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「っ、やめろ…!」 髪を教えつける手を両手で握り離そうとするが、力の入らない身体じゃ俺よりガタイのいい兄を離すことが出来ない。 キッと睨みつけても痛くも痒くもなさそうに兄は俺の頬を撫でた。 「辛いんだろ?楽にしてやるよ。」 「いるか…、っ離せ、気持ち悪い…」 「はぁ?発情期ってそのためにあるんじゃないのか。」 「…違う、っこんなのレイプ、だろ…!」 「黙れよ、キーキー煩い。」 兄の手が振り上げられ俺の頬へめり込む。 ねじ込むような痛みに声を失い怖い顔で見下ろすのを見上げた。 反射的に涙が溢れてくる。 「お前がΩなのが悪いんだろ。生きてる価値、こんくらいしか無いんだからせめて尻くらい出せよ。」 「…嫌、……っ、嫌だ……」 「臭いんだよお前。世間ではフェロモンとか言って聞こえよくしてるけどな、体臭と変わんないからそれ。」 兄は真っ直ぐに俺を見下ろして低い声で淡々とそう言った。 * 「もういいから。」 どれ位経ったか。 そう言われて引っ張り出されるように廊下へ放り投げられる。 気持ち悪い。 身体中ベトベトして吐き気がしてくる。 あちこちが痛い。 身体の奥から何かがドロドロと溢れてくるような気がする。 「ぅ"、……」 こんなになっても、まだ発情し続ける体が憎い。 廊下の冷たい床に頬をつけ廊下の先をぼーっと眺めていた。 喉が枯れて呼吸も痛い。 このままここで眠りたい。 初めての行為がレイプで近親相姦で相手が兄だなんて事すら全て夢に沈めてしまいたい。 そう考えていると下からトントンと足音が聞こえてきた。 だんだん近づいてくるその足音は階段を上がり、そしてすぐ目の前で止まった。 歪んだ視界の先に父親の姿が映る。 「そんな所で何してる。」 「……父さん、…薬、ください。俺が臭いなら、その匂いを…消せるから。薬を…っ、くださ…」 「お前が飲む薬は一錠もない。」 「それなら、っせめて学校を休ませて、…!」 「ただでさえ頭の悪いお前が休む?笑わせるな。せめて迷惑をかけずに生きろ。ゴミクズ以下が。」 父親はそれだけ言うと俺をまるで汚物でも見るような目で見下ろし去っていってしまう。 確かに俺を育ててくれた父親にどうしてここまで嫌われてしまったのだろう。 優しかった兄は何故俺を嫌うんだろう。 何故 そんなの何もかも分かりきっている。 俺が Ω としてここにいるからだ。 俺だって Ωになんてなりたくなかった。 Ωとして生きたくなんてなかったんだ。 壁によりかかり目を閉じた。 もう 涙も枯れて出ない。 何も望まずに生きていこう。

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