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ボン、と高い位置から落とされる様にベッドへ下ろされる。
鈍い痛みに目を閉じもう一度開くと兄はあの日みたいな冷たい目で俺を見下ろしていた。
この人は昔から態度がコロコロ変わる。
…顔に出るからわかりやすいけれど。
「で、アイツにどこまで言った?」
俺に説明する手段が無いのが分かっての質問なんだろう。
俺はぼんやりと馬乗りになった兄を見上げたまま口を開こうとすらしなかった。
「レイプって言ってたよなぁ。酷いよな、俺が折角世話見てやってんのにさ。」
兄はそう言うと拳を振り上げ俺の頬へ強く当てた。
顔が反動で逆を向くと、前髪を掴んではベッドへ押し付けるように力を入れる。
目が霞む。
「なぁ、皐月?まさか虐待されてるーとか言ってないだろうな。」
俺は首を左右に振る。
虐待されてる、とは言っていないはずだ。
…皆木がどう捉えてるか俺にはわからないけど。
兄は目を細めて俺を見下ろしていたが暫くしてパッと手を離した。
もう、終わらせてくれた?
ポカンとして見上げていると体を起こしながら
「ふぅん。ま、いい。とりあえず全部脱げ。」
と、当然のように言った。
その顔は無表情にも近くて俺は一度、コクンと頷く事しか出来なかった。
*
兄の行為はいつもに増して乱雑で、むしろ痛みを与えるためにしてるんじゃないか?とも思えるようなものだった。
ただ揺さぶられるだけの行為の中で俺はどうしても皆木の事を考えてしまっていた。
頬を腫らして学校に行くと心配されるか。
また怪我が増えたのに気付かれるか。
もう関わらない。
そう決めたのに、頭の中はあの男でいっぱいだった。
「皐月、出すぞ。」
俺の返事なんで待たずにドクン、と波打つと腹の奥に暑い液体を感じる。
そんな感覚ももう慣れっこで。
俺はぼんやりとした頭のまま兄とその向こうの天井を眺める。
半開きになった口でまぬけに息をしていると、兄は何を思ったか優しく俺の頭を撫でた。
「痛くされたくなかったら、これからは変な事するなよ。」
そう言うと兄は俺の中から自身を引き抜き、俺の横にゴロンと寝転がった。
見えてないだろうけど一度頷き、俺は目を閉じた。
体の奥が熱くて眠れそうには無いけれど。
「声、出ねぇのストレスなんだよな。きっかけはなんだったんだ?」
兄は肩肘をついて横になったまま俺を見た。
「あ、なんか文字出せる物…」と呟くと枕元にあったタブレットを取り、パレットを開いた。
俺は目の前の画面を見つめたままどう言えばいいのかわからず何も書けない。
「自分でわからねぇの?」
『一つじゃないと思う』
「色々合わせてか。その一つに俺もあるんだろうな。」
兄が少し悲しそうな顔をするから、俺はタブレット越しにその目を見たまま離せなかった。
いつも乱暴で自己中で気分屋で俺のことなんて全くってくらい考えてなんてくれない兄がなんで今更そんなふうに言うんだ。
いっそ、ぐちゃぐちゃのまま優しさなんて1ミリも無い方が楽なのに。
「なぁ、皐月。」
兄の手が俺の髪を撫でて離れる。
「俺たちさ。ありふれた兄弟に戻れると思うか?」
タブレットに指が触れて、いくつもの文字にならない点だけが刻まれる。
「…俺だってさ。出来るもんなら弟は可愛がりたいし、セックスだってしたかねぇよ。それでもΩの匂いには嫌でも酔うし弟は問題ばっか起こしてストレスは溜まる。
優しい兄貴になるには、この家は環境が悪すぎるんだよ。」
『ごめん。おれのせい。』
曲がった文字を書くと、兄は折り曲げた指で俺の頭をコツいた。
それから呆れたように笑うと「馬鹿か」と呟いてから
「出来のいい弟になるには、この家は酷過ぎるだろ。」
と、呟いてベッドから降りてしまう。
俺はポカンとタブレットを片手に兄の背中を目で追っていたがそのまま部屋を出ていってしまった。
俺の知らないところで、俺の知らない様に。
兄は兄なりに苦しんで傷ついているのだろうか?
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