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ツンツンと、手前のピンク色の花をつつきながらなんとなく口に出す。
「そういえばさ、俺の名前って花が由来らしい。」
「花?」
つつくと落ちるぞ、と俺の指を握った皆木がそのまま首をかしげた。
行動だけ見ると赤ん坊みたいだ。
大人しく指を引っ込め肩肘をついて花を見下ろす。
「俺もちゃんと覚えてないけど。昔、兄弟に言われた。俺たち兄弟、名前似ててさ。一番上がリッキ、2番目がカツキ、3番目が俺。…なんで名前似てるんだろうなって聞いたら教えてくれた。」
「他2人も花の名前なのか?リッキもカツキも聞いたことないが。」
「リッキは、立つに樹木の樹で立樹。カツキは香る月。」
「皐月はお前か。てっきり、五月生まれかその当たりだと思ってた。」
「…こう見えて秋生まれなんだよな。」
「名前で勘違いされやすそうだな。」
まぁ、その通りかもしれない。
皐月といえば五月のイメージしかないし花の名前にしても季節は春だ。
…なんで秋生まれの俺にこの名前が付けられたのかは今も知らないし親に聞いても教えてくれなかった。
「サツキ、って言うと懐かしいな。」
「懐かしい?」
「小さい頃、サツキとかツツジとか…花摘んで舐めただろ。花の蜜。」
「え"。……お前、金持ちの息子じゃなかったのか。」
そう言うと皆木が顔をしかめる。
言葉への怒り、というよりは一般的なあるあるとして言ったつもりだったんだろう。
生憎俺にはそんな思い出はなくて。
「馬鹿。飢えて吸ってたんじゃない。お前やらなかったか?」
「やらないしやりたくない。虫ついてるだろ。」
「…これがジェネレーションギャップってやつか。俺が小学生の時は、よく公園や人の家のマンションの花勝手に摘んで舐めてはその変に捨ててた。」
「怒られるぞ。誰かに。」
「もう時効だ。…奏斗とな。春になるとあちこち花を舐め比べてた。でもサツキの花が一番甘かった。白色の、サツキが。」
皆木はぼーっと花を見つめながらそう呟く。
俺と同じ名前の白い花に、どこか嫉妬した。
あぁ…でも、名前だけは出会う前から知られてたって事か。
俺の舐めたことの無い蜜の味。
摘んだことのない花の色。
幼い頃、時枝先生にだけ見せた皆木の心。
少し、知りたいと思った。
「もっとその時の事、聞きたい。」
「そうだな。奏斗は虫が苦手だったから、俺が摘んで虫がいないか見るんだ。それから渡して奏斗が舐める。
アイツがここの花は甘いよって言ってから俺は初めて花を舐めた。…いいか、ハズレは渋いんだ。」
「へぇ。結構食べれんの?」
「全然。一瞬しかしない。でも、沢山舐めたいからってそこらじゅう摘み漁って捨てるから地面が花だらけになった。」
「…最低か。」
ヘラヘラ笑う皆木の頭を叩く。
育てた人が可哀想だ。
公園はともかく、マンションなら管理人か誰かが丹精込めて育てた賜物かもしれないのに。
と、説教してやろうと顔を見ると、伏せていた目も影になっていた顔も何故か真剣そのものだった。
くらい、何かに思いふける時の顔。
「どうした?」
「…勿体なくて、置いておけないかと思った。押し花にしたって干からびたし押し付けられた方のノートもシワシワになった。
それでも、一回だけ上手くいったんだ。白いサツキの花。
あれ……」
「……?」
俺は首を傾げる。
皆木の目はどこかを見つめていた。
記憶を探っているんだろう。
十何年も前の話、よく覚えてるなと少し感心していた。
「……奏斗が持って帰って、どうしたんだったか。」
「本人に聞けばいいのに。」
「あぁ、…そうだな。また聞いとく。」
皆木はそう言って目の前の籠を揺らした。
昔の二人が必死に残そうとしては失敗に終わった事も、今の技術ならこの通り綺麗に置いておけるわけで。
皆木の見つめる先が過去に向いているのに気付きながら俺は何も言わなかった。
「皐月、そろそろ寝るか。明日また話そう。」
「え?……ん。」
突然の提案に少し驚いたが、俺は頷いた。
確かにもう時間は遅い。
長く話してるわけにもいかない。
皆木の大きな手が俺の頬を撫でて、顔を近づけたかと思うとおでことおでこをくっつけた。
それから小さな声で囁く。
「いつか、忘れる思い出もある。
だから皐月。 せめてお前は今過ごした今日を……忘れないで、いてくれ。」
どうしてそんな事を言うのか。
誰かが忘れる予定でもあるみたいな言い方だった。
俺はじっと見えない皆木の顔を見上げながら
「忘れたくないから、多分…忘れないと思う。」
と呟いた。
「…忘れたくなかったら、忘れないか?」
「だって…忘れたくない事は忘れたくないんだから……忘れない、だろ。」
いや、なんか違う。
「忘れられない、だろ。」
俺がそう言うと皆木はおでこを離す。
それから、何故か
泣き出しそうなくらいに悲しい顔をして笑うと
「そうだな、ありがとう。」と言っては俺を強く抱き締めた。
壊れそうなくらい、強く。
なんでこんな顔をするのか、なんでこんな事を聞くのかはわからない。
でも俺は この答えがあっていたのか酷く不安になって、指の先だけで弱く皆木に抱きつくことしか出来なかった。
俺だけじゃない
アンタだって きっと、なにかに胸を砕かれて崩れかけているんだな。
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