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*時は少し遡り
終礼のため教室へ入り、生徒を見回す。
すぐに一人足りない事に気付いた。
今朝はいたはずのアイツがいない。
出席簿を見るが確かに最後の授業にも出席のマークがついている。
「おい、さっきの授業なんだった?」
「体育です。」
「場所は?外か?」
「はい。」
…という事は、見学をしてたはずだ。
更衣室で、それともそれより前に。
可能性はいくらでもある。
教室を見渡しながら自分のクラスの生徒達が全員容疑者の様に感じてしまうのはもう末期だ。
この生徒達に「楠本はどうした」なんて聞いたところでまともな応えは帰ってこないだろう。
「……はぁ。終礼を始める。」
俺は特別変わったことは言わず、いつも通り終礼を始めた。
疑心暗鬼になりながら、そして最悪の事態を考えながら。
同時に俺に今そんな事を考える資格があるのかと思いを巡らせていた。
*
「…楠本クンがいない?」
ドーナツを食べながら奏斗は目を丸くした。
一人で探し回るのも、クラスメイトや特に千葉に聞くのも考えたが実行には至らなかった。
俺が今、もしアイツの元へ辿り着けたとしても喜ばれるどころか突き飛ばされる可能性すらあったからだ。
「あぁ。授業には出てたみたいだが、終礼にはいなかった。」
「んー…ボク、さっき話したよ?体育行く前だけどさ。」
「……!何か言ってなかったか?何話した?」
「ぜーんぜん。お兄ちゃんと仲良いの?って聞いたら…仲良いって。そんなに長くいなかったしそれ以上は話してないけどおかしな様子じゃなかったけどなぁ。」
奏斗は食べかけのドーナツを口へ押し込むとんー、とこもった声を上げる。
という事は呼び出されたとかそういう事ではなく前触れもなくって事だ。
…外の体育で誰かに襲われるなんてことあるか?
「お腹痛くてトイレに篭ってただけかもしれないし、キミはそこまで背負わなくていいんじゃない?」
「普通に自分のクラスの生徒がいなくなってたら心配するだろ。」
「…普通、生徒がいなくなってたら次の日の朝に昨日はどうしたの?って聞くものだよ。」
キミは既におかしい。
と奏斗は呆れたように言った。
あぁ、結局は生徒と教師という関係じゃなくそれ以上の感情であいつを見ていたってことか。
「もし、あの子の家から帰ってきてないって連絡があったら…そしたらやっとボクらの出番さ。」
「…わかった。今は余計な行動は辞めておく。」
「うん。それでよし!」
奏斗に相談して正解だった。
もし、これで探し回っていても空回りに終わっていたかもしれないからだ。
奏斗が差し出すドーナツを一口齧る。
甘ったるいだけのカロリーの塊。
そう言えばアイツも甘いのが好きだったっけ。
宅配ピザを頼むと、決まってカスタードパイをねだった。
周りにハチミツをかけるタイプのミミがいいと我儘を言った。
今は家で、ちゃんとそういう物も食べてるだろうか。
「このドーナツ美味しくないよね。」
「…あぁ。甘いだけでまずい。」
そのうえ口の中がパサパサして最悪だ。
アイツに食わせたらそれでも「美味しい」と言って笑うんだろうな。
「あ。ボク、テスト問題コピーしなきゃ。」
「あー…もう期末か。」
「期末は保険もあるもんね。優も頑張らなきゃだ。」
「…だな。」
奏斗は今はアイツのことを考えるのはやめろと言うけれど。
ドーナツ一つ食べるだけでも、アイツとの思い出が幾つも湧いてきて。
もし 隣にいたら。
なんて、どうしようもない事を考えてしまう。
なぁ 皐月。
お前に会えなくて耐えられないのは俺の方かもしれない。
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