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楽になりたい。
もう、許して欲しい。
どこで踏み外したとか どこで間違えたとか
そんな事どうだって良かった。
もう 疲れた。
静かなところでゆっくりと眠りたい。
「…さ、……」
頷こうと、視界に映る影へ視線を送った瞬間遠くからバタバタと足音が聞こえてくる。
ビクンと体を揺らすと張り裂けるような声が響いた。
「皐月!!!」
その声は、さっきまで俺の名前を呼んでいた声とは違う。
何度も何度も聞きなれた声だった。
大袈裟な足音がすぐ側まで踏み込んでくると閉じかけた目を指でこじ開けられる。
「…意識はあるな。」
目の前に映る顔は今朝、俺を玄関で見送った兄の顔だった。
俺はぼうっとその顔を見るが何が起こったのかわからず、ぼやけた頭から考えることを放棄した。
どうでもいいや
「皐月は連れて帰ります。」
「待て、保健室で一度様子を見る。」
「うちは病院です。こんな設備も何も無いとこじゃわかるもんもわからない。…帰るぞ皐月。」
「レイプ後の生徒をそのまま帰らす訳にはいかない。」
「レイプさせたのはお前の学校だろ!?人の弟に何させたのかわかってんのか!?」
「はぁ?…第一、そういうお前の家はまともか?」
「何言い争ってるの…!!」
「奏斗は黙ってろ。これは担任と保護者との会話だ。」
「担任担任って今の教師はろくな事してねぇな。肩書きか?保健医って言ってもレイプ後の後始末担当だろ。なーんにもケアできてねぇじゃねぇか。」
「ちょっと、2人とも冷静に…」
「お前の家がしてきた事、こっちはわかってんだよ。楠本に何してきたか言ってみろ!!」
「親の責任は俺の責任か?第一、俺は今こうやって迎えに来てるんじゃねぇか。お前らは俺が電話するまで一歩も動かなかったくせに偉そうに言ってんじゃねぇよ!!」
「っっ、やめてって言ってるでしょ!?喧嘩する前にやる事が…っ」
「あんたは誰だ?担任以下が口出しすんな。」
「奏斗は戻っとけ。」
頭の上で会話が行き来する。
聞こえるのに理解できない。
頭が割れそう。
俺のせいだ
また 俺のせいで
「…そんなこと言ってる間に…楠本クン、死ぬよ。」
だれかの泣きそうな声が聞こえた
それからすぐ、体が宙にうく。
いたい
「おい、お前どこに…っ」
「帰んだよ。悪いか?」
いたいけど
それより むねのおくが苦しくて
うまく息ができなくて
周りの空気をひっしに吸い込む
「皐月、帰るまでちゃんと生きとけよ。」
消毒液の匂いがした
この匂いは嫌いだ
父さんや 家のことを思い出すから
でも、今はこの消毒液の匂いが
何よりも安心できて。
「…よし、そのまま掴まっとけよ。」
もっと匂いが近くに欲しくて、目の前の布にしがみつく。
病院の匂い。
皆木の匂いによく似てるのに少し違う。
少し違うけど よく似てる。
このまま この匂いに埋もれて眠りたい
そしたら 俺の汚れがほんの少しだけ消えるような気がしたから。
そんなわけ ないって わかってるのに。
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