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再生

久々に乗る車は、いつもより優しい運転で走る。 斜め後ろから見る皆木はなんだか違う人みたいに見えて俺は自分から口を開けなかった。 「大人しいな。」 「……いや。」 「なんか曲でもかけるか。」 目線を下げないまま、皆木の手が伸びる。 ボタンを二度押すと聞きなれない曲のイントロが流れた。 俺はそんな姿をぼーっと見ながら知らない曲の歌詞をなぞる。 バラードのそれは冬にはあまり似合わない曲だった。 「知ってるか?」 「知らない。」 「少し前の曲だからな。皐月はどんな曲が好きなんだ?」 「あんまり聞かない。有名なのは知ってるけど、詳しくは無いかも。」 「へぇ。俺もそんなに沢山は知らないな。車で聞くくらいだ。後はクラシックとかの方が聞くな。」 「…面白い?」 「歌詞がない方がいい時もあるだろ。」 それは確かに。 勉強する時とか、作業をする時は歌詞がない方が集中できる。 いつも無音でやってたけれど図書館のオルゴールは嫌いじゃなかった。 そんな会話をしながら考え無しに言うつもりじゃなかった言葉が口から出る。 「俺、勉強したいよ。」 皆木は何も答えなかった。 暫く走った後、車が赤信号で止まる。 皆木はいつもと変わらない口調で言った 「医者になりたいからか?」 「多分。もっと知りたい事があって、学びたい事がある。…理解出来なくても追いつきたい。」 「…皐月。俺が決められる事じゃない。何度も悩んだんだ。お前を、家に閉じ込めてしまった方が良かったんじゃないかって。 そうすればレイプもいじめも無く、攫われることもなく。今だって平穏に暮らせてたかもしれないって。」 車が走り出す。 流れる景色を見ながら、俺はどう答えればいいのかわからなかった。 俺が何か怪我をする度に皆木を苦しめるなら俺はきっともう外に出ない方がいい。 近くにいて、それで生きていた方がいい。 でもそれじゃ人形みたいだ。 何も未来がないみたい。 「お前が学校で今まで通りに学びたいって言うなら、俺はどんな手を使ってでもお前に再試を受けさせてこのまま進級できるように手を貸す。でも、それはきっと楽じゃない。 お前が追いつけていない勉強をして知識をつけて、9教科全てを短時間で学ばないとならないだろ。それに、二学期から学校に行けたって環境は良くない。 俺が守ってやれる保証はできないんだ。」 「……わかってる。」 学校に行くのが難しい事。 今の俺は、それよりも乗り越える壁がある事。 これだけ迷惑をかけていて、それ以上に勉強をしたいなんてそんなの欲張りだ。 それじゃ俺はどうやって生きていけばいいんだろう。 生きがいが見つからない。 「なぁ、皐月。違う場所でやり直せばいい。一年二年遅れても死ぬわけじゃない。…高卒認定を取れば別の大学に行ける。Ωにとっての環境が整った所だってある。」 「……え?」 「Ωが医者になれないなんて事は無い。むしろ、同じΩが頼りやすいって意見だってある。お前は優しい。きっと、誰かを救える。」 皆木は振り向かずにそう言った。 真っ直ぐに、進む先だけを見て。 俺はぎゅっと服を握って頷いた。 きっと見えていないけど。 俺の事を、こんなに考えていてくれる人がいるなんて知らなかった。 「だから、お前の未来を決めるためにちゃんと家族と話そう。もう一人じゃないって言っただろ。思ってる事や悩んでる事はなんだってぶちまけていい。 死ぬ気で一緒に悩む。その代わり、一人で抱え込んで倒れるなんてやめてくれよ。」 「……ん、…ほんとに、ありがと。 」 「あぁ。一緒に生きていくんだろ。」 地下の駐車場へと、車が入っていく。 傾く車内で俺は俯いたまま何度も頷いた。 優しい言葉だった。 今なら何だって出来る気がしたんだ。 一人じゃない、誰かと生きていく。 その言葉が魔法みたいだった。 それと同時に隠してきた事をいつ打ち明ければいいのかと、そんな思いが上がる。 ここまで愛してくれる人に。 本当に、嫌われないかと。 「着いたぞ。早く帰ろう。」 「……ん。」 伸ばされた手を握る。 この手を離されるのが怖くて、隠してきた。 俺が 俺じゃないかもしれない そんな秘密。

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