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連れられてきたのは、白い部屋。
大きなベッドとオレンジの光。
そこに座ったヒナタは天使みたいでここは絵本の中なんじゃないかと思うほどだった。
「皐月?」
「……違う店、みたい。」
「皐月の部屋はどんな部屋ですか?」
「コンクリートの。くらい、部屋。」
「怖い夢見そうですね。」
ヒナタはベッドの上に寝そべると俺へ手招きをした。
俺は端に座るとそんなヒナタへ目を向けた。
「皐月、あのね。このお店じゃ下を向いちゃダメです。」
「下?」
「そう。下を向いたら下にされる。上を向いてね、イイコにしてたら僕みたいになれます。僕はいつも大切にされます。」
「…そう、か。でも……」
下を向くも何も、俺の首輪は重くていつも前の光すら見えない。
そんな中で上を向ける?
いや、向けるならもう向いてるはずだ。
「皐月は怖い目に遭ったんですね。あのね、みんな怖い人じゃないんです。僕は恋だって出来た。」
「え、…客に?」
「そう。僕の恋のお話聞いてくれますか?」
俺は一度頷く。
ヒナタはより一層幸せそうに笑うと、あのねと話し始めた。
ヒナタの恋をする男は夜みたいに深い黒の髪をしていて。
切れ長の瞳と長い二重の線。
赤い舌と優しい声。
それから髪を撫でるのが好きな男だと。
「その人は、1番に優しいんです。僕をね、人として見てくれるから。」
「…その人もきっと…ヒナタのこと、を…好きなんだと思う。」
「本当?」
「だって、嫌いな人には…優しく、しないから。」
そっか、そうだよね。
とヒナタは言うと嬉しそうに笑う。
白いベッドの上、二人でいろんな話をした。
俺がここに来る前の話。
記憶がぼんやりして思い出せないこと。
上手く話せないことや好きな食べ物の話。
ヒナタはこの店のことを教えてくれて、それから逃げ出す時のために近くの道を教えてくれた。
ヒナタはふわふわしていて話す言葉が優しくて。
あぁ もし俺とヒナタが同じ学校なら
二人で仲良く こんなふうに話せたのかもなんて思ってしまった。
話疲れてとうとう喉が渇いた頃。
ヒナタはベッドに突っ伏して目を閉じた。
俺も同じように目を閉じる。
白いベッドと眩しい光。
そよそよとエアコンの風が当たる。
髪が揺れて、それから
ヒナタの手がその上から俺の髪を撫でた。
「ん、……っ…?」
「僕の好きな人の真似です。」
目を閉じたまま開けない。
なんだか、知っている。
この手の感覚。
もっと大きいけれど よく髪を撫でる人がいたこと。
その人が 俺は大好きだったこと。
「ヒナタ、俺…好きな人が…いた。」
「え?」
「…消毒液の、匂いと…香水の…匂い。優しくて…手、の大きい…人。」
「覚えてるなら平気です。」
「…へ、……」
ヒナタは俺の上にぱふん、と十字にかぶさるように乗っては背中に顔を乗せた。
それから優しくて なんだか寂しい声で
「皐月は、1人じゃないんです。…ね?」
と呟いた。
俺は頷く前に、ウトウトと夢に巻き込まれていく。
その夢は ここに来てから初めての優しい夢だった。
酷い雨の中、誰かの車に揺られていた。
後部座席に座って俺はぼーっと窓の外を見つめる。
「晩飯、何がいい?」
ってその人が聞くから、俺は
「なんでもいいよ」
って答えた。
その人は、呆れたようにため息をつくと
「何でもが一番困るんだよ」
って怒る。
俺は本当は アンタとならなんでも美味しいからってそう思っていたけどそうは言えなくて
「それじゃ、クリームパスタがいい。」
って適当に答えた。
それだけの夢。
でも なんかそれだけの夢が
すごく幸せな思い出だったきがして。
それから その思い出に二度と戻れない気がして。
俺は夢の中で 何故か泣いていた。
「ぃ"、っ……!?」
夢の中から引きずり出される。
ガシャン、と鎖の音が鳴って飛び起きると俺の体はベッドから引きずり下ろされ床に落ちていた。
目の前ではヒナタが驚い顔をしていて、俺は重い首輪を背中側に引かれ息が出来ずにいた。
「日が暮れるまでに戻れって言っただろ。」
「ぅ…、っぐ……、ごめ…ん"、なさ、……、!」
首輪を両手で引っ掻いて目を見開く。
苦しい
苦しくて、吐きそう
「ごめんなさい、僕が連れてきちゃったんです。お話したくて。皐月は悪い子じゃないです。今日は許してください。」
「ヒナタ、お前も何したって許されると思うなよ。」
「……皐月、ごめんなさい。」
落ち込むヒナタに俺は首を振った。
苦しい、でも。
「ッ、ハ……ぅ"、っ……ヒナタ、…ありがと。」
ようやく息を吐き出してそう呟いた。
少しは、笑えてる?
ヒナタ。
俺、まだ負けないでいるよ。
だから そんな顔はしないで。
「またね、皐月。」
なんとなく、もう会えない気はしていたけれど。
俺は鎖を引かれながら夢みたいな白い部屋から出て行った。
冷たいコンクリートと鎖の部屋に繋がれて、目を閉じる。
ずっとこの暗い部屋で生きるのはわかっていたから別に苦しくはない。
下を向いて 前より少しは話せるようになった声を吐き出す
「いつか、俺は幸せ…、になれる……?」
その答えは誰も教えてはくれないけれど。
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