197 / 269

手遅れ

受話器を置き、職員室から飛び出す。 後ろから奏斗が俺を呼び止める声がしたが振り向きはしなかった。 帰っていない、終礼にいなかった。 やはり体育の後か最中に何かがあったんだ。 「………くそ、っ…」 このイライラはなんだ? 何も出来ない自分への怒りか、それともどうしてこんなにも上手くいかないのかという事への苛立ちか。 どちらにせよガキみたいな感情だ。 楠本が歩いて登校してきた朝の時点でまたイジメや何かが起こってしまうことはわかってたはずだ。 根本的なところは何も解決していない。 傷ついてぐちゃぐちゃになったのを救い出して治した後、また壊れに行かせる。 これで本当にいいのか? また今俺が見つけ出して助けた所でまた教室に戻れば同じ目にあう。 「……それは、助けた事になるのか?」 足が止まる。 また怪我をして、汚れた身体を抱き上げて。 アイツは悲しい目をして俺に謝るだろう。 …いや。 今は会ったとしても何も話してはくれないだろうが。 正解がわからない。 皐月は俺を避けている、関わりたくないだろう。 どうしたらいい? どうするべきなんだ? こう悩んでるうちにもアイツの傷は増えていく。 『助けて』 『離れないで』 『朝まで傍にいてくれる?』 『来てくれてありがとう』 『俺、幸せだ』 『嫌いにならないで』 ドクン、ドクンと心臓が波打つ。 皐月の声。 思い、出せない。 . 夕日が落ちて、もうあたりは暗い。 昼に比べたら涼しいがそれでも蒸し暑さはまだ残っていた。 運動場を見回して最初に目に入ったのが体育倉庫だった。 …ヤるにはもってこいの場所だな。 半開きのドアと、湿っぽい空気。 嫌な予感ってのはとことん的中する。 例えば それが今までなら。 俺はきっとアイツの名前を呼んでその体を抱きしめて、ついでにあいつは俺の腕の中で笑ったりしただろう。 でも今は違うんだろうな。 キィ、と鉄の音が響く。 重い扉の先には人影はないが代わりに嗅ぎなれた青臭い匂いがした。 明かりの無い倉庫内はほぼ見えない。 仕方なく携帯のライトを付け、床を照らす。 散乱したボールと倒れたハードル。 それから大縄用のロープが床に伸びていた。 砂っぽい中へ1歩踏み込むと、照らされた床に裸足の足が見えた。 息が止まる。 明かりをずらしていく。 足首、それから膝。 横には砂だらけのズボンが見えた。 確かに、それは人の形をしている。 両手は真上に向けられバンザイの形になっていた。 細い首が見える。 「………ぁ"、………っ…」 自分の声とは思えない、捻り出したような声が倉庫に響いた。 ソレの顔はほとんどは髪で見えなかった。 けれど長く伸びた髪の隙間から見える瞳は真っ直ぐ俺を見つめていた。 ずっと前からきっと俺だと気付いていたんだろう。 真っ黒の目は焦点が合っていない。 それなのに、確かに俺を見ているということだけはわかる。 「………………さ、つき。」 掠れた声が漏れた。 あぁ、またお前の壊れた姿を見てしまった。 今までとは違うのはただ一つだけ。 俺が求められていないという事。 「俺が、……助けても…いいか?」 そう伝える。 奏斗が言っていた。 『キミに関わる事が悪だと刷り込まれて、生きてる事を強く否定された。』 という事がもし本当なら。 皐月は、きっと俺に関わって欲しくはないんだろう。 しばらく沈黙が続く。 皐月はその間、ずっと俺より遠くの何かを見つめていた。

ともだちにシェアしよう!