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ボクは伸びた髪を雑にかき分け、ボサボサと広げた。 正直面倒くさい。 彼のことは嫌いではないしむしろ傍に居てくれて助かるけれど、どうしても恋愛として見たくなかった。 恋愛をしてしまえばいつか崩れてしまう気がしたからだ。 「…ボクはキミと友達になりたいな。」 「嫌です。友達としては超えられない人がいるので。」 「超えられない人?」 「こっちの話です。告白、せめて聞いてくれませんか。」 「聞くだけなら。」 朝の7時すぎ。 わざわざ早起きをした、寝起きのいい青年はじっと真面目な顔をしてボクの手を握った。 どんな愛の言葉を囁かれるのかと少し緊張してくる。 それなのに、彼の言った言葉は 「好きです。」の一言。 「それだけ?」 「はい。」 「……ボクは、好きじゃないかな。」 「今フラれましたか?」 「うん。」 「辛い。」 千葉クンはボクの手を離すと、ガクンと肩を落とした。 あぁなんか高校生っぽい。 ボクはそれが面白くて少しだけクスクスと笑う。 感情は乏しいのに隠す気がない丸出しなところは好感が持てる。好きだ。 「ボク、本当にわからないんだ。どうしてボクが好きなのか。」 「……俺、平凡でしょう。普通で親も普通で。普通でいいよって言われて育ちました。だから、普通に女性を好きになってなんとなく結婚して…それで、死ぬんだと思ってました。」 「うん。」 「でも。貴方を見た時、変な人だと思った。男のくせに長い髪と背が高くて細い体。大きな瞳なのに大人っぽくて、それからよく笑う。 嘘っぽくて作り物みたいな貴方を見た時にね。何かに惹かれて、目を離せなくなった。」 「まるで運命の番みたいなことを言うね。」 「そうじゃないかと、本気で思ってたんですよ。β風情が偉そうですが。」 千葉クンは拗ねたように口を尖らすけれど、首を振ってすぐにボクの目を見つめた。 本気なのかな。 ボクは試すみたいに「それで?」と続きを促す。 「目で追っているうちに、ボロが見えた。会話の途中に混ざる真顔や廊下で立ち尽くす姿。必死に嘘を繕って本当を塗り重ねる貴方を見てなんて滑稽で、人間らしいんだって…なんて、個性的な人なんだって。 そうやってビックリして。」 「褒められてる気はしない。」 「気を悪くさせたらすみません。それでも、俺は貴方が好きになった。 この人なら、きっと見た事の無い物を見せてくれる。この人となら変われる。…きっと退屈な日常を突き破って非現実的な世界へ連れていってくれる!ってね。」 嬉しそうに微笑む千葉クンがボクは不思議に見えた。 ボクからすれば、キミは充分変わってるよ。 少なくとも出会った人の中に真顔で驚く高校生も、こんなに淡々と愛を語る青年も、それからそのくせに手だけは震えている子もいなかったから。 「過大評価がすごいよ。ボクはそんなに凄くない。ただの嘘つきさ。」 「…俺は気の利いた嘘もつけない馬鹿です。貴方なら、きっと俺にたくさん"不思議"を教えてくれる。お願いします。 貴方のそばにいたい。例え、2番目でも 愛されていないとしても。ここで貴方を一番に愛していたい。」 「……どうして、キミはボクをそんなに愛せるの。」 血も、何も、ボク達を結んだりしないのに。 何も確信もないのに。 おかしなボクを愛するメリットだって。 それなのに、キミは真っ直ぐにボクを見つめて愛を語る。 「貴方の一番弱った今をください。そしたら、俺は…俺の一生をあげるから。」 「いいの?ボクって呪い、みたいだよ。」 「呪いって非日常みたいで大好きです。ねぇ、奏斗さん。もう1度俺を選んでくれませんか。大切にするから。 だから、…今だけは一人を選ばないで。」 その言葉に、ズキリと胸が痛んだ。 怖くて 辛くて いつも一人を選んでいた。 そうすれば嘘をつく事も無くて楽でいられたから。 でも彼は言った。 一人を選ぶな、と。 それはボクにとって一番難しい選択で、それから彼を傷つけるかもしれない選択だった。 自分一人でさえ幸せにしきれないボクがこの子と一緒に幸せになるなんてきっと不可能だから。 「お試し期間でいい。今だけ、一番にさせてください。」 「……ボクといたら幸せになれないよ。」 「貴方といるから、幸せになれるんです。」 「ベタ惚れだね。」 「えぇ。とても。」 千葉クンはボクの手を優しく握った。 それから、じっとボクを見つめる。 好きになんてなれないよ。 きっと、きっといつかまた、自分勝手に突き放す。 怖くなって一人を選ぼうとする。 「キミのこと、好きじゃないのにいいの?」 「はい。好きなフリもしなくていい。」 それでも キミが ボクを選んでくれたのなら。 甘いツツジの匂いがした。 なぜか、頭の奥に白衣が浮かんだ。 病院独特の香りに誰かを重ねた。 掠れてくすんだ記憶に蓋をするように。 握られた手を、握り返して。 「…まだ、きっと好きにはなれないけど。」 「いつかきっと好きにさせます。」 「ん。…よろしく、千葉クン。」 「風磨でいいです。奏斗さん。」 目の前で、クシャりと高校生らしく笑うから。 ボクは釣られて柄にもなく。 自然とふわりと笑えた。 「よろしく、風磨。」 「はい!」 寂しさを埋めるように ボクと風磨の、期間限定の歪な恋が始まった。 誰かのシルエットと、重ねながら。

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