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「それじゃ、頑張ってねー!」 と笑顔で手を振る先生に会釈し、運動場へ向かう。 今日の授業はこの体育が終わったら終わりだ。 外に出ると午後の運動場は日差しがきつくて既にじんわりと汗をかく。 持ってきていたノートで顔を仰ぎながら既に何人か集まっている真ん中あたりへと向かう。 「楠本はまだ見学か?そんなんじゃ単位とれねーぞ。そのままそこに立っとけ。」 体育教師はそう言って嫌そうな目で俺を見た。 …この状態で体育に出たってほとんど何も出来ない。 それなら真面目にレポートを書いてる方がマシだ。 炎天下の中、ぼーっと体育をする皆を見る。 今までは車椅子だったから必然的に座っていたけれど今は立ったまま。 じりじりと肌が焼けていく気がする。 30分くらいがたった頃。 先生が振り向くと、脇においてあったボールの入った大きな鉄の籠を指さした。 「それ、倉庫に直してこい。見学もそれくらい働け。」 俺は一度頷き書いてたレポートを台の上において籠の方へ向かう。 正直、まだ完全には治ってない足と指の折れた片手で重い籠を押していくのは楽じゃない。 少しずつ前へと進んでいく。 重いし暑い。 でも、そんなの我儘にしかならない。 人以上に頑張らないといけない。 ふと頭によぎる。 これくらい、誰だって簡単に出来るような事なんじゃないか。 小学生でもできるような事だ。 それがどうして 今の俺にはこんなに苦しいんだ。 「……っ、はぁ……。」 やっと倉庫の奥へ籠を収め、息をつく。 それなりに距離があったとはいえ明らかに時間の掛けすぎだ。 早く戻らないとレポートもろくにかけない。 垂れる汗を拭って戻ろうと顔を上げた時、後ろから嫌な音が聞こえた。 ガシャン と思い金属の扉と、外から引っ掛けるだけの鍵が閉まる音。 慌てて振り向くけれどさっき入ってきた扉は既に閉まっていて光が見えない。 奥にいたから気付かれずに閉められた? 暗い倉庫の中、おぼつかない足取りで出口へと向かう。 が、踏み出してすぐ足元の何かに引っかかり前へとバランスを崩してしまう。 「っぅ"、っ……」 運が悪い。 もっと慎重に動くべきだった。 倒れた先に並んでたのは恐らくハードルで、体のあちこちを打ち付ける。 …最悪だ。 痛む体を起こし、半ば這うようにそうこの中を移動する。 これが1番効率的だし怪我をする可能性が少ない。 ようやく辿り着いた扉は、見ていたとおりカッチリと閉められ引いても動かない。 ドンドン、と拳で扉を叩く。 まだ体育中だ。きっと誰かがすぐに気付く。 …意図的に閉めたんじゃなければの話だけれど。 何度も扉を叩いたけれど、チャイムが鳴っても誰も扉を開けてはくれなかった。 悪い事ばかり頭に浮かぶ。 誰かに閉じ込められたのかもしれない 今日はここに一日いなきゃいけないのかも 一日? また、何日もここで もう何回も自分のことを諦めているはずなのに、それでも想像すれば怖くて仕方ない。 今度こそ、誰かが助けてくれる保証は無いからだ。 扉のそばに蹲る。 倉庫のなかは蒸し暑くて、汗がボタボタと垂れる。 正直、既に水分不足だ。 さっき転けた時の衝撃であちこちから血が出ている。 扉を叩く元気もあまり無い。 「………ぅ、……」 叫んだら近所の人が探しに来てくれないだろうか。 あぁ、その声もないんだっけ。 なんて また諦めようとした時。 「今日、監督いないから自主練だって。」 「まじ?キャッチボール一緒にしよーぜ!」 そんな声が外から聞こえてきた。 馬鹿だった。 冷静に考えれば放課後になれば部活動がある。 そしたら、ここは誰かに開けられるに決まっていた。 助かった。 ゆっくりと開く扉を見上げ、ようやく出られるんだと胸を撫で下ろす。 「…っ、わ!?びっくりした、なんで人いんだよ…」 「うわ、まじじゃん。」 俺がよろよろと立ち上がると、二人の生徒は驚いたように俺を見た。 それも無理はないだろう。 会釈だけして外へ出ようとすると、片方が俺の腕を掴みじっと見つめてくる。 「………な、お前、そうだよな?」 ドクン、と心臓が鳴る。 何を言って 「は?どうした?」 「コイツ。朝話してただろ?Ωの話。」 「あー!……え、まじ?」 汗が流れる これは、さっきとは違う。 冷や汗ってやつで。 「Ωってヤっていいんだよな、なぁ?こんな所にいるって事はさ。」 「…それしか無いだろ。」 なんで。 「流石にここじゃまずいか…?」 「奥行ったらバレないだろ。」 待って、って掴まれた腕を引くけれど運動部の力に叶うわけがない。 無理やり腕を引かれ奥へと連れ込まれる。 つくづく俺は、運が悪い。 「……特進クラスばっか、ずるいなって思ってたんだよ。」 「倉庫にいるなんてまじでラッキー。」 硬いコンクリートの上に転がり、くらい影を見上げた。 誰か助けて。 今まで、そう願っていた。 でも今となっては もう誰も助けになんて来てくれないわけで。 誰にも助けを求める資格なんてなくて。 「よし、回すか。」 「お前ほんっとに品の欠片もねぇな??」 俺の上で交わされる会話に目を閉じる。 今更 何かが変わるわけでもないし もう どうでも いいか。

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