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今度は俺が、熱出した。

 春哉の家に初訪問して、1ヶ月半位。あいつからは、何も言ってくれないまま季節は梅雨に入ってしまった。  中間の結果は散々だから、言いたくない。まじで。母親に久し振りにガチ説教されるレベル。とだけ言っとく。教わったよ、春哉に。でも、寝ちゃったっていうね。  ……ゲームにはまると、やばいよね。赤点無かっただけましだと、俺は思うね。面談が怖いな。ホント。期末が終わればすぐに面談に入るんだよな……あと、年末にもう1度あって、3年になると夏前に1回増える。どんだけ好きなんだよ、面談。  行事については、小さい学校だから秋口に体育祭と文化祭を続けてやるんだよね。で、合唱際は文化祭3日目っつってやるんだ。だから、金曜から日曜までが文化祭。体育祭は、大体その前の週辺りになる。  修学旅行はまだ先。11月頃。だから、当分行事は何もなし。あるとしたら健康診断と、夏休み前の期末。……期末かぁ……地獄だな。  そんな雨の鬱陶しい時期で、後々が恐ろしい時期。今日は朝から雨だ。あー、ヤダヤダ。  ***  いつも通りの昼休み。いつもの面子で弁当を広げて、空にした後。面子の1人がぽつりと「……期末、だな。」と、これでもかって位悲壮感を漂わせて言いやがった。忘れたい単語を、この野郎。  「まだ一月あるから、頑張ろうよ。僕も、分かるところは教えられるからさ。」  「嗚呼……春哉様ぁ。」  出た。  「春哉様がご降臨なされたぞ!!」  「ありがたやー。」  去年も同じ事してた。で、こういう時春哉は「崇め奉ってくれるの?何かくれる?」なんて冗談を言うんだ。まぁ、どっちにしろ、教えてくれたお礼って言って、皆ジュースやらなんやら買って無理矢理渡すんだけどね。  それにしても、あの日の悲しげな微笑みは何処へやら。聖母マリアの様な慈愛と、何かに対しての悲しみを含んだあの微笑み。今は、不思議な位表に出さない。それが、俺と2人で帰るバスの中でもだ。  しかもさぁ、あれだよ?心ちゃん。  俺、最近たまにだけど心ちゃんの事迎えに、春哉と行くんだけどさぁ。あいつ、「心が会いたがってる。」って、わざわざラインで寄越してくんの。絶対学校で口にしないの。何なんだよ、まじで。って思っちゃうよね。ホント。かと言って、春哉の家の近く着くじゃん?俺、バス停でバイバイだよ?酷くない?お茶の一杯位。って思うけど、口にはしないよ。勿論。ずうずうしいって、自分でも思うからね。  いや、ホント。俺の存在意義な。謎過ぎるわ。  「――龍司!!」  「はいっ!?……はい?」  「どうした?お前が悩み?その脳みそで?」  「失礼な。俺だって、悩み位ありますぅ。」  「いつも、何も考えてないのに?」  「春哉が一番酷い。」  げらげら笑いが起きる。  まぁ、このまま何もないのが一番っちゃぁそうなんだけどさ。気になるよね、この感じ。春哉自身の事は、まぁ置いておくけど。俺の中で軋んで、痛む何かとか。春哉を見る度、目の前がちかちかキラキラしてる事とか。ホント、最近良く分かんない。俺自身の事なのに。  それにしても悔しい。最近、更に一緒にいる時間増えてるはずなのに。心ちゃんを迎えに行くのに。一切家の事を話さない。まぁ、無理矢理聞く事もしないんだけどね。そこまでズカズカ踏み込むタイプじゃないよ、俺。  でも、ぎしぎし言うのとか、キラキラすんのとか。痛いのとか。俺の中の何かは、日に日に勢いを増すって言うか、煩くなるって言うか。  ……疲れた。やめよう。気持ち悪くなりそうだ。つうか……すでに、気持ち悪い。  話しをする春哉達に気付かれないように、俺は半分残った弁当箱を片した。  ***  珍しい。  彼がお弁当を残した。そんな事に気付いた自分に、嫌気がさすが。  最近、彼は悩んでいる様だった。心此処に在らず。そんな事が、時々あった。気晴らしになればと、あと、心のお願いもあったので一緒に迎えに行くかと誘った事が何度かある。  ……俺のせいか?  そんな事、あってたまるか。自惚れるな自分。  