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その人は俺の隣に座ると、俺を見つめた。
白いシャツと黒い七分丈のズボン。
それから黒い小さな靴。
同じ店にいるものでもこんなに待遇が違うんだと、初めて知った。
「貴方は何歳ですか?」
「…じゅう、なな。」
「それじゃ僕と同じだ。あれ、もしかしてうまく話せない?」
その人は俺の唇を指さす。
俺は一度、頷く。
その人は大きな瞳を二度瞬かせると「ごめんね」と謝った。
「無理に話させちゃいましたね。話すのは辛くないですか?」
「ん、…話したい。…でも、…話し、仕方…むずかしい。」
「生まれた時から?」
俺は左右に首を振った。
この、躓く話し方が嫌で。
うまく話し方がわからない。
前まではずっと話せてたはずなのに。
どうしてか喉が引っかかって。
「…声、出なくなった。また、…出るけど…上手く話せない。」
「ストレスかなぁ。たまにいるんです。大丈夫ですよ、僕も昔は話せなかった。」
俺が驚いたように目を見開くと、その人はクスケスと可愛く笑った。
同性の俺から見ても可愛くて綺麗だと思える人だった。
その人は笑顔のまま、俺の手を握った。
「ね、貴方も拾われたんですか?」
「…ううん。攫われた、かも。…気がついたら、ここに。」
「拾われたんじゃなかったんだ。ここにいるのは皆、おかしな出会いです。僕は拾われました。…でも攫われたならきっと迎えに来てもらえますね。」
「無い、かも。」
「どうして?」
首を傾げると、シャツの隙間から白い肌が見えた。
綺麗な肌だった。
俺みたいに傷だらけじゃない。
…俺は汚かったから、あんな扱いなんだろう。
俺は眩しくてその人から顔を逸らして呟く。
「好かれて…、なかった。」
「そうなんですね。それじゃ、ここで好かれればいい。帰るのが幸せじゃないならね。嫌ならいつだって逃げ出せます。」
「…どうやって?」
「今だって。貴方は少しも不自由じゃない。僕らは、Ωなだけで少しも劣ってなんてないでしょ?」
不思議な人だ。
Ωが劣ってないなんて、そんな訳ないのに。
俺は逸らしていた顔をゆっくりとあげてその人へ顔を向けた。
俺が見てない間もその人はずっと俺の横顔を見つめていた。
優しく微笑んだまま。
その人はすごく綺麗なのに、眩しいのに
どこか諦めたような顔をしていて。
「…アンタは…逃げないのか…?」
「僕は、もう帰るとこも行くとこもありませんから。貴方には帰りたい場所があるんですよね。」
「帰りたい、とこ…」
「忘れちゃダメです。僕らはね、負けちゃったら怖い人の思い通り。心の中で帰りたいって忘れないの。」
「わかった。」
俺がそう言って頷くと、その人は小指を俺に差し出した。
白い指。
俺も、よくわからないまま小指を差し出した。
「僕の名前はヒナタ。太陽のヒナタ。貴方は?」
「サツキ……皐月。」
「サツキ、僕ら友達になれると思います。傷つけ合わないから。」
「…俺も、そう思う。」
「今日は夜まで2人で話しましょう。僕の部屋に来ませんか?」
不思議な気持ちだった。
なんだろう。
こんなところに来て、こんな事になると思ってなかった。
堕ちて 堕ちて終わりだと思ってたのに。
ヒナタはもしかしたら友達とかそういう類になれるんじゃないかとそう思ってしまった。
俺が一度頷くと、ヒナタは小さな手で俺の手を握り店へと歩き出す。
冷たい手だった。
俺はその手を握り返しはしなかった。
求めている誰かの手ではなかったから。
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