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何があるかわからないから隅々まで検査してくれ、と頼んだのは俺だった。 けれど思ってたよりも検査の数が多く終わった頃にはもう夕方になろうとしていた。 最後の問診に行くために廊下を歩く皐月は疲れたのかもう半分寝てしまいそうな状態で。 「おい、大丈夫か?やっぱり移動は車椅子にしてもらうべきだったか。」 「……ん。大丈夫。」 「これで最後だ。あと少し頑張れよ。」 「…終わったら即寝る。」 「そうしろ。寝るのが一番の治療だ。」 フラフラの皐月の横を歩きながら俺も欠伸をする。 昨日、皐月が眠るまでは寝ないでおこうと隣にいたがいざ眠りについても悪夢を見ていたのか酷いうなされ方ですぐに眠れはしなかった。 そのくせ起きたら怖い夢は見てなかった、と言うんだから堪らない。 まぁ…覚えてない方がいい事もあるか。 「皆木。」 「ん?」 「…もし、検査が終わって。俺、やばい病気とか貰ってたらどうする?」 「金積んで治す。」 「もし金でどうにもならなかったら?」 チラリと皐月の方へ目をやる。 俯いたまま顔は上がらない。 皐月側の手を挙げ、後ろから頭をポンポンと撫でてやる。 「どうにもならなくても、嫌いになんてならないから安心しとけ。」 「ぅ、……それが本当にやばくて空気感染とかして…なんか、…アンタにも感染するかもしれないとしたら?」 「なんかってお前本当に医者の息子かよ。てか、どんな病気になってる予定なんだ。」 「な……っ、…!こっちは真剣に…!」 怒ったように見上げてくる皐月に笑ってしまう。 大真面目な顔をしてるのに言ってることはスカスカだ。 ムキになるソレに手を伸ばし、落ち着け、なんて言って笑った。 「そういうのはなってから考えろ。もし検査結果がやばくても、俺に言わずに消えようなんて思うなよ。」 「……もうしない。」 「そうしてくれ。置いてかれた方も、案外寂しいんだ。」 そう言うと、隣に歩いてた皐月の足が止まる。 俺も立ち止まって振り向くと皐月は右手で口元を隠すと「ごめん。」と呟いた。 …何でコイツはこんなに真っ直ぐなんだ。 「もうしなきゃいい。これからはちゃんと、逃げる前に俺に言え。」 「…そうする。もう、しない。」 俺に、自分に言い聞かせるようにそう区切って言うと皐月は駆け足で俺の隣までくる。 今度はしっかりと歩くと俺より一足先に指定された診察室へと向かった。 問診は1人で入るように、とさっき看護師に言わたからだろう。 「一人で平気か?」 「大丈夫。」 「俺はここで待ってる。少しでも辛くなったら医者殴ってでも出てこい。」 「なんでアンタはそんなに物騒なんだよ。…多分、平気だから。」 「わかった。行ってこい。」 深く頷いて皐月が診察室へと向かう。 俺は壁にもたれかかりウトウトと目を閉じた。 これが終わって病室に戻れば恐らく皐月は疲れて眠ってしまうだろう それを見届けたら俺も隣で眠ろう。 退院はいつごろになるだろうか。 皐月のこれからの話もしたい。 出来ることならあそこにいた間の話も。 声は本当に戻ったのか?戻るきっかけは? それから学校に連絡…あぁ、兄から連絡は帰ってきてるだろうか。 奏斗と顔を合わせて謝りたいな。 あと、皐月の着替えや部屋で使う日用品も一度家から持ってきたい。 考える事、多いな。 「……き、……」 「皆木。」 「ぅ"。」 ちょん、と脇腹をつつかれ鈍い声が出る。 重い瞼を開くと皐月が人差し指だけこっちに向けて立っていた。 …完璧に立ったまま寝てた。 「もう終わったか?」 「ん。先生が、皆木と少しだけ話したいって。」 「俺と?…わかった。皐月はどうする。」 「すぐ看護師が来るから、その人と病室戻っていいって言われた。」 「一人で平気か。」 「大丈夫…だと、思う。」 断言しようとした皐月が、濁すようにそう言った。 …とはいえここで俺が分身する事は出来ない。 「すぐ行くから待ってろ。寂しくなったら走ってここまで来い。」 「誰が走るか。でも、待ってる。」 「よし。」 少しずつ前の皐月に戻っている気がした。 部分的にでも、無理矢理にでも。 健康的な皐月を見られるのは嬉しい。 話通りにすぐに来た看護師に連れられ皐月が廊下の向こうへと歩いていく。 そんな後ろ姿を少し見送り、すぐに目の前の診察室の扉を開いた。

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