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軋んで、痛む。

 『……でも、俺は知りたい。言ったろ?親友じゃん。何でも話せよ。』  そう、言われた。  でも、俺はあいつを親友とは思っていない。まぁ、半分は思っているけれど。  俺はあいつに、疚しい感情を抱いている。多分、バスで話しかけられた日から、ずっと。  ダメだ。考えるな。消えろ。消えてくれ。  そう思っても、この感情は中々消えないものだ。あんなに後悔したのに。無理を言って、引越しまでさせたのに。  でも、本人に言うつもりは一生ない。気付かれる事も、あってはならない。  だから僕は、彼の【良き親友】でいなければならない。  ***  翌日、春哉はバスに乗っていた。  「おはよう、春哉。」  「おはよう、龍司。」  いつも通りだ。同じ制服の生徒達がまばらにいて、春哉は2人座れる席に鞄を窓側に置いて本を持って座ってる。そういえば、あの部屋に本棚無かったな。心ちゃんの部屋にでもあるのかな。  春哉が鞄をどかして、窓際にずれて席を開けてくれた。俺は空いた場所に座る。顔色、良さそうだ。  「龍司、人の顔じっと見ないで。」  本から視線を外さず、ゆっくりと言った。思わず変な声が出そうになったけど、ぐっと堪える。  「っ……ごめん。」  静かな車内――ってわけでもないけど、何だか嫌にハッキリと隣りで本をめくる音が聞えてくる。それに合わせて、また俺の中の何かがぎしりと軋んだ。  ***  学校に着いて、教室に入ると、いつもの面子がわらわらと春哉に寄ってくる。俺は自分の席に行く。廊下側だしね。その光景を、自分の席から眺める。  ちかちか、キラキラ。  昨日の帰りから、あいつの姿が一際目立って見える気がする。リュックを下ろして、ごしごしと目を擦って、俺は自分の席で溜息を吐いた。  朝のHRが終わって、春哉が先生に近寄って何かを渡した。多分、三者面談の紙だ。それから先生と少し話して、春哉はそのまま廊下へと出た。  あ、1時間目なんだっけ。  「なぁ、1時間目何だっけ?」  後ろの友人に聞けば、げんなりとした顔で「数学。」と教科書を見せてきた。うへぇ、朝っぱらから。教科書取りに行かないと。  廊下に出て、自分のロッカーに行く。まぁ、いるよね。春哉が。  「昨日は、ありがとう。」  ちかちか、キラキラ。目の前が眩しい。  「え?あぁ、昨日も言ってたじゃん。」  「そうだけど、違う事。」  くすりと笑って、教科書を持って、教室に行ってしまった。違う事。心ちゃんの事だろうか。やっぱり、あまり口にしたくないのか。学校で。どっちにしろ、もうお礼とか良いのに。  教室に入る春哉をロッカーの扉からこっそり見ていたら、「龍君。」と声を掛けられた。  「はいはい?」  見れば同じクラスの女子。春哉の前の席に座る、藤崎……さん。  「どした?」  「あ、のさぁ。お願いが、あるんだけど。」  黒のセミロング、白いカーディガン。そういえば、2年になって急に変わったな。雰囲気。  「うん、何かね。藤崎よ。」  俺が聞くと、ぱんっ。と手を合わせ、「委員長を引き止めて下さい!!」と勢いあるくせに割と小さい声で言った。  つうか、これ。あれか。またか。告白っすか、藤崎よ。  「わぉ、まじすか。」  すっげぇ嫌だ。何で嫌かと聞かれても困るけど、何か嫌だ。でも、断ったら断ったで面倒な事になりそうだな。  「まじっす。」  もじもじと、自分のカーディガンの袖口を弄る。女子だな。本当に雰囲気変わったな、1年で。前はもっと、さっぱりとした子だったのに。うん、ショートヘアだったな。  「……えっと、放課後で良いの?」  「……放課後の方が、良いかな?」  「昼休みは、いつも俺とかと飯食ってるじゃん。」  「そうだった、旧校舎で食べてるんだよね。」  よくご存知で。