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白いベッドの中で眠る、皐月をじっと見つめた。 月明かりがぼうっと顔を映し出しそれがどこかおとぎ話の中のように見えた。 病室で眠る皐月を見るのはこれが最後になればいいなとそう願う。 俺は、少し離れたところに置かれたソファに座ったまま窓の外を見た。 昔。 まだ俺が中学生だった頃。 真夏の夜、奏斗と家を抜け出して蛍を見に行ったことがあった。 その日だけは自由だから迎えに来てと奏斗が提案したからだ。 二人で初めて見た蛍は、思っていたよりもしょぼくて。 だだっ広い湖の前で俺達は顔を見合わせて笑った。 「なんだ、こんなもんか。」 「それでも綺麗だよ。初めて見たから。」 「光ってるから綺麗だけど近くで見たらゴキブリみたいなもんだぞ?」 「やめてよ。ボク、無視は苦手なんだからさ。」 なんて話をして。 しょっぱい、チラホラとしかいない蛍の代わりに月だけは綺麗だった。 満月の月が湖の真ん中を照らして俺たちはその明かりだけを見つめた。 髪を下ろした奏斗と、その瞳に映る月明かりを俺は蛍よりも綺麗だと思った。 蒸し暑い、真夏の夜。 「……もう、奏斗は……覚えてないか。」 ポツリと呟く。 何もかも、忘れてしまったのか。 病院を出ればもう奏斗と話す事は出来ないだろう。 そうすればずっと思い出されないまま俺は思い出ごと消える。 無かった事にするにはデカすぎる記憶だ。 俺は立ち上がり、一度皐月を見下ろした。 ぐっすりと眠ったまま起きそうにはない。 「すぐ、戻る。」 見舞いには遅すぎる時間。 花も持たずに、親友の病室へと向かう。 約束もない、呼ばれてもいない、あの部屋へ。 * 時刻は深夜一時過ぎ。 奏斗はもう寝てるだろう。 寝顔を見るだけ、とゆっくりと病室の戸を開く。 眠る奏斗に会いに来たつもりだった。 のに。 「………誰?」 ベッドに腰掛けたまま、窓の外を見上げる後ろ姿。 長い髪が月の光に照らされる。 キラキラと光る色はあの日、蛍と一緒に輝いていた髪と同じだった。 「え、幽霊じゃないよね。」 ハッとする。 あぁ、話しかけられていたんだった。 自分で来ておきながら、これは少しまずい状態だとようやく気付く。 アクションを取るのは良くないと分かっていたのにもしこうして出会ってしまった時の事を考えていなかった。 奏斗は半分だけ首をこっちへ向けると、クスリと一度笑った。 「わかった、皆木さんだ。ボクに会いに来る人は少ししかいないからわかるよ。」 「ねぇ。お話しよう。眠れないんだ。」 そうは言われても声を出すのはあまり良くない。 また壁でもコツこうか、と手を伸ばしたが音を出すより先に奏斗はベッドの背中側をポフポフと叩いた。 それから引き出しに手を伸ばすと紙とペンを机の上に置く。 「来て。」 仕方なく背中合わせに座る。 奏斗は俺へ体重をかけると大きく息を吐いた。 ゴツゴツと骨が俺の背中へ当たる。 奏斗は俺が思っているより痩せているらしい。 「骨にヒビが入ってて。体重支えるの辛いんだ。背もたれにしてもいい?」 俺は机に爪を立てて、一度音を鳴らす。 すると背中越しにクスクスと笑い声が聞こえて「ありがとう」と言った。 くすぐったい。 こんな事したこと無かった。 それに、今の奏斗は俺の知っている奏斗とは少し違う。 どこか 弱い様に見えた。 「皆木さんはどうして声を聞かせてくれないの?もしかして声が出ないとか?」 俺はペンに手を伸ばす。 どう答えるか悩んだ末に、正直に理由を文字にした。 『声を聞かせれば、キオクを無理やり思い出させるかもしれないから。声は出る。』 「そっか。確かに、きっかけになるかもね。キミとボクはどういう関係だったの?」 『友達。』 「ボク、友達いたんだ…。」 『違う。』 「……嘘つき。」 明らかに奏斗の声が萎む。 少し面白い。 俺は、友達という文字に二本線を引きすぐ下に 『親友』 と書いた。 奏斗は暫く黙っていたが、すぐに消えそうな声を出す。 「………本当に、…?」 思っていた反応じゃない。 想像は、「やったー!嬉しいなぁ!」とか、そんなのだった。 俺は何故か胸が痛む。 そう言えば俺達は当たり前のようにお互いを親友だと言ってきたが、互い以外に友達すらいなかった。 一人も友達がいないと思っていた所に、突然親友を名乗る男が出てきたらこの反応になるかもしれない。 『本当に。』 「そっか。ごめんね、忘れちゃって。」 『謝らなくていい。』 「謝るよ。ボクなんかの親友でいてくれた人を、忘れるなんてさ。…ついでに昔の自分にも謝りたい。」 『昔の自分に?』 「うん。だって、友達もいないボクにとってきっとキミは大切な親友だよ。そんな子を未来のボクは忘れちゃってるんだからさ。」 奏斗は落ち込むようにうなだれた。 こんな反応をするのか、こんな感情があるのかと俺は気持ちが追いつかなかった。 楽観的なやつだと思っていた。 時々、真面目になったり怒ったり。 それは俺の為であっていつも最後は笑っていた。 こんな風に落ち込む姿は見たことが無かったんだ。 『また、親友になればいい。』 「……ううん。やめとく。キミは、ボクの記憶を刺激しないように声すら聞かせられないんでしょ?ボクはきっと寂しくて親友にはなれないよ。」 『声を聞かせれば、親友になれるか?』 「さぁ。親友って…そんなの、なりたくてなれるものじゃないでしょ?」 その声に俺は納得した。 ペンを握ったまま、次の言葉は出てこない。 俺達はどうやって親友になったんだろうか。 幼い頃から二人きりで生きてきたから? それとも生きていきたいと思えたから? それを今から修復するのは難しいだろう。 きっと、同じ道は辿れない。 「ある人が言ってたよ。ボクにとって、キミは唯一だったって。皆木さんにとってボクはどうだった?」 紙の上に、言葉にならない点が3つ並ぶ。 唯一だったのか。 わからなかった。 「……ありがと。その答えでよかった!」 そう言って奏斗は声を上げて笑った。 振り向くと、月の光と口を開けて笑う影が合わさってどこか不気味にも見える。 でも、それがとてつもなく綺麗で。 俺は弁明も出来ずにただ、見とれていた。

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