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自覚。
***
夜。春哉から【チャンスを、あげる事にした。】と連絡が入った。
「……なんでそーなるかなぁ!?」
「兄ちゃん煩い!!」
「うるせぇ!!悲しんでる兄貴を慰めろ!!」
「……キモ。」
俺の味方がいない!!
何なの、チャンスって。何、仲直りっぽい事になってんの!?普通、ふざけんなー。で、ぶん殴ってバイバイじゃねぇの?間違ってるのって、まさかの俺っすか!?んなわけねぇわ!!
携帯を投げつけたい衝動を抑えて、俺は春哉に何でそんな事になったのかを尋ねた。
【……流れ?】
出たよ。話しを流したい時の春哉。俺は、流されねぇぞ。
【それやめろ。結構マジで聞いてるから。】
【えー……前原が僕に対してやってたのが、好きな子にちょっかい出す類だった。らしい。】
【……中学生でも犯罪って分かるレベルだろうが!!1発殴って来いよ!!】
マジで。ホントに。前原1発ぶん殴ってやりたい。春哉も春哉だわ。
……まさか、何か企んでいる前原に絆されたのか!?
【目を覚ませ春哉!!】
【起きてるよ?これから寝るんだもん。】
【違う!!前原の言葉を信じるな!!】
【……また、変な事考えてる?大丈夫だよ。謝ってきたし。分かってるよ、自分でもよくチャンスを与えられたなと思ってるから。でも、これで良かったんだよ。】
【何で。】
【なんか、ちょっとだけ肩が軽くなったから。だから、これで良かった。勿論、嫌いだけどね。】
嫌いなくせに、チャンスを与える。どんだけ優しいんだよ、こいつは。
つうか、きっと携帯の向こうで春哉は微笑んでいるんだろうな。肩が軽い。だって。
そんな春哉の顔を想像したら、力が抜けた。そんな事言われたら、俺は何も言えない。くっそ、悔しいけどな。
【あー、そ。もう、いいよ。分かった。でも、俺も他の奴らも心配してんだからさ、その辺も考えろよな。】
【うん、ありがとう。】
【あいつに呼ばれたらあれだ、俺を呼べ。基本暇だし。もしくは、他の奴な。】
【分かった。】
傍にいないと。
初めて【俺】と聞いた日。あの時思ったのに、俺はまったくの役立たずだ。
ふと、1度誠に『お前は、春哉に甘いよな。』と言われた事を思い出した。これが、春哉を甘やかしているって言うなら、上等じゃねぇか。大事な親友傷付けた野郎なんだ。今度会ったら、俺がぶん殴ってやる。
むしろ、タイプスリップして中学生の春哉を助けたいわ!!
もしくは、なんか、こう、春哉限定でサトリ的な能力!!を俺にどうかー!!
【じゃぁ、明日の面談頑張れよ。】
【うん、おやすみ。】
【おやすみ。】
……くぁー……もやもやするぅ……。
***
週明けの昼休み。話題は勿論、三者面談。
春哉については、旧校舎。もしくは俺達5人の秘密になった。つうか、なんつうか、暗黙の了解って言うか……そもそも、俺たちから聞く事は無いんだけどさ。一応って感じかな。
そうそう、面談な。今日は俺と、誠の母ちゃん来るんだよね。むっちゃ嫌。変な柄シャツ着ないように、夕べのうちにこれ着て来いって言ったけど。はー……憂鬱。
俺の目の前では、将来の話しについて繰り広げられている。
誠は弁護士。辰彦は保育士。賢悟は美容師。春哉と俺は、眺めてるだけ。
春哉の夢は、知らない。俺の夢は、まだない。警官になりたいと思ったことはあるけど、俺の頭で入れるんだろうか。親父?親父は普通のサラリーマン。役職持ちのね。
「そういえばさ、委員会の話ってなんだったの?」
賢悟の声に、すこしびくっとしてしまった。
「ん?なんか、文化祭の出し物についての決め方とか変えるみたい。各クラス3つ候補出すようにって言ってた。」
「へぇ、何で?」