当たり前だけど。  「うん。」  「じゃぁ、放課後。教室で。」  「んー、何とかしてみる。」  俺がそう答えると、また手を合わせて「ありがとう!!何かあげるね!!」と言った。何かって、何だよ。とは言わなかった。いやぁ、ホント、何か嫌な気分だ。腹ん中がくそ重い。  ちかちかして、キラキラして、それにモヤモヤが追加して、気持ち悪い。  また溜息が出た。  ***  昼休みになって、いつもの様に旧校舎に向かう。その途中、春哉の隣りに立ってこっそりと話し掛けた。  「放課後、藤崎が教室で待ってるって。」  春哉は俺を見て、微笑んで、「そう。」とだけ答えた。  「……ちゃんと残れよ。」  そう言うと、視線が逸らされ「分かってるよ。」と言った。  「俺、付き添う?」  「いらないよ。」  軽く、突き放された気分。  「そっか……心ちゃん、大丈夫?帰り間に合う?」  1人お留守番は、可哀想だ。  「鍵と防犯ブザー持たせてるし、帰ったら外出しないように言ってるから。」  「あぁ、そうなんだ。」  春哉は俺に一瞬視線を向けてからすぐに外して、何歩か歩いてから「君、迎えに行く?」何て言われた。突き放された分が、戻った気がした。  「行ったほうが良い?」  「行ってくれたら、僕が安心する。」  前を向いたままそう言った。視線は少し前にいる友人達に向かってる。横顔は、いつも通りの微笑み。今のお迎えの話しが本気なのか分からない。  でも、これって頼られてる的な感じか?もしかして。嬉しいな、これ。変なところで喜ぶ自分が、気持ち悪いけど。  「じゃぁ、行く。」  俺が答えると、ちらりと見てすぐに前を向いて「そう。」と言った。  いつの間にやら旧校舎の前。靴のまま中に入って、階段を上がる。じいちゃんが気に入ってた、踊り場のステンドグラス。聖母マリア。太陽に照らされて、輝いている。  はっとした。  春哉のあの顔、悲しそうに微笑んだあの顔。これか。これだ。似てるっつうか、なんつうか。  「龍司ー?」  「あ、はいはい。」  声の方に向かって返事をすると、視界に春哉の微笑みが入った。他の奴等と一緒に、俺を見てる。俺は春哉をちらりと見て、ステンドグラスを見てから、階段を上った。  ***  『放課後、藤崎が教室で待ってるって。』  そう言った彼の顔が、自惚れても良いのだろうかと勘違いしそうになる顔だった。強いて言うなら、捨てられた子犬に似ていた。捨てた事はないし、飼った事もないけれど。そんな気分にはなった。  『……ちゃんと残れよ。』  そう言った顔も、自惚れてしまいそうになる顔だった。怒っている様な、悲しんでいる様な。  そして放課後、人がいなくなるまで図書室で暇を潰した。それから教室に行くと、藤崎さんがいた。白いカーディガンに、夕日の色が映って薄くオレンジに染まっている。  「……ごめんね、僕は藤崎さんをクラスメイトとしか思えない。」  「……そっか……あの、他の学校に彼女がいるって本当?」  「いや、単なる噂。」  「本当?」  「うん。」  本当。  「好きな子がいるっても、噂?」  「噂だね。」  嘘。  藤崎さんは、俯いてしまった。何となく気まずくて、「僕は、まだ今のままが良いんだ。」と口にした。本心だ。  「このクラスで、淡々と、楽しく過ごしたい。だから、好きな人とかは、あまり考えない様にしてるんだ。」  嘘。ダメだと奥底に押し込んでも、目を合わせるたびにふつふつと湧く疚しい想い。消したくても、消せない感情を、俺は深く深く埋めている。  目の前の藤崎さんを見ていたら、にっこりと笑った。涙が、一粒。目じりから溢れて、零れて、落ちた。  俺はこの先、こんな綺麗な涙を流す事はないだろう。  「ごめんね。」  「大丈夫っ!!また、勉強教えてね。」  「……分かるところはね。」  「ありがとう。」  「うん。」  「じゃぁ、明日ね。」