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「またね。」 そう言って優と別れたのは出会ったのと同じ川だった。 雨は上がってて大きな太陽がちょうど向こう側に沈むところ。 僕は一度振り向くけど優はもう遠くにいてそれを見た途端またお腹が痛くなってきた。 早くお家に帰ろう。 今日はもしかしたらお父さんは優しくしてくれるかもしれない。 今日がダメでも明日。 明日がダメでも明後日はきっと。 遠くからご飯の匂いがしてくる。 味噌汁の匂い。 でも何だかおかしくて、ボクはお腹を抑えて立ち止まった。 「……お腹、空かない。」 * それから何日経っても 「かな、綺麗だな」 何週間経っても 「……ごめ、……んなさ、っ…」 何ヶ月経っても 「ゆっ、る…し…て……、」 誰もボクを助けてはくれなかった。 時々、抜け出して優といろんな遊びをした。 それ以外は同じ部屋で同じ時間を過ごした。 ボクは少しずつ生きてるのがわからなくなっていった。 起きて、お世話をされて、それから寝て。 最低限しか食べないご飯は砂の味がした。 初めは助けて欲しかったのに、今は皆消えちゃえばいいのにとしか思わなくなった。 でもそんな時、いつも優だけがボクを大切にしてくれた。 「奏斗、髪伸びたな。切らないのか?」 「うん。お父さんが伸ばせって。」 「…そうか。これ前髪目に入るだろ。」 「平気だよ。髪伸びるとお父さん褒めてくれるから好きだよ。」 「あー…俺は、髪が伸びてても短くても奏斗の事好きだぞ。」 「本当!?僕はね、優の事もっと好き!」 いつもそんな話をして笑った。 優の家でするかくれんぼ、誰もまだ来てない公園で遊具を独り占めしたり、夏は川で2人でずぶ濡れになった。 雨の日は優が家の近くまで迎えに来てくれた。 靴を持ってないボクに優は綺麗な靴を一つくれた。 ボロボロのボクと、綺麗な優。 皆ボクらを見て笑ってた。 ボクらは皆の笑われ者だった。 でも、優だけはボクを大切にしてくれた。 ボクには優しかいなかった。 そんなある日、優は夕焼けの中でボクに言った。 「なぁ、奏斗。俺たちもうすぐ四年生になるだろ。」 「うん。」 「来年から一緒に学校行かないか?奏斗の家のことは俺が絶対に何とかする。…だから、上手くいったら一緒に来て欲しい。」 「…優、すごい人なの?」 ボクがそう聞くと、優は左右に首を振っては「俺に価値は何も無い。」と悲しそうな顔をした。 ボクには知らない顔が優にはあった。 優が悲しい顔をするからそれ以上はいつも聞かなかった。 「ボクも優と学校行きたい。だから、もしそうなったら…一緒に行こうね。」 ボクはそれだけを返した。 大きな風が吹いて、ボクらを攫っていく。 世界にボクらだけならいいのに。 何もかも無くなればいいのに。 ねぇ、優。 ボクは優が世界で一番好きだよ。

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