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生ぬるい風が吹きこんでくる。 ゆらゆらと揺れる白衣をボクは呆然と見つめていた。 遠くから誰かの笑い声が聞こえる。 それから、ガタンと音を立てて目の前の白衣は床に崩れた。 「……優。」 コツコツとボクの靴の音が響く。 優のすぐ側に屈んで、その背中に触れた。 キミが酷く傷ついていることしか、ボクにはわからないけれど。 「帰ろう。」 「何も、できなかった。」 「優が悪いんじゃないよ。…ボクが連れてきたのにも責任がある。怖い顔をしてた。彼もきっと楠本クンの事がすごく大切だったんだよ。」 そんなの知らない。 その場しのぎのデタラメ。 こんな嘘でもボクの親友を励ますにはきっと足りる。 ボクはもう一度、親友の背に手を置き直す。 「見つけた時、動けなかった。アイツを傷付けたくなかった。…また俺のせいでアイツが親に嫌われたりしたらそれは俺にはわからない苦しみを植え付けることになるだろ。」 「…そうだね。優の判断は正解だよ。」 「でも。確かにあの時、兄貴が来る前。アイツは俺の顔を見て"助けて"って言ったんだ。声には出てなかった…出せなかった。でも確かに…確かに、助けを求めてた。」 「それは苦しかったからさ。…優に責任は無いよ。」 「ある。…俺にあるんだよ。アイツは今この場から助けて欲しかったんじゃない。」 優の声が震える。 触れた手のひらに小刻みに振動が伝わってきた。 驚いて、恐る恐る顔を覗き込む。 いつも綺麗で整った顔が歪んでいた。 苦しくて 辛くて 仕方ないってそう叫んでいた。 「…アイツは、今置かれてる状況から救い出して欲しいんだ。今日がどうにかなったから終わりじゃない。明日も明後日も、アイツには無いんだよ。」 「それ…は、…そうだけど。…でも、優が背負う事じゃ……」 「俺のせいだ…っ!!中途半端に手を出して、余計に叩き落とした。…何も…何も、救えてなんて無かったんだよ!」 優の声が倉庫に響き渡る。 勢いよく上げられた顔は、自分への怒りに染まっていて。 その目からは確かに涙が落ちていた。 ボタボタと水滴が落ちて。 その水滴がスローモーションみたいにゆっくり落ちていく。 優が 泣いてる。 「……ゆ、……」 「…好きなやつ1人も守れない。どうすりゃいいんだ、どうすればよかった…?このままアイツがボロボロになって壊れてくのずっと指くわえて見とけって言うのかよ。 アイツの幸せって一体なんなんだよ。どうすればまた笑わせれるんだ?…何も、俺にはわからなかった。」 わからない。 ボクにはわからないよ。 苦しい時、ボクはキミがいるだけで幸せだったよ。 あの子はそうじゃないの? キミがいるのに 苦しい顔をして。 そんなの キミの枷になってるだけだよ。 「…どうしても、楠本クンじゃなきゃ…ダメなの? 」 やめろ 奏斗。 そんな事聞いたって 自分を苦しめるだけだ。 やめて 「アイツが好きだ。…誰よりも、愛してる。アイツじゃなきゃダメなんだ。」 「……そっか。」 わかってるのに。 キミの言葉が突き刺さる。 ボクが世界で一番大好きな人が 一番に愛してる人。 「守りたかった、…守りたい。これ以上、傷付けたくない。」 「……大丈夫だよ。今日で終わりじゃない。明日も…明後日もあの子に会えるんだから。キミがいなきゃとっくの昔に壊れちゃってたはずさ。」 「これが…俺の、なりたかった…大人なんだな。」 優は俯いたままそれ以上何も言わなかった。 ボクもそれ以上、何も言えなかった。 傷付いた親友を救う言葉が見つからなかった。 デタラメと適当を組み合わせたボクはいつかきっと帳尻が合わなくなる。 「優、帰ろう。」 「………あぁ。」 立ち上がった優の背を見つめた。 白衣が大きく広がる。 『学生のうちから未来を諦めなくて済むように。 俺は教師になりたい』 キミが目指した未来は本当はどんな姿だったんだろう。 ボクに教えてくれてない秘密がどれくらいあるんだろう。 あの時、ボクが見たあのこの目は 「もうどうでもいいや」とでも語りそうな目で。 それはきっと優が一番に恐れる目だとボクだけは知っていた。

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