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いたい、いたい それだけが頭の中をいっぱいにする 幸せだった思い出が一つ浮かんでは消えていく 三人で食べたハンバーグ 両手をお父さんとお母さんに握ってもらって歩いた帰り道 みんなで歌った焼き芋の歌 大好きな家族が消えていく 「かな」 「……ボクは、わるいこ…ボクは汚い、ごめんなさい、っ…ごめ、ん…なさ、ぃ…」 「偉いぞ。」 ボクは いつ、わるいこになったんだろう お父さんの爪が背中を引っ掻いてそれから熱い何かが後ろに触れた。 怖くて1言 「嫌だ、っ…」 と呟くと、パシンと乾いた音を立てて手のひらがボクを叩いた。 ボクがまた「ごめんなさい」と「汚い 悪い子」を繰り返すと熱いものがボクを二つに裂くみたいに押し入ってくる。 いたい いたい 壊れる 思い出が ボクが お願い 「かな、…いいぞ。」 壊さないで 「ぁ"、……、…っ…」 ブチン と頭の奥で何かが千切れる音がして 目の前が真っ暗になる 頭の奥がチカチカすると 周りの音がこもって聞こえなくなった パン パン って 何かがぶつかる音がして ボクは息が止まって まるで何もかも 世界が止まったみたいで 「奏斗ー、今日の晩ご飯は何がいい?」 「お母さんが作るご飯なんでも大好き!」 「そう?奏斗は好き嫌いもんね。本当にイイコでお母さん嬉しいなぁ。」 「よーしいい子の奏斗はお父さんと一日いっぱい遊ぼうな。」 「やったー!お父さん、お母さん大好き!」 真っ暗な中に そんな声が聞こえた。 ブチブチと何かが千切れていく 思い出が壊れていく やめて 優しいお父さんとお母さんを取らないで ボク、イイコでいるから お願い お願い 「……かな、…出す、ぞ……っ…」 「ぅ"、……っ……、ひっ…ぐ………ぁ"、…!」 熱い 痛い 苦しい 寂しい 「………お、とう……さん…………?」 目が覚めたのは、いつもと同じ床だった。 周りには誰もいなくて両手も両足も自由だった。 ボクはぼーっと周りを見て首をかしげた。 夢、だったのかな? ボクは大きなボロボロのTシャツ1枚しか着てなかった。 手や足には縄のあとがついていて、腕は引っ掻いた跡が残っていた。 夢じゃなかったんだ。 って、それしか思わなかった。 久しぶりに自由に歩ける。 そう思って立ち上がると、頭が重くてボクはそのまま前に倒れ込んだ。 頭を打ち付けるとじんわりと血が床に滲んだ。 お尻の奥からドロドロと何かが溢れてきて、怖くて手で触れると指の先に白い液体がべっとりと付いていた。 なんだろう、これ。 顔に近付けると変な匂いがしてすぐに引き離す。 フラフラ体を起こして床に付いた血と、それから白い液体を交互に見る。 指先で掬って、混ぜて。 「……あか、ピンク、しろ。」 絵の具みたいで楽しい。 なのに、なんだか苦しくて涙が出た。 血としろい液体を混ぜる指がボロボロなのに気付く。 涙で濡らすと爪の隙間が痛くなる。 短くなった爪の隙間には木の欠片が挟まってて血が滲んでいた。 「ん………血、……木……いた、い。」 痛い でも、昨日に比べると痛くない これはそんなに痛くない。 これくらい 痛くない。 「痛い、…じゃ、ない。」 誰もいないのに一人でそう言った。 ボクはその日、ハジメテを失った。

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