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机の上をあらかた整理し終え、次にクローゼットを開く。
少ししか無い衣服は全部捨てていいだろう。
ハンガーラックの上下の収納には箱がいくつも置いてある。
「…まるごとゴミでいいか。」
というか、むしろこの部屋のものは全部ゴミになるんだろう。
一応確認だけしておこうと手始めに上の段ボールを下ろす。
ホコリが舞って目を閉じる。
「ぅ、わ……っ、!?」
バランスを崩して後ろに倒れると、そのまま段ボールの中身をぶちまけてしまう。
トコトンついてない。
ぶつけた腰を抑えながら体を起こし辺り見回す。あちこちに散らばっているのはどうやら小学校の時の作品らしい。
腹の上に乗ってたのはよく教室の後ろなんかに貼ってあったプロフィールみたいなやつだった。
名前 くす本さ月
家族 お父さん お母さん お兄ちゃんが二人
将来の夢 お医者さん
好きな食べもの お母さんのオムライス
苦手な食べ物 きむち
皆へ みんな、仲良くしてください!クラスのみんなと友達になりたい!
汚い文字。
まだ無邪気だった頃のアイツか、と思うと吐き気がした。
似顔絵、工作、ポスター。
宿題の日記や作文、表彰状。
卒業制作に夏休みの自由研究まで置いてある。
この歳で、俺は初めてコイツが思い出を大切にするタイプなんだと知った。
ゴミ袋に投げ入れながらもなんとなく中身を見てしまう。
『先生、あのね
最近 お家の中が怖いです。
お兄ちゃんはぼくのせいだっていうけどどこが悪いのかわからなくてお話できません。
前みたいに皆で沢山笑いたいです。
お母さんをよろばせたくてねんどでうさぎさんを作りました!
お父さんはお勉強をしなさいっておこったけど、お母さんは上手ねってほめてくれました。
いっぱいうれしかったです!』
『将来の夢
ぼくの将来の夢はお父さんみたいなお医者さんになることです。
お父さんはすごく頭が良くて、すごくすごい人です。
だから たくさんの人を助けられるんだよってお母さんが言ってました。
それから、お兄ちゃんみたいに頭が良くなることです。
お兄ちゃんは一番頭がいいです。
ぼくも 頭がよくなってお父さんにすごいなぁといって欲しいです』
確か、皐月が高学年になった頃。
父さんは皐月と俺たちを比べるようになった。
お前は駄目だ、お前は頭が悪いって。
寝ずの勉強に終われた皐月は段々笑わなくなった。
昔のあの無邪気で何にでも笑う好奇心旺盛な弟がこの家から消えていった。
夜中にクマを作って俺の部屋へノックをしては
「問題、解けなくて。何でもするから教えて。」
と俯いて呟いた事が何度もあった。
初めは俺だって教えてやってたがキリがない。
いつしか言葉で追い返して、力で追い返して、殴って追い返して。
「お願い、なんでもするから。」
皐月が上を向かなくなっているのに気付いても。
「兄ちゃん、お願い。」
「うっさいな。馬鹿は黙ってる事も出来ねぇのかよ、死ねないならせめて邪魔せずに生きろよ!」
日に日に増える目の下のクマ。
暗くなっていく性格。
知ってて、見て見ぬふりをした。
利用してストレス解消。
それくらいしか利用価値なかった。
弟なんて、どうでも
よかったはずだろ。
「………取り返し、つかない事…した。」
小学生の皐月の描いた家族の絵は笑っていた。
中学生の皐月の作文には家族の事は一度も語られてなかった。
高校生の皐月の教科書には血の跡がついて。
それから
俺の記憶の中の皐月は いつも俯いていた。
どうでもよかった、どうなったって関係ない。
それなのに もう二度と帰ってくるはずのない弟に一度だけ謝りたいと思った。
酷い事をした ごめん。
なんてそんな事ではなくて。
お前の憧れになりきれなくて、ごめんなって。
「お兄ちゃん、勉強教えて!」
「よし。兄ちゃんに任せろ!」
「お兄ちゃん、勉強教えて。」
「あ?あー…くそ、少しだけだぞ。」
「兄ちゃん。勉強教えて。」
「教えてお前理解出来んの?時間の無駄だろ。」
「…兄ちゃん。」
「こっち来んなよ、お前臭いんだよ。」
もう二度と戻らないと分かっている物ほど、壊れる前の姿を追いかけてしまうのはどうしてだろう。
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