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春哉の過去と、俺達。

 ……あんまい。シェイク、超、あんまい。スイカだよ。勿論。スイカだけど、超あんまい。  「あんまい……。」  俺が思わず口にすると、同じ物を頼んだ賢悟と辰彦も頷いていた。  「ちょっとは予想出来るだろ。」  なんて。クールな誠君。そのコーヒーにスイカ混ぜてやろうか、ちくしょう。  「仕方ないよ。期間限定って、手ぇ出しちゃうよね。」  春哉様、さすがです。  そんな感じでゆるっと勉強会は始まった。今日は数学。テスト初日にあるから。つうか、まじで分からんよな数学って。計算は出来るし、解けた時のスッキリ感は最高だけど。図形とか、グラフとか。はぁ?ってなる。  賑やかな店内でお互い教え……主に、誠と春哉が俺と賢悟と辰彦の世話してる。そうしていたら、いつの間にか1時間以上経っていた。糖分を……甘いぃ……。  ふと、視線を感じて辺りを見回した。俺と春哉の少し後ろ。カウンターの席。男が2人。私服。多分、商業施設目当ての電車組。  俺は視線を気にしながら、勉強をした。次は、ウーロン茶を飲むぞ。……の前に、便所行きてぇ……。  そう思って、春哉にどいてもらおうと口を開き掛けた時。  「はーるちゃん。」  からかう様な声に、俺達はそちらに視線を向けた。俺の視界で、春哉の肩が強張るのが分かった。  テーブルの傍に立っていたのは、さっき俺が見た2人組。1人は茶髪で、無愛想。もう1人は、黒髪でニヤニヤしている。  「何?春ちゃんのお友達?」  黒髪の方が、春哉を【春ちゃん。】と呼びながら言った。何なんだ、こいつは。  「……だったら、何?」  今度は、俺の肩が強張る番。でも、春哉の声が震えていた。  「別に?買い物行こうとして、見掛けたから声掛けただけ。何?友達に声掛けちゃいけないの?」  ……何だろう。ただただ腹が立つ。  「つうか、俺達がやってる事分かんねぇ?勉強してんだけど。」  そう言ったのは誠。それを聞きながら、俺と賢悟と辰彦でテーブルにあるコップのフタを全部開けた。ゴミを分けて、氷を1つのコップに纏める。あ、春哉、アイスティー残してる。……氷減らせるか聞き忘れてた。ごめんよ、春哉。  「いや、お前に話し掛けてねぇから。なぁ、春ちゃん。俺達と買い物行こうよ。」  そう言いながら、黒髪の方が春哉の体に触れようとした。咄嗟に、その手を掴もうと立ち上がろうとした。だけど、その腕を掴んだのは連れの茶髪だった。  「……前原?どうした?」  前原。そう呼ばれた茶髪は、じっと春哉を見ていた。春哉もその視線に答えているのか、頭の角度が何かを見上げている様に見える。  「春哉、お前、今の学校って――。」  「お前に、関係無いだろ……。」  おぉう、春哉怒ってるー。  前原の眉間にシワが寄った。黒髪の腕を掴んでいた手を離し、今度は春哉の方にその手が伸びてきた。  「すいませーん。ウチの子に触らないで下さーい。」  前原の腕を掴んで止めたのは、賢悟。  「お客さんみたいな奴に触られたら、汚れちゃうんでー。」  同じく掴んだのは、辰彦。  だけど、その言葉は無意味だったのか黒髪の方が、笑みを深くした。  「何言ってんの?こいつ、もう汚れてるじゃん。何?話してないの?」  ……やべぇ、俺の血管切れたわ。何だ、こいつ。  「おい、今何つった?」  「あ?別に?春ちゃんの方が汚れてるって、親切に教えてやったんだろ。」  何が悪いの?そんな顔でニヤついている。茶髪は相変わらず、春哉を見てる。まじで、何だこいつら。  俺は春哉の鞄と自分のリュックと春哉の腕を掴み、立ち上がる。向かい側の席の3人も、立ち上がる。ゴミは綺麗に纏められている。  「そんな親切いらねぇから。どっか行けよ。