家に上げる事を、避けていたのがいけないのだろうか?  だが、我が家は俺の全てが詰まっている。全て曝け出してしまいそうになるのを抑えるには、仕方ない事なのだ。  ……アホらしい。俺は何もしない。良い子の【僕】で、彼の親友の【僕】でいれば全てが収まるんだ。  深く、深く穴を掘って、全てを其処に埋めて……俺の汚い気持ちの代わりに、綺麗な花の種でも植えてやろうか。  ***  「……バカは風邪ひかないって、嘘ねぇ。そんなに高い熱ってわけじゃないみたいだけど。」  体温計を片手に、母親が俺を見る。すっげぇ、見下してるんですけど。  「……母ちゃん、酷いね。」  そう言うと母親は水を一杯俺に差し出してきた。ありがてぇ。  つうわけで、熱出た。絶対、知恵熱だ。  朝起きて、何かだるかった。ぐらつく頭のままアラームが鳴っていた携帯を握り締めて、リビングに行くと朝食が並んでて、俺がスウェットのままだったから母親が変な顔をした。父親は仕事。弟は、朝練。あいつ、バスケ部なの。そして『やだ、あんた遅刻するわよ。』って母親が言った。だから俺の今の状態を話したら体温計を渡されて、熱を測って、さっきの言葉。酷いと思わねぇ?  「……飯、いらない。」  「ヨーグルト位は食べなさい。」  台所に向いたまま、母親はそう言った。背中に目でもあんのかよ。俺はヨーグルトをつつきながら、春哉にラインをした。  【風邪って、バカはひかないそうだよ。】  どいつもこいつも。ぼーっとする頭のまま、苛立ちをラインの文章に乗っける。上手く感情が乗ったようで、【ごめんね。今度は逆になったね。ノートのコピー持って、お見舞い行ってあげるから許して。バニラアイスで良いかな?】と帰ってきた。……あのねぇ、上手く言えないんだけど、嬉しいのは確か。  「なにニヤニヤしてるの?気持ち悪い。それ食べて、もう1回寝てなさい。お母さん落ち着いたら、病院連れてくから。」  「うーい。」  ゆっくりと、時間を掛けてヨーグルトを食べた。多分、連絡は来ないだろう。春哉がいる、あの優しい微笑みを湛えながら、いつもの面子に連絡はしないよう穏やかに諭すんだ。そして皆、頷くんだ。確かにな。ってね。  「ごっそーさん。」  「じゃぁ、寝なさい。お母さんの仕度出来たら、起こすから。」  「んー。」  テーブルに置かれたコップと、ペットボトルに3分の1位残った水を持って自分の部屋へと引っ込んだ。水を飲んで、ベッドに入って、ぼんやりと天井を眺めていたら携帯が鳴った。【ごめんね。】から始まる文章には、俺の家の場所が分からないという事だった。そりゃそうだ。俺は住所やら、目印やら、思いつく道案内を送り返して、携帯を充電器に繋いで――。  ***  放課後。あの日龍司がしただろう事をする。いつものメンバーからノートを預かり、忘れないうちに学校近くのコンビニでコピー。丁寧に折畳み、ノートと一緒に鞄に入れる。家の近くにコンビニがあると返事が来たから、彼の要望はそこで済む。  ……心の迎え、行けないな。  俺は手に握っていた携帯で、兄の夏生が勤める職場の社長……の奥さんに電話を掛けた。  『春哉君?どうかしたの?』  穏やかな、子を心配する母親の様な声に、少しだけ眩暈を感じた。とてもお世話になっているんだけど、こうして電話越しだと声を意識してしまってダメだ。  「急にすいません。実は、友人が学校を休みまして。見舞いに行きたいんです。どれで、心のお迎えをお願いしたくて。」  『あら、そうなの?夏風邪には少し早いわねぇ、暑がりさんなのね。その子。良いわよ、行ってらっしゃい。』  「ありがとうございます。」  『私から夏生君に言っておくけど、春哉君も連絡入れておいてくれる?』  「勿論です。すいません、こんな事で。」  『やぁねぇ、気にしないの。気を付けて行くのよ?』  「はい、ありがとうございます。」  それから少し、最近はどうだと話しをして電話を切った。それからバスに乗り込み、夏生にラインを送った。  先程の、奥さんの声が残っている。曖昧な記憶の母の声、奥さんの声、反響して耳鳴りがする。  大丈夫、俺は何も思い出さない。  