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鞄を片手に門を見上げる。
自宅のはずの門の奥の建物へなかなか踏み出せない。
とても歓迎されるとは思えないからだ。
とはいえ、帰らずにずっとここに立っているわけにもいかない。
出来れば誰にも会いませんように。
そう願いを込めてゆっくりと門を開き扉へ手をかける。
が、俺が扉を引くより前に勝手にそれは開いた。
「…父さん。」
その姿を見上げると、その人は俺を見るなり嫌そうな顔をして頭を鷲掴みにしたかと思うと家の中へ強引に投げ捨てられる。
バランスを崩したまま玄関へ崩れ落ちてしまう。
…こうなるって分かってたから帰りたくなかったんだ。
「あぁ、臭い。」
「え…?」
「Ωの匂いがプンプンする。お前みたいなのがこの家にいるってバレたらどうなるだろうな。…あぁ、考えただけで吐き気がする。」
「…すみません。」
「この役立たずが。」
それだけ言い捨てられると父親は家を出て言った。
腕に抱えていた白衣がヒラヒラと風に靡くのがドアの隙間から見えた。
俺はすっ飛んでいった鞄を拾い上げ服についたホコリを払い何事も無かったかのように立ち上がった。
日常茶飯事だ、今更傷ついてグズグズ言うことでもない。
何もかも俺が悪かったんだから父親が怒るのも仕方が無い。
気にせず部屋へ戻ろうと階段へ目を向けると片手にマグカップを持った兄の姿が見えた。
「ただいま。」
「おかえり。面倒だからあんまり父さん怒らすなよ。」
「…俺だって怒らせたくて怒らせてるわけじゃない。」
「理由とかどうでもいいけど。」
兄は嫌そうな目で俺をチラリと見るとそれ以上言わずにリビングの方へ向かって行ってしまった。
この小さな家の中で俺の居場所は無いと言った方が正しい。
何故ならこの家に暮らす父と二人の兄はそれはそれは優秀なαだからだ。
俺一人、残念なΩなんだから嫌な顔をされるのは仕方ない。
昔は……昔は、そんなこと。
無かったんだけど。
部屋へ戻り鞄を置き、椅子に座ったところでようやく一息をつく。
今日はまだ半分も残っているのに妙に長く感じる。
落ち着いてきたところでまたドクドクと早まってくる鼓動に思わず胸を抑えた。
また、くる。
慌てて引き出しを開き薬箱を手に取るがもう中には薬なんて1錠も入っていなかった。
空の薬箱を見つめている間もどんどん体は追い詰められていく。
薬が無ければこの状況は治まらない。
薬、薬さえあれば。
ここに無い物を求めたってどうすることも出来ない。
徐々に上がっていく呼吸を飲み込むように出来るだけ体を刺激しないようにベッドを潜り込む。
目を閉じて1から順に数字を数えていく。
こうしていれば1000が来る頃にはいつも眠れるから。
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