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大きな体の中で、俺は小さくなってその服にしがみついた。 離さないで 離れたくない 何度もその腕から離れた 何度もこの手から逃れた 怖くて 弱くて どうしようもなく辛かったから でも今は違うんだ この体温を もう忘れたくないんだ * 電話が切れて数十秒。 なんの前触れもなく部屋の扉が開いた。 いつも俺にペコペコと頭を下げる男が、目を釣り上げて俺を睨みつける。 俺は、腕の中に皐月を抱きしめたままその男を負けじと睨みつけた。 「どういう事でしょう。」 「俺に、コイツを返してくれないか。」 「サツキはうちの店の商品です。違いますか?」 「あぁ。それ以前に俺の番だ。」 どうしてか、今だけはなんの迷いもなしにその言葉が出てきた。 その言葉に皐月の顔が上がる。 番ではない。でも、これは嘘ではない。 「へぇ…それでは皆木様。それなりの考えがおありで?」 俺は目を閉じた。 冷静になれ。 何故、昨日あのまま連れ帰らなかったか。 店から人を連れ出すのに必要なのは所詮金だ。 それなら手段はいくらでもある。 出来るだけ円満に、揉め事にせずに。 皐月が怯えずに済むように。 数年前、奏斗を家から連れ出した時、アイツはいつ連れ戻せれるんだと毎日顔を青くした。 もう同じことは繰り返さない。 今度こそ。 「いくら払えばいい?」 「おいくら用意して頂けるのでしょうか。」 「いくらでも。何百、何千…億?それ以上か?言い値でいい。その代わり皐月を必ず解放しろ。それから今後一切関わるな。」 「ッ、…あはは…っ…貴方、正気ですか?それとも本当の馬鹿ですか?」 その男は、急に何かがおかしいとケラケラと笑い出した。 「何がおかしいんだ。」 「そんな、価値の低い人間に億も払おうのしてるのが馬鹿だって言ってるんです。せいぜい200万程度、それでも余るくらい。 第1、本当にその人間にそんな価値があると思ってるんですか?Ωなんて臓器にしてもそんな値段つきませんよ。 そのゴミがゴミなら貴方も馬鹿です。 金を持つことしか価値がない貴方には、そんな簡単な金銭感覚もないのですか?」 腕の中の皐月の手から力が抜ける。 親から、価値がないと言い聞かされた人間が命の軽さを聞かされた。 今度はそれを値段として。 諦めてしまった人間の心に本当に言わなきゃならない言葉だったか? 頭がグラリと揺れて、感情が抑えられなくなる。 本当に そう思っているのなら。 「あぁ、俺にまともな金銭感覚はないだろうな。億だろうとすぐに出せる、くれてやる。 でもな。この男をゴミだと言ったことは後悔しろ。臓器にしようがそのまま売ろうが価値にならないと思うなら思えばいい。 コイツはうちに帰ればお前に見せたことないくらい綺麗な顔で笑う。 それから、世界で一番幸せになるんだ。」 「………み、…なき、……?」 皐月が腕の中で小さく俺の名前を呼ぶ。 ごめんな、と囁いてその体から手を離した。 男へ距離を詰め、じっと目を見る。 「俺には金しかない、金しか価値がないまま生きてきたんだよ。悪いか?それがなんだ。俺の後ろに何があろうと、何がいようと俺は俺だ。 そう、コイツが教えてくれた。コイツは俺を見てくれた、俺を求めてくれた!! 俺に金しか価値がないなら、その価値は全部コイツのために捨ててやるよ!!」 吐き出す言葉。 ずっと縛り付けられてきた。 膨大な資産と札束。 地位も名誉も金も自由も何もかもあった。 ただ、愛が無くて俺は一人きりだった。 俺に金がなくても、俺が何もなくても。 皐月はきっと俺を愛してくれる。 そう、確信して言えるから。 「それでは、ソレを1億で買いますか?」 「その金額でお前らは皐月から手を引くんだな。」 「約束します。」 その声に俺は頷く。 カバンから小切手を取り出し、億の数になる0を並べた。 この8つの0が俺の愛した男の金額。 この金で、皐月がまた笑ってくれるなら。 また 俺の隣にいてくれるなら。 「交渉成立だな。」 「確かに。」 男はそう言って小切手をスーツの内ポケットへと閉まった。 俺はベッドの上で震える皐月を抱きしめ、ゆっくりと抱き上げた。 最後の日よりも更に軽くなった体。 もう、二度と離さない。 絶対だ。 「皐月、帰ろう。」 皐月は目を濡らして、俺を見つめる。 コクリと一度頷いては俺にしがみついたまま何も言わなかった。

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