大丈夫、【俺】は【僕】は、何も思い出さない。  ***  病院から帰って眠っていたらしい。扉の向こうから聞える声で、目が覚めた。朝よりか、ましな気がする。ダルさは残ってるけど。  「龍司?友達来たわよ。」  母親の声の後、部屋の扉が開いた。顔を見せたのは母親と、その後ろから春哉が顔を見せた。  「どうぞ、入って。」  母ちゃん、俺の許可を取れよ。良いけど。  「はい。」  「「龍司、この子アイス買ってきてくれたわよ。」  ガサガサと鳴るビニール袋。受け取って中を見れば、バニラアイス。高い奴が1つと、プラスチックのスプーン。  「あー、ありがとなぁ。」  「うん。」  にっこりと笑い、頷いた。  「じゃぁ、お母さん買い物行くから。」  「はぁ?」  早速アイスのフタやらを取りながら、母親の声に反応を返した。まぁ、無視されたけど。  「ごめんなさいね、甘えちゃって。」  「お邪魔しているのは、僕ですから。気を付けて行ってきて下さい。」  「ありがとう。ったく、こんな良い子友達にいるなら連れて来なさいよね。」  母親は、春哉の手から鞄を奪い取りテーブルの傍に置いた。それから「適当に座ってくれて良いからね。」と言った。なんだ、今の猫撫で声は。  「……良いから行くなら行って来いよ。」  つうか、客に留守番を任せるのか。……春哉が、自分から留守番しますよー。とか言ったんだろうな、多分。  「はいはい。じゃ、春哉君。宜しくね?」  「はい、行ってらっしゃい。」  かー、母親の顔。デレデレしてやがる。俺に対する態度と180度違うんですけど。  手を春哉に振りながら、俺の部屋を出て行く母親。春哉は軽く頭を下げて、そんな母親を見送る。  「……そんなに、重症じゃなかったんだね。」  「まーな。」  少しだるいし、頭も軽くぼんやりとはしている。だけど、他は問題ない。医者も、軽いものだと言ってた。あと、ちゃんと寝ろって。  「これ、ノート。」  「あんがと。」  俺のベッド脇に座り、鞄からコピー用紙の束を取り出しテーブルに置いた。高いアイス、美味いな。  そういえば、心ちゃんはどうしたんだろう。それをそのまま口にすれば、知り合いに頼んだと返ってきた。知り合いって、誰だよ。女か?……何か、ムカつくな。お兄さん?は、仕事か。  「どうかした?」  「……いや。ほんのりぼやっとしてるだけ。」  バニラアイスでイライラを抑え付けながら答えたら、春哉はいつもの様に「そう。」と答えて微笑んだ。その後は、静かになってしまった。  ふと、初めて春哉が家に来たなと思った。いつも「用事があるから。」って、放課後遊びに行こうとするとそんなつれない返事ばかりだった。まぁ、心ちゃんのお迎えだったんだけど。  じっと春哉は俺を見つめている。あ、アイス無くなった。……つうか、水、飲みたい。アイスが何か、へばり付いてる感じする。  「水、飲む?」  顔に出ていたのだろうか。首を少し傾けて、そう聞いてきた。  「あー、うん。」  コポコポとコップに水を注いで、左手にコップを持って体ごとこちらを向いて差し出してきた。空いている右手で、俺の中にある空になったカップを取っていく。  「……ぼんやりしてる?」  「ちょっとな。」  「お母さん、帰ってくるまではいるから。」  「悪いな。」  「気にしないで。」  ふっと、春哉が微笑む。ちかちか、キラキラ。今日は一層、眩しく感じる。  「お昼の分、薬飲んだ?」  「飲んだ。次は、夜。」  「そう。」  すっと俺から視線を外す。気付けば持っていたコップが無くなっていた。代わりに、ことりとテーブルから音が聞えて、春哉の横顔が見えた。  さっきからの扱いが、子供相手みたいだな。何か、寂しい。  俺は、思わず蒲団を握り締めた。  「……寝る。」  「うん。」  崩れない微笑み。旧校舎。踊り場の聖母マリア。心ちゃん。心ちゃんを見る、春哉。ぐるぐる、ぐるぐる回って、万華鏡みてぇ――。  ***  龍司が眠ってしまった。それからやっと、失礼だろうけど彼の部屋を眺める。マンガや、ゲームの類。クローゼット、隅にある最低限のラックには冬物のコートや制服が掛かっている。  