そう言って鞄を掴み、教室をばたばたと出て行ってしまった。  いつも、上手く断れただろうかと不安になる。敵は、あまり作りたくない。家に迷惑を掛けたくない。  「……はぁ……。」  ……疲れた。  ***  春哉に代わり、心ちゃんをお迎えに行く。場所は知っている所だったので、迷わずに行けた。春哉の家から少し離れている。春哉が帰る頃と同じ位にはならないだろうな。  つうか、高校生が小学校の前でぼけっとしてるって、ちょっと不審者臭いな。仕方ないけど。  「リュウジ君?」  「あ、心ちゃん。おかえりー。」  「ただいま!!」  呼びかけられ、携帯を見る視界に小さな足とジーンズが見えたから、視線を携帯から上げれば心ちゃんが俺を見上げていた。遊んでいたのか、ほっぺが少し赤く汗がうっすら浮かんでいる。横から、心ちゃんの友達だろうか心ちゃんは俺の説明をしては「バイバイ。」と手を振ってる。  俺はしゃがんで、心ちゃんと目線を合わせる。  「春にぃは?」  「ちょっと、学校で用事が出来たから、心ちゃんとお留守番して欲しいって頼まれたの。」  「ふぅん……そっか……。」  しゅんとしてしまった。春哉が好きなんだろうな。  「俺じゃダメだった?」  「ちがうよ!!うれしいよ!!すぐに会えたんだもん!!」  ふるふると顔を横に振って、ぴょんぴょん跳ねながら言った。俺の目の前に天使がいるよ。笑顔が可愛いね。春哉とは違う、太陽みたいな笑顔だ。こりゃ、犯罪に巻き込まれないか心配になるわ。  「へへ、そっかぁ。じゃぁ、帰ろうか。」  「うん!!」  俺は心ちゃんが元気良く頷いたのを見て、立ち上がり歩き出す。くっと、カーディガンの裾を掴まれ、気が付いた。「ごめんね、はい。」と手を差し出すと、ぎゅっと俺の手を握った。にっこり笑って、心ちゃんが俺の手を引っ張る。温かくて、ちっちゃい手だ。歩幅も狭い。俺の1歩で、心ちゃんの2・3歩位。その歩幅に歩いて、心ちゃんが俺の手をぶんぶん振っているのを見て、何となく春哉の事を考えた。  心ちゃんと歩く春哉。2人の背中。  寄り添う様な、2人。  こうして、歩幅を合わせてゆっくりと。大事に、大事に歩いているんだろうか。あの小さな部屋で、2人で宿題したりしてお兄さんを待ってるんだろうか。  心ちゃんが生まれる前は、どうしていたんだ?一人ぼっちで、あの部屋にいたのか?親が、いたのか?でも、あの感じ、もっと前に親はいなくなってる気がする。  「……リュウジ君?」  「へ、あ、ごめんね。ぼーっとしてた。」  「んーん、大丈夫。」  いつの間にか足を止めていた様で、心配そうに心ちゃんが俺を見上げている。今、この子に聞いたらきっと春哉は怒るんだろうな……。いや、絶対怒るな。  「ホント?」  「ホントーだよー!!」  心配そうに見上げる心ちゃんを、力一杯持ち上げる。ランドセルがあるから、少し重かったけど割りといけた。ぐっと持ち上げ、すぐにすとんと下ろす。はしゃぐ心ちゃんに癒された。春哉自身の事は、聞いても大丈夫だろうか。それ位なら、許してくれるだろう。  「はい、おしまい。」  「えー!!」  「俺の腕もげちゃうよ。」  「それは、たいへんだ……。」  わなわなとしてる。  「でしょ?俺も困っちゃう。だから、おしまい。はい、手ぇ繋ご。」  「うん!!」  もう1度手を繋いで、歩き出す。  「心ちゃんってさぁ、春哉好きだよね。」  「うん!!お父さんも好き!!2人とも、かっこいいし、やさしいの!!」  にっこりと笑ってる。好きなんだなぁ、本当に。  「春哉は、確かにそうだね。」  あまり深く聞かない様に、心ちゃんが話すままに、俺は耳を傾ける。「春にぃはね。」そう頭に付けて、春哉の事を歩きながら話す。多分、一緒にいる時間が長いんだろう。どんどん出てくる。  「リュウジ君も、春にぃ好き?」  その質問に、「好きだよ。」と言えなかった。