214 / 269

6

なんとか前までの自分へ戻ろうと、皐月に出会う前の生活を思い出そうとしていた。 何を拠り所にして何を持って生きてたか。 こう思い出すと、出会う前の日々は随分退屈で酷い生活を送っていた。 ボールペンの先で机をつつく。 『キミは他人に興味すらないもんね!』 いつか、奏斗が言った言葉が頭に響く。 その通りだ。 …興味なんて、無いはずなんだ。 人なんて 金の事しか考えていなくて。 金さえあれば何でも上手くいく。 人の心なんてなくていい、そんなもの関係ない。 他人に手を貸したところでただ時間と気持ちの無駄で。 他人に関わったって何の得もない。 だから、俺はきっと永遠に人のためにはなれないから。 それが嫌で せめて 誰かのために生きたくて そのために 教師に……… 「…皐月は、金なんかに興味は無かった。ただ俺を求めて…くれ、て……」 頭に思い浮かぶのはいつもアイツだ。 今の俺にはアイツしかいない。 ……もう、それじゃ駄目だ。 出会う前の自分に戻ればいい。 皐月に出会う前の俺は酷い人間だった。 金だけもてはやして、風俗に通うくらいしか喜びのない男だ。 国の偉いとこは名前を言えば通して貰えるし汚い事をしてるやつだって俺には頭が上がらない。 王様みたいな生き方をしてきた。 今だって何かが変わるわけじゃない。 ただ、皐月に目を向けていたせいでそんな事する暇がなかっただけだ。 「……よし、手始めに風俗だな。」 ボールペンを投げ出し携帯を取り出す。 発信履歴を数ヶ月遡り、怪しい名前の店へ電話をかける。 何も、悪い事じゃない。 『皆木様、お電話ありがとうございます。』 「今日夜7時に向かう。」 『かしこまりました。いつものを用意しておきます。』 「あぁ、よろしく頼む。」 それだけの会話を終わらせ電話を切る。 αが性欲を満たすために風俗に行くことはそう珍しい事ではないし、金を払ってする事に何も悪いことはない。 そりゃ風俗だって金が欲しくているに決まってる。 窓の外へ目を向け、机に溶ける。 「…眩しい。」 今の俺には 夏の日差しは少し明るすぎる。 * まだ日の落ち切っていない外を歩く。 コツコツと靴を鳴らして、随分久々にこの路地裏を歩いていた。 高そうな服を着た人間と貧相な人間。 ここは一目で何もかもがわかってしまう世界だ。 店へ向かおうと歩いていると、路地裏に裸足の少年がしゃがみこんでいた。 まだ中学生くらいに見える。 白い布切れのような服を着て膝を抱えて丸まっている。 お前はどこの店のやつだ? そう声をかけようと体の向きを変えたのと同時に、男が路地裏から現れては少年を引きずって行く。 「嫌だ、助けて!!」 少年は俺へ手を伸ばすが俺はその手を掴めなかった。 知らない少年に手を貸す義務はない。 ……あぁ、俺は他人には冷たい人間のままなのか。 嫌悪感に包まれながら今度こそ店の前に立つ。 いつぶりだろう。 コツコツと靴の音だけが響いた。 誰にも会わず、そのまま一つの部屋の前に立つ。 いつもこの部屋と決まっていた。 白い扉を押し開けるとベッドの上には綺麗な服を着た、青年が一人。 嬉しそうに笑っては俺に手を振った。 「皆木様!もう来てくれないのかと思いました。」 ふわりと微笑む姿は皐月には似ても似つかない。 安心した。 「悪いな、忙しかったんだ。」 「でも、また来てくれた。ずっと待ってました。」 「そう言われて安心した。」 柔らかい髪をなでると、嬉しそうに目を細める。 昔から猫みたいなやつだ。 白い肌を撫で唇を重ねようとして手が止まる。 他の奴へのキスは まだ、やめておこう。 「皆木様?」 「…また後でだ。」 「お預けなんて、意地悪です。」 「悪くて結構。」 皐月とは似ていない 皐月とは違う男を 「風呂は?」 「もう入りました。」 「そうか、それじゃ俺は先に……」 「ううん。もう1秒も待てません。」 「……そうだな。」 俺は少なからず皐月を重ねて抱くんだろう。

ともだちにシェアしよう!