邪魔くせぇ。」  「んだと……。」  「失せろ、クズ共。って、言ってんだよ。」  すぱっと誠が言い放ちながら立ち上がり、1つのコップを黒髪の頭上で逆さまにしてぶっ掛けた。薄まった紅茶と、溶けかけた氷がそいつの頭を濡らしていく。  突然の事に立ち尽くす黒髪。  「退けよ。」  俺が言うと、茶髪は素直に道を開けた。視線は、春哉に向かったまま俺を見ない。  俺達は急いで店を出て、走り出した。少し走って、小道に入る。追っては、来ていない。  「何だ?追って、来ないな。」  「っつー。この辺、カラオケ、あったよね?」  「うん。多分、あれ。あの、2階。」  暑さですぐに皆息切れ。人気の少ないカラオケ店は、このすぐ傍。ぼろいけど、俺達高校生からしたら安さ重視だ。親切価格なんだよね。俺達はそのカラオケ店に上がるビルに入り、階段のガラス張りの部分から見下ろした。  「来ないな。」  「そもそも、あの茶髪が止めてるんじゃないの?」  そんな憶測が飛び交う中、俺は春哉の腕を離そうかと様子を見た。俯いたまま、動かない。前髪のせいで表情は分からないけど、離したらどっか行ってしまいそうだ。それに、緊張しているのか春哉の腕に力が入っている。俺は、少し力を入れて握り締めてから、ふっとすぐに力を抜いた。【ここにいる。】そう、伝えたかった。  俺の感情が伝わったのか、春哉の腕からも力が抜け、震えた。  「春哉。」そう呼ぼうとしたら、3人が階段の少し上から俺達を呼んだ。  ***  「はー……疲れたー……。」  「あちぃな。」  「何か、飲もうよ……。」  自然とカラオケ店に入店し、案内された部屋で一気に力が抜けた。つうか、内線近いの俺か。注文聞くのも面倒で、俺はウーロン茶を5つ頼んだ。  あまり人が入らない、こじんまりとした店。飲み物は、すぐに来た。  「春、大丈夫?」  賢悟が声を掛けるが、無反応。隣りにいる俺に、「どうにかしろ。」と視線を投げつけた。  「……春哉、お茶飲めよ。」  膝を抱えて座る春哉は、小さな子供の様に見えた。  肩に手を置くと、びくりとした。俺は気にせず、同じ事をもう1度言った。  「……いい。」  暗い。何か、暗いぞー。でも、負けないんだからねっ!!  「春哉。」  ちらっと、俺を見た。膝を抱えたまま手を出してきたので、ゆっくりとその手にコップを握らせた。  「……つうか、さっきの奴らは何だ?」  「知らなーい。」  「春哉の事、知ってたね。」  3人と俺は、じっと春哉を見た。春哉はゆっくりと足を床に下ろし、お茶を一口。それから溜息を1つ吐いて、口を開いた。  「さっきは、ごめん。」  「お前のせいじゃない。謝るな。」  誠が言い切った。俺は頷いた。  「春、あの2人は誰?」  賢悟の質問に、春哉はまた口を噤んでしまった。  「春哉、誰なの?」  辰彦の声。  春哉は1度深呼吸をして、もう1度口を開いた。  「……小学校から、中学の途中まで……僕をイジメてた、奴ら。」  シン――。と室内が静まり、俺達はお互いの顔を見た。こういう時の聞き役は、誠の役目。  「あー……イジメの理由、聞いて良いか?」  ゆっくりと、優しく、言い聞かせる様に言った誠。春哉は俯いたまま、頷いた。それからまた、少し間を開け春哉は言った。  「理由は――僕に、両親がいない事に対する……物珍しさ……。」  ひゅっと、誰かが息を飲んだ音がした。嫌に響く店内のBGM。俺は出来るだけ音を室内から排除した。  「……ごめん。それは、死んだって事で良いのか?」  誠の声。どこまでも、深く低く、優しい。  「……父親は、元々いない。気が付いたら、家には母親と兄しかいなかった。」  「兄……お兄さん、いるの?」  聞いたのは、辰彦。  「いる……来月、26になる。」  落ち着いてきたのか、春哉の言葉がはっきりしてきた。