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甘い香りのする部屋で、ベッドに座りタバコの煙を吐きながらそばに寄り添う男の頭を撫でていた。 疲れたように俺に体を預ける青年はぼんやりと呟いた。 「タバコ、吸うんですね。」 「やめてたんだよ。」 「…ですよね。ずっと、煙草の匂いしませんでした。いつからまた吸うように?」 「今だ。」 「何か苦しいこと、あったんですね。」 「お前が気にする事じゃない。…それとも、何か感じさせたか?」 頭から手を離すと、青年は俺の手に指を絡ませ大きな瞳で俺を見上げる。 甘ったるいくらいに蕩けた顔をして 「いいえ。とっても気持ちよかったです。」 「…そりゃよかった。」 「僕、皆木様に頭を撫でられるのがとても好きなんです。皆木様も同じでしょう?」 「あ……?」 無意識に髪に伸びていた手を止めて青年を見下ろす。 確かに人の髪を撫でるのは癖かもしれない。 安心する、この感覚が。 「そうかもな。」 「ふふ、僕…皆木様の事はたくさん知ってます。」 「例えば?」 「押し倒す時に頭の下にいつも手を入れてくれるのは皆木様だけです。」 「…ほう。」 「それから、エッチをする時は最初に痛くないかって聞いてくれます。」 「それだけか?」 「いいえ。すごく優しいのに、煙草の煙は気にせず吹きかけるところも。」 潤んだ目が白い煙の中で揺れる。 悪い、と煙草を灰皿に押し付けて頬を撫でた。 青年は左右に首を振って微笑む。 優しい顔をした青年が俺はずっと一番好きだった。 「貴方になら、何をされたっていいんです。」 「…馬鹿言え。そういうのは本当に好きなやつに言うもんだぞ。」 「本当に好きな人…」 青年の手が俺の首へ伸びて、キスを強請る。 俺は左右へ首を振り頬へ口付けた。 「皆木様、好きな人が出来ましたか?」 「その質問は客のプライベートに押し入るもんだぞ。」 「すみません。…でも、今日はいつもより悲しい顔をよくするから。」 青年は手を離し体を起こす。 シーツで肌を隠しながら俺をじっと見つめた。 隠したってバレることは、もう隠す必要は無いだろう。 「なぁ、ひとつ聞いてもいいか。」 「えぇ。どんな事でも。」 「お前はΩだよな。」 「そうですけど…?」 「ここで働くようになった理由…は、聞いたら流石に失礼か。」 「ふふ、そんな事ですか?他のお客さんは最初に聞いてきますよ。」 そんなにおかしいのか、ってくらいクスクスと笑うと青年は目を伏せる。 言い慣れているにしても話したくはない事のはずだ。 けれど青年はまた微笑むとなんて事のない顔で語る。 「僕は両親に捨てられたんです。春の暖かい日に花見に連れられて喜んで出かけたんですけど、人混みの中手を離されて母親にサヨナラと言われました。Ωはいらなかったから。そんな所を、ここの人に拾われて。 15になったら店に出すってそれだけ言われて育てられた。」 「…そうだったんだな。」 「でもね、別に今の生活が嫌なわけじゃないんです。優しいお客さんも多いし僕はもうお客さんを選べますから。生活だって今はとっても潤ってます。 美味しいお菓子も食べ放題。」 青年はニコニコと笑った。 この店にいるΩは皆そんなもんなんだろうか。 何故か苦しくて、俺は青年の頭を抱き寄せる。 そんな青年を金で買う自分が嫌になったのかもしれない。 「辛い話をさせた。」 「いいえ。…そういえば。」 「…ん?」 腕の中で青年が呟く。 「最近ね、ボクと同じように一人拾われてきた子がいるんですよ。」 青年は丸い目をほんの少し細めて目を伏せる。 話していいのかと、少し悩むように。

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