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何日たっても、何度抱かれても日々は変わらなかった。 日に日に頭はぼーっとするし大切なことは忘れていく。 撫でられるだけでくすぐったくて熱くなる体を俺は呪った。 それがたとえ、薬のせいだとしても。 俺はどれだけ乱らで汚い身体なんだろうと。 ゆらゆらと体を揺らしながら ポツリと 呟く 「………会い、た…いよ。」 誰に それはまだ 思い出せてないけれど。 * 「……会いたい。」 掠れた声を吐き出した。 曇り空の下、カーテンを閉じた保健室は薄暗い。 俺はぼーっと天井を見上げていた。 あれから手がかりもなく皐月がどこにいるのかも分からない。 皐月の兄から一度電話がかかってきたが、掠れた声で 『何も変えれなかった。力になれなくてごめん。もし、見つかっても頼むからこの家には返さないで。アイツはここじゃ幸せにはなれないってもうわかったから。』 とだけ言った。 一方的に言うと俺の話は聞かずにそのまま電話は切れた。 一緒に探す、とは言ったがお互い何も出来ないのはわかっていたんだ。 闇雲に探し回っても、どんだけ泣いても。 無くしたものは返ってこない。 思い首を回して、ため息をつく。 何も皐月だけが原因な訳じゃない。 あれから奏斗とは口を聞いていないし、自慢じゃないが俺に友達って奴はいなければ家族もない。 純粋に、誰とも話をしてないのが問題だ。 人間ってのは黙ってれば黙ってるほど滅入る。 存在意義が、無くなっていく。 8月の末。 皐月がいなくなって、もうすぐ2ヶ月が経とうとしていた頃。 俺は とうとう孤独に耐えられなくなった。 愛は知らなくても 孤独はよく知っている。 その日の空は厚い雲に覆われていて、いつ雨が降り出してもおかしくない天気だった。 車を近くの駐車場に停めいつもの道を歩き出す。 ムシムシとした湿気だらけの中でわざとらしく靴の音を鳴らしてみる。 まだ灯がつくには早い時間。 いつもの店の扉を開ける。 他の扉には見向きもせず、いつもと同じ扉。 ノックも無しにそれを押し開ける。 「皆木様。」 小さく笑う青年に、俺はやっと安堵した。 俺を求める人間がいること俺の名前を呼ぶこと。 俺を見ていてくれること。 「利口だな。」 「もちろん、貴方が来るのを知ってからずっと待ってました。」 「…そうか。そんなところ悪いが、今日はただ会いに来ただけなんだ。」 「え?」 「話し相手が欲しくて。」 「お話…僕、お話は得意です。」 俺のとんちんかんな言葉に、青年はニッコリと笑った。 風俗にただ話しに来るなんてなんて迷惑な客なんだ。 コイツらからしたら俺なんて性を通しての関係でしかないはずなのに。 「皆木様、髪を撫でてください。僕、会いに来てくださると知ってから念入りに洗ってといておいたんです。」 「…お前は本当に髪を撫でられるのが好きだな。」 「大好き。貴方になら、…いいえ。貴方にされるから好きなのです。」 幸せだという顔をして俺に寄りかかる。 その小さな体を大切に抱いてみた。 暖かい体温が、今の俺にはじっとりと暑くて。 髪を撫でながら傍にいながら。 生きているんだと体温を感じていた。 「ねぇ、皆木様。僕に出来たお友達のお話聞いてくれますか?」 「友達?あぁ…聞かせてくれ。」 「前にお話した新しい子なんです。オムライスとうさぎが好きな、優しい子。」 腕の中で鳴る声に、俺は目を閉じた。 そういえばアイツもオムライスとうさぎが好きだった。 デミグラスソースのかかったオムライスを見て 『これはオムライスじゃない…!』 なんて、柄にもなく我儘を言ってたっけ。 オムライスが好き。 なんて、それだけで 思い出に浸るには十分すぎる言葉だった。

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