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その日の朝は雨だった。
これからは晴れが続くと天気予報では言っていたのに。
痛む関節を無理矢理に動かすと骨が軋むような音がした。
硬いベッドを抜け出し、裸足のまま冷たい床を歩いていく。
痛みと気持ち悪さがクルクルと回って今にも吐き出しそうだ。
それでも 今はまだ立ち止まることすら許されない。
「皐月。」
家を出ようとしたところで名前を呼ばれ、振り向く。
パジャマ姿のままの兄が眠そうに俺を見ていた。
朝は強いはずなのに珍しい。
「しんどかったら行くふりして帰ってこいよ。」
俺は首を横に振る。
平気だ。
「…そ。」
兄はそれだけ言うと、大きな欠伸をしてリビングへと行ってしまう。
玄関の扉を開くと目の前は土砂降りでアスファルトに大粒の雨が打ち付けていた。
傘をさすとバチバチと音が鳴り、踏み出したそばから靴や足元が濡れ始める。
たまにはこんな朝も、悪くない。
なんて、そんな事を考えながらいつもの通学路を歩いていく。
そんないつもと変わらない 少し冷たい朝。
*
学校に着き、廊下を歩いているといつも通り周りからはコソコソと噂話なんかが聞こえてきて。
それにも慣れて今更気になったりもしない。
濡れた靴下が上履きの中でグチャグチャと音を鳴らす。
冷房の風が湿った髪にあたって少し冷たい。
そんな事、普段は気にならないのに。
いつもより今日は色んなことに敏感になっている気がした。
教室に入ろうと扉へ手を触れた瞬間、後ろに体が引かれる。
え。
なんて声にならない息を吐き出すと、右手を掴まれそのまま前へと引かれていく。
バランスを崩しながら前を見るとそこには見慣れた白衣が揺れていた。
「ひ、………っ」
声をかけたくても音にならない。
振りほどきたくても強く掴まれた手は離れない。
関われば、どうなるか俺はわかってる。
それなのにそれを伝える手段も道もない。
何故、今この人に手を引かれてるのかどこに連れていかれるのか。
それすらも俺にはわからなかった。
ふと ここ数週間の事が頭によぎる。
熱心に声をかけてくれる皆木を俺は見えないふり聞こえないふりをした。
関わることは許されない、関わりたくない。
でも皆木からすればそれは何故かわからなかったはずだ。
大きな背中を見上げる。
時々、足がもつれて躓くけれどそれでも構わず手は引かれ続けた。
乱暴なのに優しくて振り向かないのに進むスピードは俺の歩幅と同じだった。
不器用に歩きながら、後ろ姿を追いかけながら。
これは良くないことだとわかっているのに
どこかで
ずっとその手を離さないでいて
と願ってしまっていた。
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