199 / 269

3

頭を何かで殴られるような痛みにまぶたをこじ開けられる。 それは、何かに殴られたわけではなくただの頭痛で。 あたりにもう人はいなくて その代わりに口の中の生臭さと体の酷いだるさだけが残っていた。 「………ぅ"…」 人の体は丈夫にできすぎていて、なかなか死ぬ条件が揃わないと昔、父親に教えられた事があったっけ。 なんて そんなことを考えながら遠い天井を見つめていた。 妙に冷静だった。 視界は悪いし、息は苦しい。 今が何時で何が起こっていたのかもわからない。 一つだけわかること。 誰も 助けには来ないという事。 「………ん。」 痛む喉を抑えようとするけれど腕は真上に結ばれたままで動かなかった。 今までなら、皆木が探しに来てくれたんだろう。 それからきっと見つけてくれて、俺の名前を呼んでくれて。 抱きしめてくれて。 大丈夫だって そう言ってくれた。 悲しい顔をして、優しい声で。 それから 柔らかいタオルと消毒液の匂いのする白衣を貸してくれる。 俺はその腕の中で 一番に安心して目を閉じるんだ。 「………は、っ……ぅ"…」 そんなもう、二度と起こらない幸せを思い出して笑い声が漏れる。 それは乾燥しすぎた喉には辛過ぎてえずいてしまう。 漏れた胃液を飲み込めずにそのまま床へ吐き出し、目を閉じた。 皆木と話せば施設に入れられる。 親に、捨てられるってことだ。 今だってギリギリ家族の中にいるだけで愛されてるとは言い難い。 それでも 本当に施設に入れられてしまったらおれはどうなるんだ。 学校にも行けなくなる、勉強も、将来だって無くなってしまう。 そんなの…… 「……………、へ…………?」 ぽかんとする。 学校 勉強 将来 俺に今、それらは残っているんだろうか。 理解できない授業と、いじめとレイプ。 暴力と苦しさしか無い毎日。 その俺に将来なんてあるのか? 俺は今 何にしがみついて生きてるんだ。 なんのために、何を目指して? ドクン ドクン と心臓が波打つ。 ……俺は 何のために? その時、 少し向こうから重い音が響いてきた。 キィ、と鉄の音が聞こえる。 誰か来る? また さっきみたいに? 何度目かわからない恐怖だった。 思わず、舌を歯に挟む。 死んだ方がマシ。 それは悲しすぎるが、何より強い意思だった。 「………ぁ"、………っ…」 その声に体だこわばる。 声の方へ目を向けるけれど、薄暗いそことぼやけた視界じゃそれが誰かなんてわかるわけない。 それなのに それが誰かすぐにわかった。 きっと今 そこにいるのは。 「………………さ、つき。」 舌を噛んでいた歯から力が抜ける。 どうして来たんだろう。 助けても 守っても お願いしてないのに。 どうして? そう、頭の中で繰り返していると震えた声が聞こえてきた。 「俺が、……助けても…いいか?」 その声に、心臓が揺れた。 ここで頷けば きっと俺は優しい暖かさに溺れる。 そして 甘えて、甘やかされる代わりに何かを失うだろう。 ここで首を振れば また真っ暗な中で永遠を過ごす事になる。 それから 何も変わらず ずっと 死んでしまうかもしれない。 俺が 皆木にすがれば きっと父親は俺を許さないだろう。 そして 母親はまた 俺を嫌って 泣くんだ。 そしたら俺は 俺は、どうして どうしたら 何を どうすればいい? どう 何が どれが 正しい道なんだ 俺は その人を見つめたまま答えが出せなかった。 きっと今、俺が皆木に甘えてしまえば もう二度と 会うことは出来なくなってしまうから。 何を選んでも 誰を選んでも 幸せになんて、なれない。 俺がいなければ 全部、きっと上手くいったのに。 どうして俺は こんなに 人を不幸にしてしまうんだ。 俺だって 幸せになりたかった

ともだちにシェアしよう!