それにしても、勉強道具等は一切無いな。ロッカーの中、大変な事になるわけだ。  思わず笑みが零れ、咄嗟に口を手で覆った。龍司は寝息を立てている。  ベッドに左腕を置いて寄り掛かり、寝顔を眺める。にこやかに、太陽の様に笑ういつもの笑顔は今はない。居眠りしている所は何度か見たことがあるが、こうしてじっくり見る事は初めてだ。  ふと、テーブルにあったペットボトルの中身が無くなっていた事を思い出した。  元々、半分も無かったのだろう。だが、勝手に冷蔵を見るのは気が引ける。……後で、謝ろうか。  俺は龍司を起こさないよう、ゆっくりと立ち上がろうとした。だが、くっと、何かに引っ掛かった様に動けなくなった。見れば、龍司の指先が俺の指を一本、握っていたから。  俺とは違う、骨ばった手が、親指と人差し指が。俺の中指を摘んでいる。  愛おしい。  俺は頭を振り、ふっと零れた感情を掻き消す。外そうとその指先に触れようとしたが、指先から伝わる熱さに俺はその場に座りなおした。左腕を投げ出し、またベッドに寄り掛かる。暫くしたら、俺の指を握る龍司の指は2本から5本に変わる。そのまま蠢くそれを眺めていたら、手首にまで移動してきた。  何か、虫でも追いかけている夢でも見ているのか?  そんな予想をして、また笑いそうになった。  それにしても、重症じゃなくて良かった。俺の肌に伝わる熱は、人肌より少し熱い程度。あっても微熱くらいだろう。それが、俺を安心させた。  ホント、重症じゃなくて良かった。  心が小さい頃、夏生と一緒に駆けずり回った覚えがある。ぜぇぜぇと息をする小さな姪。あの時は本当に、不安しか無かった。  そんな事を考えながら、俺の手首を掴む龍司の手を見つめた。自分の心臓が、少しずつ動きを速めるのが分かる。俺は視線を外し、目頭を押さえ、別の事を考えようとしたが無理だった。そもそも、場所が悪い。  龍司の部屋。彼の持ち物、使っている物。緩やかな風に紛れて香る、彼の香り。  深く埋めた場所が盛り上がり、甘く苦くドロドロとした感情が溢れ出そうとしている。  龍司、前は知らないだろう?俺が……僕が君をどう思っているか。君を思って、お風呂場で何をしているのか。君は知らないでしょ?知らなくて、良い。知らないで欲しいな。  龍司。僕は、心に隠れて、夏生から隠れて、1人君を想いながら、君のその手に触れられる事を夢見ながら、この君に対する感情ごと吐き出して、排水溝に流されるのを1人ぼんやりと眺めているんだよ。  ほろり。と、涙が出た。  ***  「春哉君、ただいま……あら?あらあら。ふふっ。うちの子が、ごめんなさいね……。」  ***  ――天井。俺の部屋だ。薄暗いな。あと、頭スッキリしてる。これ、熱下がったんじゃね?慣れない事に頭使うもんじゃねぇな。つうか、俺。何か掴んでる?左手で、やんわりと。  顔ごと視線を左に向ける。腕だ。誰かの。そういやぁ、春哉が来たんだったな。少しだけ動いて、視線だけで腕を辿る。春哉が、寝てる。俺の左手は、春哉の左腕の手首を掴んでいる。掴むっつうか、こう、手の甲から被せるように掴んでる。……細い細いとは思ってたけど、まじでほっせぇな。おい。手首を掴んでいる手に力を入れたら、指先同士がくっつきそうだ。あと、肌が。やばい。女子かよ。  ……つうか、眠ってるとき掴んだのか?まじか。何してんの、俺。  俺は春哉を起こさないように、ゆっくりと春哉の腕から手を離して上半身を慎重に起こす。丁度、春哉の寝顔が見える角度。体を捻って、充電器に繋がる携帯で時間を見る。19時少し前。そりゃ薄暗いはずだわ。  それから春哉を見る。俺の方を向いて、左腕をベッドに投げ出して、寄り掛かって首を左腕に乗せている。いつも風に靡いてさらさらと流れる黒髪は、今はシャツから俺のベッドへ流れている。  ……うは、猫っ毛。  左手の指先で、流れている黒髪をそっと摘むんでさらさらと落とす。柔らかい。つうか、こいつの寝顔初めてだ。いつもの微笑みも、授業中の真面目さも、いつもの面子に向けるからかい混じりの笑顔も、何もない。穏やかな寝顔。本を読んでる時の様な、穏やかさだけ。  