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グワングワンと頭が揺れる。
真っ暗な視界の中で、ここがどこなのか記憶をたどる。
校門の前で声をかけられて、腕を掴まれ。
…それから?
何か布を口に当てられて…そこから記憶が無い。
それじゃこの真っ暗な視界は何なんだろう。
パチパチと何度か瞬きを繰り返してから周りを見渡す。
当たり前のように視界は変わらなくて、瞼に何かが当たる感覚からして目隠しか何かをつけられているらしい。
両手足は大の字になるみたいに固定されて、硬い床の上でほぼ身動きが取れない。
こんな状況にも「またか」と思ってしまうのが恐ろしい。
ヒンヤリとした空気に目を閉じる。
今から何をされるのか、とか
なんでこんな状況下、とか
そういうのは考えたって意味が無いのはもう分かっていた。
最後に見たあの男が何者で俺に何をするつもりかなんてわかる訳が無い。
このまま今度こそ殺されるのか。
…いや、きっと。
死ぬよりも苦しいくらい 犯され続けるんだろうな。
どのくらい時間が経ったのかはわからない。
暫くして、すぐ側でドアの開く音が聞こえた。
無意識に顔をそっちへ向けると頭上で低い男の声が聞こえる。
「目は覚めてたか。名前を言え。」
その声に俺は口を開く。
声は出ないけれど。
「聞こえなかったか?名前を言え。」
何度言われたって同じだった。
口は開くけれど、漏れるのは掠れた息だけだった。
けれど今は声が出ない事を伝えることすら出来ない。
時期に諦めるだろう、と思っていると男の手が俺の右腕を掴んだ。
何をされるのかわからずじっとしていると、チクリとした痛みが走る。
……注射?
「名前を言え。」
男は繰り返す。
声は出ない。
右腕の中心がじんわりと熱くなる。
俺は何度も口をパクパクとするが、それでも男は何も気付いてはくれない。
「名前を言え。」
体が中心からじんわりと熱くなってくる。
この感覚は嫌いだ。
発情期を無理やり引き起こされているような、そんな感覚だった。
だんだんと息が上がって、嫌でも体が敏感になっていく。
体を丸めて小さくなりたいのに俺の体は大きく開いたままだ。
「名前を言え。」
まだその言葉は変わらない。
俺は震える唇を動かすけれど、喉はちっとも答えてくれない。
熱い息だけが漏れて音は出なかった。
*
「名前を言え。」
何度目かわからないセリフ。
同じ言葉が録音されて、繰り返し再生されてるんじゃないかと疑うくらいだ。
けれど、もう今となっては頭の中は空っぽで使い物にならなくて。
今こうしている間も、もう声の出し方なんて思い出せる訳がなかった。
「名前を言え。」
「は、っぅ……ひ、っ…は、っぁ……、」
熱い息と、音のない喘ぎ声だけが漏れる。
嫌でも唇は閉じなくてそれは止まらなかった。
男は数回言葉を繰り返すと右腕に注射を打った。
一瞬冷たい針先が触れた後、何倍もの熱が体を駆け巡って。
それはもう 死ぬんじゃないかってくらい。
「名前を言え。」
言いたい
言いたいけれど、言えない
許して欲しい。
このまま死ぬまで名前を求められて終わるんじゃないか。
ハァハァと犬みたいな息だけを吐き続けて
燃えるような熱の中で、何も出来ずに。
「名前を言え。」
四方に投げ出された手足の感覚はもうほとんど無かった。
目を閉じて、喉を締める。
たった7文字が言えない。
生まれた時から唯一持ってきたものが口に出せない。
「名前を言え。」
俺の名前は?
おぼえてる、はずなのに。
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