喉まで出掛かってるのに、何かがまた軋んで、ちかちかして、キラキラして、「うん。勿論。」としか言えなかった。  頭で考えるなら、「好きだ。」と言えるのに。口にしようとすると、突然軋む。  隣りで笑いながら俺の手をぶんぶん振って、それを俺は見ながら歩幅を合わせて歩く。そういえば、もうすぐテストだ。  のんびり歩きすぎたのか、春哉の家に着く頃には道がオレンジになっていた。  ***  夕暮れを、バスの中から眺める。  あの後、少し落ち着きたくて自分の席に座って本を読んでいた。気が付けば橙が濃くなっていて向こう側から濃紺が侵食し始めているのが見えた。  俺は、1度深呼吸をしてから教室を出て、部活に励む生徒の声を聞きながら学校を後にした。  傾きかけた夕日に、もう2人は家にいるんだろうかと考える。大人しくは、しているだろう。  兄は夜間の定時制の学生でもある。今頃、職場近くの学校に到着してる頃だろうか。  夕飯、何にしようか。  バスが、1つ前の停車場のアナウンスをした。  ***  少し暗くなったかな、位に春哉が帰ってきた。  「お帰り。」  「お帰りなさい!!」  「……ただいま。」  さりげなく携帯で時間を確認したら、6時17分。結構時間掛かったんだな。  俺はアイスを食べた場所で、心ちゃんとテレビを見ている。最近の夕方アニメ、面白いんだよね。  「龍司、夕飯はどうするの?」  「え?帰るよ。お前帰ったし。家に連絡してないし。」  「そう。それ、観て帰る?」  「うん。あと、ちょっとだから。」  俺が頷くと、春哉は鞄を隅に置いてジャケットをハンガーに掛けて、台所へと行ってしまった。ちらちらと視線で追うと、お茶のペットボトルを冷蔵庫から出していた。断るタイミングが分からないまま、俺はテレビに意識を戻した。  「心、近いよ。」  「あ、ごめんなさい。」  食い入るように観ていたようで、俺よりも前にいた。俺も夢中だった。ずるずると後ろに下がって、俺の隣りに納まる。テーブルには、3人分のお茶。  「さんきゅ。」  「うん。」  お茶を一口飲みながら、3人でテレビを観る。あと10分位かな。  「龍司。」  「んー?」  「ありがとう。」  「まぁ、俺がお願いされたからねー。お互い様って事で。」  「うん。」  何となく、疲れた様な声に聞えた。なるべく顔を見ない様にするのが春哉の為かと思い、テレビを観ながら返事をした。  その後アニメが終わるまで、3人揃って無言だった。  ***  昨日と同じ様に、心ちゃんと春哉に見送られてバスに乗り込む。春哉の表情は、街頭に照らされる角度が悪くてあまり分からない。心ちゃんと手を繋ぐ手は、はっきりと見えるのに。  ふと、さっき考えていた事を思い出した。  心ちゃんが生まれる前の春哉。両親がいないと、春哉は言った。いつから、いないんだろう。もし、心ちゃんと同じ位の時だったら……。  「淋しすぎるな……。」  俺だったら、多分耐え切れない。一人ぼっちで、暗い家で、兄を待つ。想像しただけで、体がぶるりと震えた。怖いな、結構。  そうやって春哉の事を考える隙があると、無性に泣きたくなる時がある。特に、あの悲しそうな良く分からない微笑みを思い出すとダメだ。かと言って、中々消えてくれなくて困る。  そして、また俺の中の何かが軋んで、痛んだ。  ***  心とお風呂に入って、宿題をして、俺の兄でもある父親を待ち、船を漕ぎ始めた心を寝かしつけたのが9時半頃。そして、今は10時。そろそろ兄の夏生が帰る頃。俺は兄の分の夕飯の仕度しようと、テレビを消して立ち上がった。それと同時に玄関の扉が開いて、不機嫌な兄が姿を見せた。何と言うか、兄は不機嫌になると無口になり「ただいま。」すら言わない。理由は大体、娘である心の事だけど。  そんな兄を無視して台所へと向かい、俺も無言で仕度を始める。  「おい、聞けよ。」  「その前に言う事あるだろ?」  