260 / 269
10
「特に、異常は見られませんでした。」
その医者の言葉にガチガチに固まっていた俺と皆木は顔を見合わせ、それからすぐに肩の力を抜いた。
安心したように微笑む皆木を見て俺は自分の安心よりもそれが嬉しくて笑った。
「心配していた感染症ですが、こちらも大丈夫でした。内蔵への傷自体はいくつかありますが家出の療養で問題ない範囲です。
明日中には退院できますよ。」
「…よかった。本当に、大丈夫なんですね。」
「えぇ。安心してください。」
その言葉に皆木は今度こそ体の力を抜いた。
俺も、ようやく安心して息を吐く。
正直何か変な病気になってるじゃないかと思っていた。
あんな所にいて知らない男にたらい回しにされてたんだから。
その後も少し説明があったが特に重要なことは無かった。
飯をちゃんと食えとか、よく寝ろとか。
そんな会話を終えてもう終わりだ、という時に医者が俺を見る。
「楠本さんには少しお話がありますので、この後残ってください。」
「はい。」
「皆木さんは看護師から薬の説明を受けてくださいね。」
「わかりました。」
完全に保護者扱いだ。
皆木は立ち上がると、俺と目線を合わせ「また後でな。」とだけ言うと俺の言葉を待たずに立ち去っていく。
皆木が部屋を出ていくと先生は俺へ目線を向けカルテを手に持った。
「楠本さん。これからする話は、とても大切な事です。」
「…はい、……」
皆木がいない場所で、一体何の話をするのか。
安心していた体がまた強ばっていく。
本当は、病気だったとかそういう事じゃないかと勝手に思い込む。
「検査の過程で貴方の体を調べさせて頂きました。貴方の性は過去にαからΩに変わっていますね?」
ドクン、と心臓が波打つ。
あの時から病院で検査されるなんて事は無かったから改めて言われるのは初めてだった。
俺はコクリと一度頷く。
「αの皆木さんと、Ωの楠本さんは番同士だとお聞きしました。これからきっと将来を共にするかと思います。
楠本さん、落ち着いて聞いてくださいね。」
「……はい。」
ドクン、ドクン、と心臓が鳴る。
波打つ。
他の音が聞こえなくなるくらいに。
「貴方には確かにΩの血が流れていますが、身体自体はαのままです。」
「……え、……?」
「なので、貴方は妊娠することが出来ません。」
その言葉に、胸が締め付けられる。
俺は片手で腹を強く握りしめた。
妊娠できないという事は、皆木との間に子供はできないという事だ。
例えいつか 皆木がそれを望んでも。
「貴方が過去のレイプ等の中で、避妊剤や避妊具無しでの行為の後も妊娠することがなかったのは恐らくこれが大きいのではないかと思います。
……皆木さんに、性が変わった事は?」
「知ってます。…言って、無いけど。」
「その経緯は説明してますか?」
「………してません。」
医者は優しい口調で、それでも淡々と話を進めた。
胸が苦しい。
Ωなのに Ωである事を全うできない。
皆木と番である理由がなくなってしまう。
俺といると皆木は、αである意味がない。
「貴方が妊娠できない事、また、Ωになった経緯。ちゃんと貴方の口から説明してあげてください。
その覚悟があること。それが、番です。」
「……わかりました。」
俺はそれ以上何も言えなかった。
空っぽのお腹を抑えて、そのまま立ち上がる。
先生に向けて一度頭を下げ、診察室を後にした。
わかっていた。
いつか、言わなきゃならないこと。
いつか、ボロが出ること。
それでも 未完成の何にもなりきれない自分が醜くて仕方なかった。
ともだちにシェアしよう!