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部屋を出て、そのままでかいため息をつく。
何もかも面倒で投げ出したい。
裾の長いズボンを引きずりながら階段を降りリビングへと向かう。
この時間なら母さんが夕飯の支度をしてる頃だろう。
ガラス戸越しに中を覗き込むとエプロンをつけた後ろ姿が見えた。
「母さん。」
俺がそう声をかけると、振り向いて少し笑った。
「どうしたの?もうお腹すいた?」
「いや。喉乾いただけ。」
「そっか。今日の夕飯は鍋にしようと思って。後でお父さんに言っといてくれる?」
「りょーかい。」
コップに水道水を入れ、飲みながら横目で母さんを見る。
こうやって見てると美人で器用なよくできた母親だ。
「ねぇ香月。」
「ん?」
「香月は、いい子でいてね。」
母さんが野菜を切りながらそう言った。
俺は飲み干したグラスにもう一杯水を入れながら出来るだけよく笑ってみせる。
いや、多分母さんは俺の顔を見ていないんだけど。
「俺はこのままだって。父さんとも仲良くやってるし、心配しないでよ。」
「…ごめんね、変な事言って。母さんはどんな香月とお兄ちゃんでも大好きだからね。」
誰もが「いいお母さんだ」と言いそうな笑顔とセリフ。
あぁ、この人の中にももうあのポンコツな弟はもう残ってないんだなって思い知らされる。
ありがとう、とだけ言ってリビングを出てもう一度ため息。
あんたの大好きな息子はさっき、弟の事犯してましたけど。
なんて口が裂けても言えないし言いたくもない。
結局親なんて表面上の綺麗なとこしか見えてないわけで。
数字と見かけだけ良くしておけば嫌われることはまずない。
「あんだけ嫌われてたら、そりゃ俺みたいなクズにすがりたくもなるか。」
自室に戻り、ベッドの上で寝息を立てる弟の顔を覗き込む。
頬を腫らして鼻血を垂らした顔は間抜けそのもの。
おまけに下半身は真っ裸。
正真正銘レイプの後って感じの光景で思わず笑ってしまう。
ベッドヘッドにコップを置いてすっかり伸びた弟の髪を撫でる。
栄養足りてませんって証拠の枝毛の触り心地は最悪だ。
「…なぁ、お前はどうなりたいんだ?」
なんて夢の中のソレに聞いても意味は無いんだけど。
弟の顔は母さんに似て、女らしい。
目はでかいし肌は白いし顔はどちらかと言うと丸っぽい。
それに比べて俺と兄貴は断然父親似。
今となったらαとΩの違いだろって言われそうだけど生まれは揃ってαだった。
…俺たち兄弟はトコトン格差が酷かった。
親に嫌われて
学校でいじめにあい
ついでに見ず知らずの奴からレイプ
あちこち怪我だらけ傷だらけ
精神だって楽なもんじゃない
挙句の果てに母親から拒否される
なんて
「っはは、…そりゃ、泣きたくもなるよなぁ。」
眠っている弟の目から、一筋の涙が落ちる。
一体どんな夢に襲われてるんだ。
なんて聞いてやるようなキャラでもない。
涙を指で拭い、腫れた頬へ広げる。
コイツは気が強くて人に特別扱いされるのを人一倍嫌っていた。
自分が弱いんだって思い知らされるのが嫌いだった。
それが今となってはこの有様だ。
一人じゃろくに息もできない。
俺が優しくしてやれば、コイツは救われたみたいな顔をするだろうか。
少し そんな顔を見たいような気がする。
でも
「お前には、もっと綺麗なヒーローがいるんだろ。」
今更、いい兄貴になんて戻れない。
知ってる。
この家はもうぶっ壊れてる事。
それは俺も コイツも 同じだって事。
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