「……ただいま。」  靴を脱ぎ、室内に入りながら言う。ぶすっとした表情だ。  「おかえり。で、何?」  「心に……心に彼氏が出来たのか?」  何を馬鹿な。我が兄であり、親代わりであり、大黒柱である、そんな兄に対して言う言葉ではないだろうが、言わせて貰おう。  「馬鹿か、夏生。」  上田夏生。兄の名前だ。  「……だぁってさぁ!!これ見ろよ!!これ!!」  心が眠っているのを知っているから、小声で迫ってくる。携帯の画面を俺の顔に押し付けるように。俺は「近い。」と言いながら兄の腕を掴み、顔から距離を取り画面を見る。そこには、俺の携帯から心が送った文章。龍司の事が書いてあった。  「な?彼氏だよな?彼氏!!俺の娘に手を出した!!」  何か、面倒になってきた。  「もうさぁ、こいつの親でもぶん殴らないと気が済まねぇんだけど……。」  何と物騒な。俺の足元にしゃがみ込み膝を抱える26歳。定時制2年。俺がこいつを殴りたい。  俺は夏生の脛を軽く蹴り、「ねぇ、龍司は俺の友達だから。」と言った。ばっと立ち上がり、本当かどうかを聞いてくる。  「本当。」  「よし、呼べ。殴る。」  「……馬鹿かよ。昨日、見舞いに来た友達が、龍司だよ。」  「……彼氏じゃないのか?」  「違う。」  「……なんだ、怒って損した。」  頭に巻いたタオルを外しながら、大げさに溜息を吐く。荷物を肩に掛けたまま、冷蔵庫からビールを取り出す。そのままテーブルのある部屋に行き、荷物を床に、ビールをテーブルに置いた。  「飯。」  作業着の上着を脱ぎながら、俺に言う。  「今やってる。」  上着を脱いで、隣りの部屋の扉を開ける。心の寝顔を見るのが、日課。俺は台所に視線を戻した。  「……春。龍司って、どんな奴?」  ビール片手に俺の隣りに立つ夏生。邪魔で仕方ない。  「どんなって……。」  『親友だろ。』と言った時の、龍司の顔を思い出した。  「……良い奴、だよ。学校行くと、大体そいつといるし。仲は良いと思う。」  「ふぅん……。」  プルトップを開け、爽快な音が鳴る。  「レンジ。」  「んー。」  一気に飲み干そうとする兄に冷凍してあるご飯を渡し止めさせ、俺は味噌汁を温める。  「他は?」  「他?……人懐っこい犬みたい。勉強は、教えれば出来る。……よく、笑う奴。」  「……お前の好きな奴、そいつか。」  いつも俺の何を見ているのか、俺の隠している事は言い当ててしまう。  「……冷蔵庫のビール、全部捨てるぞ。」  「すいませんっしたぁ。」  兄は台所に腰と手を支えに寄り掛かり、俺をじっと見つめる。  「……お前、最近それで悩んでんの?」  「……は?」  「高校入って暫くしてから、何か悩んでるなぁとは思ってたけど。最近、酷いぞ。顔。」  「何言ってんの?」  「……別にさぁ、言わないって決めたんなら何にも言わないけど。俺には、吐き出して良いぞ。」  わしゃわしゃと、俺の髪を掻き混ぜる。大きく、俺とは違う武骨な手。  「……俺、どんな顔してる?」  「うーん……悲壮感漂う未亡人。」  「……どこでAV観てんの?」  心の教育に悪い。  「観てないよ。何だよ、上手い事例えられたのに。」  「俺、男。」  「知ってる。自慢の弟だからな。」  今度は頭をつかまれ揺らされる。そろそろ本気で邪魔だ。  「そりゃどーも。座って、味噌汁出来る。」  「おー。」  飲み終わったビールの缶を捨て、いつの間にやら温め終わっていたご飯を茶碗に移し、ラップをしておいたおかずを一緒に持って部屋へと行く兄。俺は味噌汁をよそい、新しいビールの缶を持って後に続いた。  俺だって、兄は自慢の兄だと思っている。  こうやって、話しを聞いてくれるのだから。  こうやって、ほんの少し泣けるのだから。

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