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風で揺れる奏斗の髪は、今朝ここを通った時は腰あたりまであったのにもう肩の上までしかなかった。 「ボクの家、お寺でしょ?お父さんすごい人でね。お父さんの道を作りたいんだって。その道には目指すピンがいるんだけど、そのピンにボクがぴったりみたいで。 でもそのピンは女の子じゃないとダメだし受け入れる器がいるって言ってて。ボクはよく分からないけど、でもボクじゃだめって…足りないっていつも言われた。」 奏斗の言葉の意味はよく理解出来なかった。 道?ピン?女じゃないといけない? 頭の中は疑問だらけだったが奏斗は続けた。 「お父さんはボクがそのピンに相応しくなるように毎日色んな事をする。嫌な事の方が多いし、毎日苦しい。お父さんだけじゃなくて知らない人も皆ボクを変えようとする。 ボク、お父さんが怖いよ。ホントは逃げ出したい。…でもまだダメだから。今はこうやっていられるだけで沢山幸せなんだ。痛い事も苦しい事も…優が居てくれたら全部平気だから。 でも、髪なくなっちゃったでしょ?きっと帰ったらボク、お父さんにまた嫌われちゃう。」 奏斗は明るい声でそこまで言った。 東から大きな風が吹くと奏斗の髪を揺らしながら過ぎ去る。 奏斗があれから初めて弱音を吐いた。 俺の前で、隠していた言葉を話してくれた。 それから、ゆっくり振り向いた顔は綺麗な笑顔だった。 「ねぇ、優。…髪が短くなっても、ボクが女の子になれなくても。優はボクのこと好きでいてくれるかなぁ…?」 笑顔なのに、顔は涙で濡れていた。 ボロボロと涙が落ちてそれが風に攫われていく。 真っ赤な水滴が宙に浮く。 俺は手を伸ばして、それから奏斗の体を抱きしめた。 「嫌う訳ないだろ…!俺は、どんな奏斗も…髪が短くても男でも女でも、なんでも!!俺は奏斗の親友だ。ずっと傍にいる。ずっと好きでいる。」 耳元で奏斗のしゃくり上げる声が聞こえた。 目の奥が熱くて、今までどうして気付けなかったんだと後悔した。 奏斗の笑顔が好きだ。 その言葉がどれだけコイツを縛り付けていたのか俺は気付いていなかった。 大切な、唯一の友人を。 1番の親友をこんな風にしてしまった。 「優、ずっと…隣にいてくれる?」 「…当たり前だ。」 「ありがとう。大好き、…ボク、キミと出会えて良かった。」 夕日の真ん中で2人で泣きながら抱きしめ合った。 よくある青臭い青春とは比べ物にならないくらい痛い思い出だ。 傷ついて、苦しくて その中で生きていく決心をした日で。 「奏斗、絶対に俺がお前を救ってやる。助け出す。そんな家から引きずり出してやる。」 「…うん。ボクはキミと…広い世界で生きていきたいよ。」 それから そう遠くない未来を 約束した日だった。

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