俺はもう1度飲み物を勧め、春哉は素直に飲んだ。  それを見た誠が、春哉に離し掛けた。  「なぁ……俺達、なんだかんだ1年一緒にいるわけだ。」  「飽きずにね。」  「そうだな。だから、何となくお前が秘密主義なのは分かってる。この際、俺達に話してスッキリしないか?」  そんな誠の言葉に、春哉は俯かせていた顔を上げた。いつもの微笑みは、暗く孤独な無感情になっていた。  「……聞いて、どうする。」  1度だけ聞いた、【俺】と言ったあの日の声。  「別に、変わらない。」  「変わるだろ?あいつらは、変わった。」  「さっきの2人か?お前、俺達とあいつらを同等に扱うのか?」  「同等とは言わない。だけど……あぁ、もう……。」  春哉は頭を抱えてしまった。  「この際だから。」俺は、誠の言葉に賛成だった。1年生の頃から、今の今も、俺たちはほぼ一緒にいた。あの2人よりも一緒にいた期間は短いだろうけど、俺達の方が春哉を知っている。優しい春哉を、知っている。  俺は、春哉から向かい側に座る3人に目を向け、その状態のまま春哉の肩に手を置いて「ごめん。」と言った。春哉の体がびくりと動いた。  「俺、知ってた。春哉に親がいない事も、兄ちゃんいる事も。その兄ちゃんに、娘がいるのも。」  俺は、春哉が休んだ時の事を話した。それから、この前夏生さんに会った事も話した。3人は、黙って聞いていてくれた。春哉は、俺を止めなかった。  「そっか、用事って家の事とかお迎えだったんだ。」  「……言ってくれれば、良いのに。」  「うん……心ちゃん、会ってみたいね。」  「ねー、龍司が天使って言うんだから、可愛いんだろうね。」  賢悟と辰彦の朗らかコンビが、場の空気を和ませてくれた。だけど、2人が盛り上がり掛けた時、誠が咳払いで制した。  「あ、ごめーん。」  「続きをどうぞ。」  「……春哉。俺たちはこんなもんだ。口外するどころか、首突っ込もうとしてるけどな。俺達、お前の事心配してんだよ。」  「だから、話してみろ。」誠はそう締めくくった。頭を抱えていた春哉は、両手で顔を覆ったままソファーの背もたれに頭を預けぽつりと呟いた。  「……どっから、話せば良いんだ?」  俺はすかさず「全部!!」と言った。顔を覆っている手をずらし、目が見えた。涙。ちかちか、キラキラ。纏う雰囲気が変わろうと、泣いていようと、落胆していようと困っていようと、俺のそれと軋みは変わらなかった。  「……バカじゃないの、お前。」  「バカだよ。何、今更。」  「なぁ?」と3人に目を向ければ、生温い視線。  「おい、その目やめろ。」  「必死な龍司が微笑ましいなって。」  「賢悟、お前後で覚えてろよ……。」  「……はぁ、何でこうなったんだろ。」  口調と、トーンが変わった。どことなく夏生さんのものに似てる気がした。  「長いよ、多分。」  「良いんじゃね?2時間取ったし、この店、夜に酔っ払いで埋まる位だから。」  「そうそう、いざとなればバイト民の誠がATMまでダッシュするから。」  「ケン、それは酷いよ。誠、俺も出すから。」  「頼むよ、辰彦。賢悟、お前後でな。」  「やべぇ、2人に呼び出しくらった。」  けらけらと笑い声が室内に満ちる。俺は春哉に「違うでしょ?」と言った。春哉は困った様に笑って、「そうだな。」と答えてくれた。  でも、ふっと笑った春哉の顔に諦めが見えた。それでも、俺の目には変わらずちかちかキラキラして見えた。  プラスチックのコップに残っていた、薄くなってしまったウーロン茶。春哉はそれを一気に煽って、カンっとテーブルに置いた。  「……まず、僕っての、やめるから。」  そう言ってから、春哉は自分の事を話し始めた。

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