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桜の下。 奏斗に手を引かれて走り出す。 誇り臭い教室の中、突然現れた半分だけ髪の長い奏斗と包帯を巻いた俺は当然のように輪の外だった。 それでも奏斗はいつも笑っていた。 帰り道に石を投げられても 1人だけ給食のデザートが無くても 教科書に落書きがあっても 靴箱に押しピンが入ってても テストが席まで回ってこなくても どれだけ酷い事をされても 「優、一緒に帰ろ!」 奏斗はいつも笑顔で それから、俺にその矛先が向かないように。 いつも走り回って 俺の知らないところで怪我を作って それでも 何故かいつも隣にいて 「ねぇ優。帰りに公園行こ?今日は最初にブランコ取るんだー!」 俺の手を引いて笑っていた。 「奏斗、頬切れてるぞ。いつ……」 「あーこれ?鉛筆で引っ掻いちゃったんだ。あはは、平気だよ。」 奏斗はいつも優しい嘘をついた。 俺が傷つかない様に、俺が心配しないように。 いつも笑って誤魔化して。 中学に上がってからもそれは変わらなかった。 奏斗は明るく、優しく、それから無邪気で誰にでも同じように接した。 そのお陰か小学校の時とは違いクラスメイトは俺や奏斗へ特別おかしな対応をすることは無かった。 中学2年になったある日の事だった。 委員会があるから先に帰ってて、と奏斗に言われ先に帰る約束をした。 外靴に履き替えたところで教室にお弁当箱を忘れた事を思い出し、教室へと戻ったんだ。 人気のない廊下を歩いていると、遠くから吹奏楽部の練習の音や運動部の掛け声が聞こえてきた。 けれどそれに紛れて誰かの声が聞こえる。 お願い やめて それだけは許して そんな声に俺は息が止まった。 間違いじゃなければ、それは聞きなれた奏斗の声だったからだ。 俺は鞄をその場に落とし駆け足で教室へ向かった。 扉に手をかけるが鍵がかかってて開かない。 窓も同じだった。 中からまた声がする。 「優には、何もしないで」 気が付いた時には右手を振りかぶり窓ガラスを殴っていた。 ガラスと一緒に、奏斗の笑顔が砕けていく。 パラパラと破片が落ちた先。 数人に押さえつけられた奏斗は、髪を引っ張られそこにハサミを当てられていた。 『髪が伸びるとお父さん褒めてくれるから、好きだよ。』 そんな昔の言葉を思い出す。 その髪が奏斗にとって大切なものなんだって俺は知っていた。 破片の中で手を伸ばす。 届かないと、知っていて。 ジャキ って、そんな安い音がした。 奏斗の髪がパラパラと宙を落ちていく。 あの日、奏斗が俺を庇った時に散ったのと同じ。 優しい色の髪がまた。 「………かな、と。」 俺がそう呟くと、奏斗はニッコリと笑った。 奏斗は俺の前ではいつも笑っていた。 「あはは。短いのも、似合うかな?」 この時の奏斗は 笑いながら 泣いていた。 その日の帰り道。 奏斗は短くなった髪を引っ張りながら、ずっと俯いていた。 俺はかける言葉が見つからなかった。 何も、出来なかった。 奏斗はきっと俺に弱い所を見せたくなかったはずなのに。 俺はただ奏斗の見られたくない姿を見て余計に傷付けただけだった。 トボトボと歩いていると、ぴたりと奏斗が足を止めた。 そこは初めて出会ったのと同じあの川の土手で。 毎日通る通学路なのに俺達はもう何年もここでは立ち止まってなかったのを思い出す。 「あのね、優。」 「……なんだ?」 奏斗はクルリと向こうを向いてしまう。 正面には夕日があって、俺には逆光で真っ赤に燃える奏斗の影しか見えなくて。 あの日出会った時よりもずっと背の伸びた奏斗が、俺には妙に大人びて見えていた。

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