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受話器を置いて、頭を抱える。 家に帰ってないなんて思いもしなかった。 皐月と俺の間には確かに壁ができていて互いの考えてる事を共有出来てなかった。 なんでそんな中で決めつけたりした? 「……一体、どこにいるんだよ。」 力任せに机を殴る。 ドン、と派手な音が鳴ってペン立てが倒れる。 何を犠牲にしても守るべきものだった。 ふと皐月が最後にいたベッドへ目をやる。 どんな気持ちでここを出ていった。 何を思って、お前はここにいたんだ。 放課後の窓の中。 ほとんど落ちた夕焼けの中、無様にベッドへ縋り付く。 もう匂いの欠片すら残っていない。 皐月はもうここにはいない。 現実だけが突き刺さって息が出来ない。 「くそ、っ…くそ、くそ……!!」 思わず力任せにベッドを殴り、枕を投げ飛ばす。 と、ヒラリと紙が1枚落ちた。 何故かそれがスローモーションに見えて。 手を伸ばし折れ曲がった紙を広げる。 不器用な小さな 右肩上がりの文字。 見慣れた アイツの文字。 『もう少し強くなれたら また 会いに来ます。』 目の前が揺れる。 苦しくて、辛くて、言葉にならない。 どうして。 分かってたはずだろ。 アイツが 本当の気持ちを誰にも言えない事。 辛いことは溜め込んでしまう事。 「これ以上、…何を強くなるつもりなんだよ…っ!」 誰にも届かない声。 傷ついていた。 苦しんでいた。 平気だというせいで、大丈夫だというせいで。 もう終わったものだといつも片付けていた。 "辛い事があったな"と過去のことにしてきた。 そんな訳ないんだ。 レイプやイジメの傷がそう簡単に癒えるはずが無い。 ずっと一人で抱えて、積み重なっていた。 普通なら「助けて」ってそう泣き喚くもんなんだ。 それでもアイツはそれが出来ない。 誰かに頼れない、頼り方を知らない。 もっと 強くならなきゃ これくらいで へこたれちゃダメだ そういう奴だって 知ってただろ。 「……早く、会いに来てくれよ。」 お前はもうとっくに強い。 これ以上頑張らなくていい。 そう言ってやればよかった。 お前が弱いんじゃない お前だけ、試練が多すぎるんだって それは乗り越えなくていいもので 受け止めなくてもいいものだって そう言っていれば お前は 今も笑ってられたかもしれないのに。 数えられる程しかアイツの笑顔を見てこなかった。 当たり前の幸せを知らずに、ありふれた事に不意に笑うだけだった。 こんな事で笑うのか なんて、年相応かこれ以下の感情に俺はいつも驚かされた。 ただ アイツの笑顔を守りたかったんだ もっと笑うように もっと幸せに 当たり前を知って少しでも贅沢になれるように。 我儘を言えるようにさ。 俺は そうしたかったはずだろ。 「我が身可愛さで、逃げたってか……?」 なにかに理由をつけて正当化した。 一筋縄で行くような事じゃない、真剣に向き合って必死になってそれでも手のひらからすり抜けていくような奴なのに。 掴めたと思ったら離れて 崩れて元に戻らなくなっていく カラカラに乾いて 涙も流せない まるで それは 砂のような。 ボロボロと 崩れていく 固めても 握っても 積み重ねても 端から落ちていく そんな 奴なんだって。 わかってたつもりなのに。 俺はどうして あの手を離してしまったんだ。

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