206 / 269
10
瞼が重い。
昨日の今日で流石に俺も寝不足だ。
昨日、ボロボロの皐月を連れて帰った俺を見た母親は変な声を上げて泣きわめいてはリビングへ閉じ込もり、父親は嫌な目をして「捨てて来い」としか言わなかった。
終わってんな。
なんで今更思いながら、既に閉まった病院の診察室に寝かせて無免許で診断。
勝手に薬を飲ませて寝かせていた。
一応、父さんに状況だけ伝えようと家に戻ったが
「明日も学校には行かせろ。」
とだけ目も見ずに行って終わった。
仕方なく病院へ戻ると、母さんは包丁を突き刺す2秒前。
正直もう
「………これ、面倒見てらんねぇよ。」
なんて、無責任な事は今更言えないんだけど。
あのまま目を離すことすら出来ず朝まで診察室の前でみはっていた。
結局母さんは来なかったけど用心はするだけ損は無いし。
眠い目を擦りながらリビングへ向かうと、母さんは平気な顔をして振り向いた。
「おはよう、香月。」
「母さんおはよ。父さんは?」
「もう病院行ってるよ。朝ごはんすぐ用意するからね。」
「ん。」
トントンと包丁がまな板を叩く音が聞こえる。
その包丁が昨日、弟に向けられていたものだと思うと鳥肌が立った。
仕方なくテレビをつけて適当に番組を変えていく。
ろくな番組もないし仕方なくNEWSにして母さんが出してくれたコップに口をつけた。
「今日の夕飯何にしよっか。何食べたい?」
「え?今から朝ごはん食べんのにわかんないって。」
「あはは、それもそっか。香月は何作っても美味しそうに全部食べてくれるから母さん嬉しいなぁ。」
「何さ改まって。でもま、母さんの料理美味しいし。」
「ありがとう。」
クスクスと笑う母さんの声。
俺へのありがとう、の裏にいつもほとんど手をつけずに皿を返す皐月への怒りが入ってるんだとすぐにわかった。
気持ち悪い家族、気持ち悪い親。
母さんだけが悪いわけじゃないのはわかってる。
でも、こんな家でスクスク育つのは難し過ぎるきがして。
…そう言えば、母さんはΩのはず。
普通なら皐月の気持ちは一番母さんがわかるはずなんじゃないのか…?
「ね、母さん。変なこと聞いてもい?」
「ん?なぁに?」
「あー…母さんってΩじゃん。父さんとはどうやって出会ったのかなーみたいな。」
「…お父さん恥ずかしがるから、ここだけの秘密よ?」
「え、なになに。」
思っていた返しと違って少し驚く。
てっきり性のことに関しては触れられたくないんじゃないかと思ってた。
母さんは出来上がった朝食を俺の前に並べながら少し照れたように笑った。
「運命の番だったの。」
「……運命の?」
「そう。香月はまだ出会ってないからわからないも思うけどね。見た瞬間わかるんだよ。この人が、幸せにしてくれるんだなって。」
「へぇ……」
それで、幸せになれた?
と聞こうとして流石にそれはやめた。
幸せになれたようには見えなかったから。
味噌汁を飲みながらなんて言おうか、と考えてるとそれより先に母さんが話を続けた。
「昔は今よりもっとΩは待遇が悪くて。普通のお仕事も出来なかったの。Ωってだけで攫われたり、やな言い方だと身売りさせられたりってよくあったんだよ。」
「……そうなんだ。今は?」
「今はずっと減ったんじゃないかな?お母さんもあんまり詳しいわけじゃないんだけどね。
お母さんのお母さん達…だから、香月のおばあちゃんとおじいちゃんいるでしょ?」
「うん。」
「2人が、私が怖い目に合わないようにって大切にしてくれてたんだけどそのせいであんまり人と関わってなくて。そんな中でお父さんとたまたま会ったんだ。」
母さんは思い出すように頬を染めて話を続けた。
初めて聞く、ずっと昔の恋の話。
俺の知らない運命の番って物の存在。
「その時お父さんはお医者さん一年目で、私はまだ高校生。運命ってすごいよね。」
クスクスと楽しそうに笑う姿は、ずっといつもより若く見えた。
その話はすごくロマンティックで映画みたいな話だけど。
「それじゃ、母さんは大切にされて育ったんだ。」
「そういう事になるかな。でもどうしてこんな話聞くの?」
あんたなら、皐月の思いわかるんじゃないかって思ったけど。
あんたは自分の親と同じように息子を守ろうとはしなかったんだな。
見捨てて、何にもこれっぽちも 手を貸さなかった。
「ううん。今、大学でそういう勉強しててさ。いいなー俺も早く運命の番ってやつに会ってみたい。」
「すぐ見つかるよ。きっと。」
それどころか
運命の番に出会った息子から、それを引き剥がしたんだな。
なんて
親にそんな事、思ってしまう自分が一番嫌いだ。
ともだちにシェアしよう!