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二人ぼっちの世界。
*長い長い優と奏斗の昔話
「奏斗、準備できた?」
「うん!」
「それじゃいってらっしゃい。」
「いってきまーす!」
時枝 奏斗。
大好きなのはお父さんとお母さん。
家は大きなお寺。
お父さんが偉い人で知らない人がよくお家に来る。
僕のお家はそんなお家。
「奏斗、ランドセル空いてるぞ。」
「えぇ?お父さん閉めてー!」
「お前は本当に落ち着きがないなぁ。」
お父さんとお母さんは優しくて、僕はいっぱい幸せ。
学校に行ってお友達とお話して帰ってお寺の中で遊んでおやすみ。
お気に入りの場所は裏庭。
少し怖い場所は蔵と井戸。
そんな、普通の僕。
だけど。
最近、なんだかお父さんが忙しそうで。
あんまり僕に構ってくれない。
前までは毎日一緒にお風呂に入って遊んでたのになぁ。
「お母さん。お父さん、忙しいの?」
「うーん、そうね。お寺の方がちょっとね。」
「…寂しいなぁ。」
「そうだ。奏斗、今日はお父さんと一緒に寝たら?そしたら朝まで一緒にいられるしね。」
「ん!そうする!」
お母さんの言う事はいつも大正解。
僕は頷いてすぐに立ち上がった。
パタパタ走って部屋まで行くと、枕だけ持って急いでお父さんの部屋に行く。
お父さんの部屋は扉があってそこからお寺に繋がってるから、部屋で待ってたら帰ってくるはず。
僕はベッドに寝転がったまま枕を抱きしめてじっとその扉を見つめていた。
けれど、少しずつ眠くなってしまう。
「…お父さん、まだかなぁ。」
なんて呟いてそのまま眠ってしまった。
「奏斗。」
体を揺すられながらボクの名前を呼ぶ声が聞こえた。
眠くて、ぼーっとしたまま目を開くとお父さんがじっと僕を見ては笑っていた。
「ん、…っお父さん!」
「なんでこんなとこで寝てるんだ?」
「お父さんと遊べなくて寂しいから、今日は一緒に寝るんだ。…先に寝ちゃったけど。」
「そうかそうか。それじゃ、今日はここで寝ような。」
「ん!」
お父さんがそう言って大きな手で僕の頭を撫でた。
僕は嬉しくて飛び起きては、ニコニコ笑ってお父さんに抱きつく。
でも、大好きなお父さんと一緒にいられるのに寝てるなんて勿体ない。
少しでもお話したくてうーんうーんって考えてみる。
「えーっと…お父さん、お仕事忙しいの?」
「そうだな。…なぁ奏斗。奏斗はお父さんと一緒にいたいんだよな。」
「うん!」
「奏斗が少し手伝ってくれたらお父さん、お仕事は楽になるし奏斗と沢山一緒にいられるようになるんだ。お手伝いしてくれないか?」
「んー…いいよ!僕もお父さんと一緒にいたい!」
「本当か!?」
お父さんと一緒にいたいから。
って、すぐにそう返事をした。
本当かって聞いたお父さんの顔が少しだけ怖かったけどお父さんが喜んでくれるなら僕はなんだってする。
大好きなお父さんだもん。
「本当!お手伝いってなぁに?」
「そうだな…少しお寺まで来てくれるか?」
「え、今?」
「あぁ。早ければ早いほうがいい。」
「…わかった!」
お父さんはいつも間違った事は言わなかったし、さっき寝たから別にいいや。
なんて思いながら僕はお父さんに手を引かれてお寺の方へ向かった。
夜のお寺は少し怖くて、床が冷たくて不気味な感じがした。
僕は怖くてお父さんにピッタリくっついていたけど、お父さんはニコニコ笑ったままで僕の方は見てくれなかった。
「お父さん、お手伝いってなぁに?」
「大丈夫だ。奏斗はいてくれるだけでいいからな。」
「いるだけでいいの?」
「あぁ。あと、初めましての人がいるけどイイコにするんだぞ。」
「初めましての人?今いるの?」
「見たらわかる。大丈夫だぞ。」
お父さんは前を向いてニコニコしたままだった。
なんだか怖い。
お家に戻りたかったけど、僕の手首を握る力が強くて僕は離れられなかった。
「ねぇ、お父さん。僕やっぱり眠いよ。」
「うるさい。我儘言うな。」
「え……?」
「なんでもない。大丈夫だ、怖くないぞ。」
「……うん。」
お父さんの手の力が強くて僕は痛くて少し引っ張るけど、余計に強く握られるだけで。
…僕がわがまま言うからお父さん怒っちゃったのかな。
ただ一緒にいたかっただけなのに。
「お父さん、痛いよ。」
「大丈夫だぞ。」
「…ねぇ、お父さん。」
「奏斗は強い子だもんな。大丈夫だもんな。」
僕の言葉とお父さんの返事が喧嘩してるみたいだ。
僕は、なんだか怖くてもうそのまま何も言わなかった。
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