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カラン、カランと音がする。
それは俺が体を動かす時にこすれる鎖の音で1人の時はこの音しか聞こえない。
そんな沈黙を破るはいつもノックの音でその後は地獄があるから。
いっそ永遠にこの鎖の音だけでいいのになんていつも思っていた。
朝が来れば鎖で吊るされ、その日が終わるまでそのまま。
一日が終わるとようやく下ろされ重い体に湯だけをかけられて体を流しては貰えるけれど部屋の裏にあるベッドへ戻る元気もなくその場で眠りにつく。
次の朝が来れば眠ったままでも吊るされ、その繰り返しだ。
日に日に俺の待遇は酷くなっていって、客の求めるスタイルに合わせるためらしいけれどそれはセッティングする店の人間さえため息をつくようなものだ。
手首のベルトとそれを釣り上げる鎖はもちろん。
目隠しと猿轡。
首には思い鉄製の首輪。
それから服らしいもんは何一つ貰えないのに、足首にも馬鹿みたいに重いベルトが巻かれている。
どんな趣味だって怒りたいのに、俺は言葉の発し方がもうよくわからない。
「皐月。」
そんな声に顔を上げる。
が、重みですぐカクンと首は落ちた。
「薬の時間だ。」
それは1日1回くる嫌な時間。
強制的に発情期にさせるってそれは、馬鹿みたいに感度が上がってどれだけ無茶な行為でも嫌でも感じる。
声ばっか上がって頭はトんでしまうけど。
チクリと手首に感じる痛み。
その後の、燃えるような熱さ。
血管が焼ける感覚がじわじわと広がり、それが全身になった時にはもう俺は何も考えられない。
この熱がなきゃ俺はきっと、とっくに舌を噛んで死んでるだろう。
そう思うとこの熱には感謝だ。
だってこの熱があるときは 俺は 幸せな思い出も辛い今も 何も考えられずに済むから。
「サツキくん、サツキくんっ、…」
「ぅ"、っぁ……、ひっぅ"、ぃ……、!」
「ねぇ気持ちいい?教えて?」
「ぃ"…い、っ…いいが、ら…く、るし…っぃ…!!」
首を絞める人
血を吐くまで殴る人
耳まで塞いで 何もかも奪う人
いろんな人がいるんだと
ここに来てから知った。
そんな、今日がいつかももう分からなくなったある日。
「皐月ー、今日休みだって。」
店の男が、そう言った。
俺を釣り上げたままだった鎖は外され、その代わりに大きな黒いパーカーだけを着せられた。
「そのへん、あー外も自由に出ていいよ。ちゃんと明日の朝までには帰ってこいよ。」
「……じ、ゆ…?」
「そ、自由。まー出たとこで何にもできないだろうけど。」
男はそう言って部屋を出ていった。
パーカーの前を締め、部屋の端にある大きな鏡の前へ立ち自分の体を見つめた。
伸びた髪と、痩せた手足。
青白い肌と荒れた唇。
その目はどこを見てるんだ?って聞きたくなるような姿にすぐ目を逸らした。
帰りたい。
どこに、帰りたいんだろう。
トボトボと外へ出ていく。
あの部屋から次出られるのはいつかわからないし、それなら外の空気でも吸ったほうがいいかもしれないと思ったから。
足は重いし歩く度に鎖が鳴る。
特に首輪が重くてフラフラ重心を揺らした。
扉を開けた先は路地裏で、少し向こうにはいくつも派手な看板が見えた。
ここは風俗街なのかも。
なんてとっくに溶けた脳じゃそんな事しか考えられなかった。
裸足の足が痛い。
頭重い。
お腹が痛い。
骨が時々ギリギリと音を立てる。
「………つ、かれた。」
ずっとあそこにいたから、体力が落ちてるみたいで。
その場に座り込んでぼーっと街を眺めた。
ほとんど裸みたいなひとが右左から歩いてきてその横には決まって高そうな服を着た人がいた。
俺も、同じなのか。
と思ったけれど、俺が一番汚くて不健康な顔をしていた。
こんな所でも 一番下。
でも、俺にだって客はいる。
毎日誰かしら俺を抱きに来るし、店の男は決まって「売上いいよ!」と俺に言った。
学校にはなかった居場所がここにはあるのかもしれない。
誰かに求められて
誰かのためになって
生きる理由がある
それって あそこにいるより 幸せなこと?
「君、ここら辺の店の子?」
そう声をかけられ顔を上げた。
黒いスーツを着た男は、ニッと笑って俺を見下ろす。
「ん。」
「ふーん。どう?」
男は指を2本立てて笑った。
俺が首を傾げると、それはケラケラと笑う。
「わかんない?2万。それで好きにさせてよ。」
「……ぇ。」
それは、困る。
って断りたいのに声は出なくて俺は口をぱくぱくとするだけ。
話し方がわからない。
そんな事をしてるうちに右手首を強く握られる。
離して、
そう声をあげようとした時、ふわりと視界に白い布が見えた。
「ユキくん。駄目ですよ、もう休憩は終わり。」
「へ、……」
「お兄さんすみません。この子、僕と同じお店の新人さんなんです。休憩時間もう終わりだから構ってくれるならお店に来てくださいね。」
「なんだ、つまんないの。」
「またね。」
俺と同じくらいか、もう少し上くらいかのその人は笑って男を追い返した。
その人は綺麗な服を着ていて、綺麗な体をしていて。
「名前適当に呼んでごめんなさい。困ってましたよね?」
綺麗な言葉を話して、綺麗に笑った。
それから俺と目を合わす。
「貴方、そこのお店の人ですよね?」
俺が今出てきた扉を指さして首を傾げる。
俺は何も出来ない。
指先が震えて、言葉も言えない。
優しさが怖い。
これは、ずっと前から慣れない感情だ。
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