ふと、部屋が暗くなったのに気が付いた。また体を捻って、ベッド脇のランプを点ける。そのついでに、携帯で時間を見た。いつの間にやら19時はとっくに過ぎていた。  「……春哉。」  穏やかな寝顔に罪悪感が沸くが、そっと声を掛ける。起きない。  「春哉。」  いつも話す位の声。少し、身じろいだ。  「春哉。」  腕に手を被せ、揺する。ゆっくりと瞼が開いた。眉間にシワ。それから、きょろきょろと見回してから俺を見た。  「おはよう。」  俺はそう声を掛けた。  「龍司……ごめん、寝てたみたいで。」  「良いよ。時間、大丈夫か?」  「……何時?」  「7時。」  「そう……。」  ぐっと背を伸ばし、溜息。目頭を押さえて、立ち上がる。ランプの明かりが届く外に出てしまったから、表情は分からない。声からしたら、少し不機嫌っぽいけど。  「電気、どこ?」  「扉の傍。」  パチン。と電気が点いた。俺はランプを消した。  「スッキリした顔してる。」  「まじで?頭スッキリしたからかな。」  そんな言葉を交わしたら、ガチャリと扉が開いて母親が顔を覗かせた。  「……母ちゃん、ノックしろよ。」  「寝てるかと思ってたのよ。起きてたのね。」  「今起きた。」  「そ。春哉君、お夕飯食べて行くでしょ?」  母親の言葉に、春哉は申し訳無さそうな、困った様な微笑みを見せ「いえ、今日はこれで。」と答えた。  「あら……そう……残念ねぇ。あんたは、後でお粥だから。」  「さいですか。」  「……すいません、長居をしてしまって。」  「あら、良いのよ。留守番までさせちゃって、ごめんなさいね。」  「いえ、眠ってしまってすいません。」  そう話しながら、春哉は自分の鞄を持ち上げ肩に掛ける。  「じゃぁ、龍司。帰るね。」  「おー、ありがとな。気を付けて帰れよ。」  俺が手を振ると、春哉も手を振ってくれた。それから、母親と一緒に部屋を出て行った。  ***  「本当、長居をしてしまって……。」  「気にしないで。今度はお夕飯食べて行ってね。」  「はい、機会があれば。」  俺が答えながら靴を履いていると、龍司の母はじっと俺を見てから口を開いた。  「春哉君って、夏生君の弟君よね?」  「はい。」  何だ、急に。  「あ、あのね。保護者会とかで、たまに会うのよ。娘さん連れてるから、良く覚えてるの。」  「あぁ、お世話になってます。」  「こちらこそ。夏生君に宜しくね。トーコさんって言えば、分かると思うから。」  「はい。」  「あ、そうだ。ちょっと待っててね。」  帰り際。靴を履いたまま玄関で待つ。ひょっこりと顔を見せた龍司に似た誰かは、弟だろうか。俺は軽く頭を下げておいたが、すぐに隠れてしまった。  「ちょっと、挨拶した?」  「軽く。」  俺がな。  「ったく、今の次男の龍太。」  「龍司に少し、似てますね。」  「よく言われるわ。すぐ兄弟って分かるみたい。あ、はい。これ。」  陽気な笑顔と共に、紙袋を渡された。中をみると、タッパーが2つ。紙袋越しに、温かいのが分かる。煮物と、カレーか?今は匂いがしないから、フタをして温めている最中なんだろうか。  龍司の母は、これを今日のお礼と、龍司と仲良くしている事と、留守番のご褒美だと言った。  「皆で食べてね。」  龍司の母は、柔らかく微笑んだ。……この人は、家の事を知ってるのか。夏生から聞いたのだろうか。  「……はい。ありがとうございます。洗って返しますので。」  「あら、良いわよ。そのまま龍司に渡してくれて構わないから。」  「いえ、返しに来ます。兄が、怒りますから。」  「そう?ホント、良い子ねぇ。爪の垢煎じて、うちの兄弟に飲ませたいわ。」  げんなり。を大げさに表現する。明るい人だ。  「あはは、龍司は凄く良くしてくれてます。そんな兄がいるんだから、大丈夫ですよ。」  「まぁ、ありがとう。」  俺は「それじゃぁ。」と言いながら、玄関の扉のノブに手を掛け、開けた。  空に、少しだけ星が見えた。

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