしめられると優しく頭が撫でられた。
まるで、恋人同士みたいに。
「優…酔い過ぎだよ。」
「…このままでいい。」
ボクはすっぽりと優の体の中に収まったまま目を閉じた。
優の匂い、優の声。
優の心臓の音まで。
世界でボクだけの物みたいだ。
「髪、伸びたな。」
「…そうだね。」
「もう家で一人でも平気か。」
「平気だよ。立派な大人だからね。」
「そうか、…なぁ奏斗。」
「なぁに?」
耳元で囁かれるかすれた声が反響する。
ボクもずり落ちないように優の肩にしがみついた。
強く抱きしめられる。
唇が、頬に触れそうな程に。
「お前の笑顔が、好きだ。」
「……へ?」
「だから、…ずっと笑えるように無理は、するなよ。」
そう言って優の力が抜けていく。
眠ってしまったのかもしれない。
ボクは優の体から抜け出すように体を起こし、それから気持ちよさそうに眠るその体を見下ろした。
頬に手を触れキスをしそうなほど近くまで顔を近付ける。
この睫毛も、この吐息も、この唇も。
ボクだけの秘密。
「…ずっと、ボクは笑ってるから。心配しないでね。」
これは、嘘じゃないよ。
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