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消灯の時間が過ぎてもボクは眠れなかった。 真っ暗な部屋の中で、月明かりに照らされた病室をただ見つめるだけ。 起き上がることも出来ないから正しく言えば天井を見上げてるだけだろう。 千葉クンは夕方には帰ってしまったしボクには生憎、見舞いに来てくれるような家族もいない。 来られた方が困るけれど。 心配してくれる友達だっていない。 24年生きてきた中でこうも孤独を思い知らされると流石に応える。 ……ボクは、どうして一人で生きてきたんだろう。 「1人は、寂しいのに。」 ポツリと呟く。 別に一人が得意なわけじゃない。 一人でいればこうやって余計なことだって考えてしまうし、突然怖くなったりもする。 けれど嘘で塗り固めたようなボクじゃ誰かと仲良くするのは一時的なその場しのぎしかできないし、人付き合いは難しい。 …そもそもボクは大勢に好かれる様には出来てない。 たった一人のために作ったような正確なんだから仕方ない。 「…………あれ。」 そのたった一人は誰だったか。 千葉クンは最近であったばかりだからそんなわけないし、楠本クンも同じだ。 …それなら親しかいないか。 大嫌いな親のために作られた性格? 欠片も好きになれそうにない。 あぁ、もう。 こんな時は眠ってしまおうと目を閉じる。 起きれば 案外記憶も簡単に戻っているかもしれないし。 * ボクはよく、笑う人間だと思う。 それも人より上手く笑える人間だ。 声を上げて、口を大きく開けて、目まで歪ませ て。 あははって。 そうやって 笑う人間だ。 生憎、自然と笑みが零れる という経験はした事がないけれど。 甘い香りに誘われる。 真っ暗な夢から目を開くと、目の前の机が真っ白に光った。 窓からの光とそれから机の上に置かれた花束…何方かと言えばブーケ、のおかげで。 「……いい匂い。」 思わずそんな声が出る。 ピンクの布に包まれたそれは、抱えれば恐らく顔まで届くくらいの大きなブーケで中には真っ白な花が敷き詰められていた。 一瞬、白ユリかと思ったけれど違った。 ユリだったらどれだけ恨まれてたんだ。 「ツツジ、……かな。」 まだ痛みの少ない方の手を伸ばし、ブーケを引き寄せる。 甘い香りに目を細める。気分はいい。 ツツジなんて見たのはいつぶりだろう。 思い出せないくらい古い記憶だ。 「来たら置いてあったんですよね。」 「う、わぁっ…!?」 「……おはようございます。」 横からいきなり聞こえた声に思わずブーケを投げつけかける。 珈琲を飲みながら携帯をいじる彼は顔色一つ変えずに会釈をすると、携帯を机に伏せる。 「来てたなら声くらいかけてよ。」 「いや、気持ち悪そうに寝てたので。起こしたら悪夢の原因にされるかなと。」 「普通は気持ちよさそうに寝てたら寝かせておくものだよ。」 「覚えておきます。普通代表の名が廃れますからね。」 …口がうまいのがムカつく。 花に目線を戻す。 彼が来るより前に誰かが置いたってこと? 昨晩巡らせた通り、ボクには友人も家族もいない。 一体誰が置いたのか検討もつかない。 「ツツジって花なんですか?」 「多分ね。白いツツジって可愛いよね。ピンクの方がメジャーだから、ちょっとレアな感じして。」 「綺麗だとは思いますけどそんなに馴染みは無いです。多分、ピンクも。」 「嘘。学校の帰り道とかに吸わなかった?」 「吸いませんよ。そんなに飢えて……いえ、この手の話は辞めておきます。」 「飢えてたとかの問題じゃなくて。ボクらの世代はみーんな吸ってたのに。今の子はリッチだなぁ。」 なんて、ため息をこぼす。 こんなの植えてるとかではなくて誰だって吸ってた。 マンションなんかの植え込みによくあって、なんこかツツジスポットなんて認識まであったもので。 …そういえば白いツツジの生えてる公園があって通ってたっけ。 「懐かしいなぁ。誰が置いてくれたかは知らないけどどうして白いツツジにしたんだろう。」 「……白いツツジを渡したかったからでは。」 「ボクも多分それだと思う。その理由が知りたかったんだけど、まぁいいや。そのへんに置いてくれない?ここは流石に邪魔だから。」 「がってん承知です。」 「急にちゃけるね。」 真顔のままブーケを抱き上げ、窓際に置くと千葉くんは眠そうに目を擦った。 そういえば今何時だろう、と時計へ目を向ける。 そこでようやく目が良く見えることに気が付いた。 「まだ7時じゃん。面会、よく許されたね。」 「親族レベルだと時間は関係ないらしくて。番だと言ったら通してくれました。」 「……嘘つきだ。ただのストーカーですって伝えてこようか?」 「傷付きます。」 「嘘だよ。早起きしてきてくれてありがと。正直、一人は寂しかったから嬉しいよ。」 「やけに素直ですね?」 「気持ち悪い?」 「はい、すごく。」 椅子に座った千葉クンは真っ直ぐにボクを見てそう言った。 …そんなに真っ直ぐにいうセリフじゃないだろ。 ムカつくなぁと目をそらすと、付け足すように1言。 「でも、可愛いです。」 と言った。 ぞわり、と鳥肌が立つ。 「……可愛い…?」 「はい。愛らしい、可愛らしい。」 「気持ち悪いよ。ボク、そういう言葉苦手なんだ。ごめんね。」 「すみません。悪気はなかったんですけど……それじゃ、素敵です。」 「その方がいいかな。」 父親の言葉に何故か重ねてしまった。 彼は、悪くないのに。 ボクと千葉クンはこんな事ばかりだ。 ボクが我儘を言う度に彼は嫌な顔一つせずに自分を曲げてくれる。 ボクは真面目に謝らない。 彼は相当ボクに惚れ込んでいて、それから優しい。 「奏斗さん。貴方に、今日は話したい事があって頑張って早起きをしました。」 「話したい事?」 「はい。何度目かの、告白をしに。」 彼は、いつものままの顔で それなのにほんの少しだけ手の先を強ばらせて言った。 優しくて、それでいて少しだね傲慢だ。

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