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ドクン ドクン 心臓の音だけがうるさく響く 頭が熱に浮いて 空っぽになる 名前を言え。 その声だけはどこかに残っていた。 遠くを見つめても司会は真っ暗で 心臓の音と同じ声しか聞こえない空間 燃えるみたいに熱い体 今までとは比べ物にならない 頭が どんどんおかしくなっていく 名前を言え。 俺は誰? 思い出せない 俺の名前は ええと ええと 「楠本。」 その声に目を開く そう、俺の名前は楠本で それから 俺の名前を呼ぶその人の名前は ええと 誰 だっけ 「優がキミを心配してたよ」 何故か頭に浮かんだのは 優 の横にいつもいる綺麗な人で そういえば俺はもう 優 の名前を ずっと呼んでないな 名前を言え。 思い出せない 大切な何かを忘れてる気がする それなのに 頭が痛くて 苦しくて 思い出せない 「おやすみ、皐月」 最後の言葉を思い出す 嘘つき あんたは 隣になんて いて くれなかった 「名前を言え。」 確かにそう言葉が聞こえた。 ヒューヒューと息を繰り返して 回らない頭で考えて 舌が痺れて、もうとっくに感覚なんてない でも確かに思い出したことがある 俺の大好きな人が呼んでいた名前 それから その、音を。 「名前を言え。」 数100回目、いやもっとかもしれない。 頭の中でループする声に 今度こそ 口を開く。 「……く、すもと……さ…つき、………」 かすれた声が喉から押し出される 朦朧とする意識の中で 確かに俺は声を発した 出来ることなら あの人に名前を呼ばれた時に 返事を出来たら よかったのに。 「声は出るな?」 「…………ぃ、…」 「声は出るな?」 返事をしなければきっと、また。 永遠に同じ声が聞こえるんだろう。 この思考も何もかも奪う熱さと感覚に襲われたまま。 溺れていくんだろう。 「は、い。」 俺の声は、音になってるんだろうか。 かすれて消えそうな声でも許されるだろうか。 「よし、問題は無い。明日から店に出すからな。」 店? そう聞き返したかったけれど いや、聞き返したつもりだったけれど。 俺の声は出ずに喉の中で空気が鳴るだけだった。 声が戻ったわけじゃないのかもしれない。 熱に浮かされた頭じゃ難しい事は考えられず、俺は仕方なく体の力を抜いた。 ここがどこなのか、何をされるのか 誰もきっと教えてなんてくれない。 * 毎日 天井から吊り下げられたまま四角い部屋に閉じ込められた。 知らない男が入れ代わり立ち代わり現れては、決まって汚い顔をして俺を犯す。 「皐月くん、可愛いね。」 なんて汚い声を吐いて。 無理矢理に抱かれて、揺さぶられて。 痛いのに気持ち悪いのに 熱くて堪らない俺の体はそれを受け入れていく。 ひとつ分かったのは きっとここは風俗ってやつで。 俺は きっとここに売られてしまったという事。 「ひ、っ………ぅ…」 「皐月くんは、大人しくていいね。」 「………は、っぅ…ぁ、……、!」 何をされたって文句の一つも言えない俺は不本意にも、高評価だったらしく。 寝る間もなく ただただ誰かの欲を受け止めていた。 真っ暗な部屋の中 吊り下げられたまま床を見つめて思った。 俺は親にとうとう売られてしまったんだろうか。 役に立たない末っ子は、金に換えるくらいしか価値がなくて。 …こんな俺でも、金になれば母さんと父さんのためになれたのかな。 俺は死ぬまでここにいるんだろうか いつになったら死ねるんだろうか 毎日液体だけの栄養補給で体力はますます落ちていく。 体中ヒリヒリ痛くて、欲は中に吐き出されて。 伸びた髪が目にあたり、首にかかる。 こんなの 生きてるって呼べるのだろうか。 「………ぁ。」 小さな声が漏れる。 頭の中で 白衣が揺れた。 誰かはわからないけれど 誰かが 白衣を揺らして笑っていた。 甘いはちみつの香りと それから消毒液の匂い 思い出せない 誰か 大切な人のはずなのに 「ぉ"、えっ……っ、ぅぐ…、っぁ"……、ッ、!」 思い出せない記憶の代わりに、胃液が上がってくる。 吐き出した嘔吐物は白く濁って床に水たまりを作る。 汚い でも 俺の方がもっと 汚い 『お前は、汚くないだろ』 誰かの声が聞こえる 昔、誰かが俺に言ってくれた言葉 思い出せない 記憶がぐちゃぐちゃになっていく 大切な人 俺の、好きな人 「皐月、次の奴来るぞ。」 「……………はい、…」 当たり前のように俺の名前が呼ばれる。 知らない男に犯されたまま思い出せない記憶を巡らせる 好きだったはずの人の記憶が 痛みと汚れで上書きされていく こんなに気持ち悪い思い出なら もう 何も無いほうがましか。

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