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機嫌の良さそうな風磨を横目に、ボクはなんだか複雑な気持ちだった。
好きでもない年下の男に丸め込まれ、好きでもないのに付き合う。
相手の心を弄んでいるような気がする。
「本当にいいの?後悔したって知らないよ。せっかくの一度きりの青春なのに。」
「これが一番いい青春です。」
「本当、キミは変わり者だよ。そもそも…」
「あー!うるさいうるさい。貴方は俺を否定するのが趣味ですか?ハッピーエンドでいいじゃないですか。承諾した後にグダグダ言うのはあんまり好きません。」
「……無理やり頷かせたの間違いじゃ?」
「そんな事より。記念すべき一日目に写真を撮りましょう。いつか、あんな事もあったねって笑えるように。」
携帯を片手に風磨は微笑んだ。
急に高校生らしいことを言い出す。
ボクは思わずため息をついた。
やっぱり、頷くべきじゃなかったかもしれない。
これが本当に彼の純粋な恋心だとしても、温度差で倒れてしまいそうだ。
「撮りますよー、ほら、笑って。」
「いや、それ真顔で言わないでよ。というかこういうのは自撮りアプリとかで撮るものじゃないの?なんでそのまま内カメで…」
「……自撮りアプリ、とは。」
「高校生らしいと思ったのになんか抜けてるね。まぁ、いいよ。そのままで。」
画面には首を傾げる風磨が写り、納得出来なさそうな顔のまま指はシャッターへ伸びる。
内カメで撮られた顔はありのままで少しも補正がかからない。
…まぁ、いいか。
確かにあんな事もあったね、と笑えるかもしれない。
「はい、チーズ。」
カシャ、と軽い音が鳴る。
病室のベッドの中で慣れた笑顔を作るボクと、真顔のままピースをする風磨。
交際一日目の初めての自撮り。
写真の中のボクらは いつか幸せになるのだろか。
「うわ、営業スマイルの奏斗さんだ。」
「うわってやめてよ。キミこそ愛想笑いの一つもしてないくせに。」
「足して2で割ったらいい感じにならないですかね。」
「笑顔は足せないし割れないよ。」
「……まぁ、いいか。待受にします。」
「誰かに見られたらまずいからやめてね。」
そう言うと風磨は不思議そうな顔でボクを見た。
下げた携帯の画面には今、正に待受にされかけてトリミングしようとしている画像が写っていた。
「皆に自慢する気満々でした。」
「キミ、ボクの教師人生終わらせる気?学生との恋愛はタブーだよ。」
「…そうか。それじゃ、あと半年待ちますね。俺が卒業したら自慢させてください。」
なんて、真っ直ぐな目で見るからボクは頷く事しか出来ない。
自慢できるような相手でも、脈でもないはずなのに。
ボクはなんとなく確認するみたいに聞いてみる。
「あのさ。ボクとキミは…その、……番にはなれないよ?」
「知ってます。俺がβで貴方がαだから。」
「…皆には歓迎されないと思うな。だって、性が違うんだから。」
「駄目なんですか?好きになったり、付き合ったりしたら。」
「駄目、……じゃ、…ないけど。」
あまりの迫力にボクは声が小さくなっていく。
ここまで真っ直ぐに愛されてしまったら、ボクはもう口答え出来ない。
いつか、壁にぶつかって彼が自分でそれに気付くまで。
ボクは…知らないふりをしておこう。
「それじゃ、何の問題もないですね。」
「…そうだね。変な事言ってごめん。」
「いえ。俺だって不安にはなりましたから、大丈夫です。
退院したら沢山デートに行きましょう。美味しいものを食べて、綺麗なものを見て。それから楽しい事を沢山。そしてその度に写真を撮りましょう。ね?」
「それがキミの理想のカップル?」
「はい。貴方と過ごす、理想の人生です。」
「そっか。予想通り、普通の人生だ。…怪我が治ったらどこにでも行こう。それまでは静かに遊ぼうね。」
既にもう、少し彼のペースに飲まれてる気がする。
ボクは頷いてそう答えた。
普通しかなくて今まで退屈に生きてきた彼がここまで生き生きと楽しそうに言うんだからボクはそれを叶えてやるくらいしか出来ない。
なんとなく、ツツジの花を見上げる。
と、横から大きな体に抱きしめられた。
肩書きができた途端、積極的だな。
なんて思っていると低い声が響いた。
「俺の事は、忘れないでくださいね。」
「……え?」
「絶対に、忘れないで。忘れないでいてもらえる努力はするから。……忘れないで。」
「だから写真を撮ったの?」
無言で彼は頷く。
どうしてこんなに執着するのか。
……ボクは彼の頭を、優しく撫でた。
普段は凛としているのにたまに弱みを見せる人は嫌いじゃない。
「忘れないよ。多分ね。キミが、酷い事をしないなら。」
「……絶対にしない。あの人みたいに俺はならない。だから、貴方の記憶の中にいたい。」
「皆木って人はそんなに酷い人だったの?」
ボクの問いかけに彼は黙り込む。
酷い人では無かったのか、それともそうだったのか。
風磨からしてマイナスになる人物なのは確かなんだろう。
「貴方がこうなっても、会いにすら来ないあの人は…薄情だと思いませんか。」
「…それはわからないよ。ボクは覚えてないんだから。キミは、ボクにその人の事を思い出して欲しくない?」
「貴方が辛くないのなら。」
風磨はそう言って体を離した。
ボクは、おかしくてクスクスと笑う。
お似合いな二人だと思った。
どこか壊れていて、強欲で。
何かが足りていない。
「わかった。思い出す努力はしないでおく。」
「ありがとうございます。」
二人でそう言って笑っていると、朝食を告げるノックが響いた。
彼は当然の顔をして看護師を迎え入れボクは当然の顔をして彼に全てを任せた。
まるで長年付き添ってきた恋人同士のように。
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