「ほら、学生の数少ないでしょ?割り振りによっては、やりたい事出来るんじゃないかって話になってね。去年は、早いもん勝ちだったけど今年は1度アンケート取って、被ったらじゃんけんなりくじ引きでって事になったんだよ。」
「ふぅん……あれ?じゃぁ、早めに決めないといけないって事?」
「そうだね。多分、今週か来週の水曜あたりに決めるんじゃないかな?合唱際の曲とか、修学旅行の班決めもあるしね。」
「あー、成る程ねぇ。でさ、話全然違うんだけど、今年の花火行く?」
「うん。ただ、2人もいるけど。」
多分、心ちゃんと夏生さん。
「全然オッケーだよー。多いほうが楽しいよー。」
おーおー、何だこのほのぼのした会話は。2人で顔合わせて微笑み合っちゃったりして。会話に入る隙がねぇな。可愛い空間になってんぞ。そこ。
いや、楽しみだけど。楽しみだけど、前原が来ない事を祈ろう。うん。
***
「なぁ、やっぱり大学行けよ。司書?だっけ?定時の先生に聞いたけど、良いじゃん。あれ。お前、本好きだろ?金の事とか、俺達の事は気にすんなよ。なんの為に中退して働いたと思ってんだ?母さんの金とか、ばあちゃんの金使わないようにだろ?俺はさ、頭悪いしさ、いつ働けなくなるか分かんねぇけどさ、そん時になったらお前とか心に頼るからさ。だからさ、もう1回考えてみろよ。な?俺はさ、お前達が笑ってくれてりゃそれで良いんだ。」
***
春哉の言う通り、水曜日の午後の授業を使って色々決める事になった。今は、体育祭の種目についての締めに入ってる。
「じゃぁ、体育祭の種目はこれで良いね。ちゃんと、自分の出る種目覚えておいてね。」
「委員長、こけないでね。」
「こけても俺達が何とかするからな。」
「んー、頑張るよ。」
「春君頑張れー。」
「うん、ありがとう。」
はい、分かる様に春哉は足が遅いのです。というか、走るって行為が嫌いらしい。面倒臭いんだって。体育祭位頑張れって言ったんだけど、きっぱり「無理。」って言われちゃって俺落胆。それでも、こんだけ人気なんだからすげぇわ。
ちなみに、俺は100mとクラス対抗リレーの2番手。アンカーは誠。俺は、あと2つ出る。かもしれない。
「じゃぁ、次。文化祭の出し物ね。今年は――。」
プリントを見ながら話しをする春哉。あれから、悲しそうな微笑みは見なくなった。落ち着いたのか、自分の中で区切りを付けられたのか、俺には分からないし話してくれないけれど、いつも通りになった。
ちらっと聞けば、前原から連絡はないらしい。……まぁ、それが良いんだけど。何となく、春哉を疑ってしまう自分がいる。最低だな、俺。
「ってわけで、3つ候補を決めて提出したいんだけど……どうする?飲食店で揃えておく?」
そんな声に、色々な声が出てくる。屋台が良いとか、お化け屋敷も良いよねとか。
「じゃぁ、飲食店とお化け屋敷ね。んー……お化け屋敷は3つ目にしておこうか。」
いーよー。なんて声が揃う。仲良いねぇ。我がクラスながら。
隣りに立っていた山口さんが、黒板にかつかつと書いていく。女子のクラス委員だ。
「飲食店は……どうする?喫茶店?」
コスプレやら着ぐるみやら、メイドやら男女逆転とか声が出る。コスプレでまとめて良いんじゃね?
「……コスプレって、メイドとか全部同じでしょ?」
ナイス山口さん。
「そうだね。じゃぁ、コスプレと男女逆転でどっちが良いか決めようか。この2つで多数決ね。」
はーい。おい、教育番組かこれは。つうか、さすが慣れてるわ。春哉。あと、人心掌握って言うの?すげぇわ。信頼感的なあれが。とんとん拍子で決まってくな。
俺が挙手するやつ?コスプレだよ。男女逆転なんて、俺が、女装なんて……いや、ナイだろ。巻き込まれちゃうとか嫌だもんね!!
「うん、コスプレね。着ぐるみとか色々って書いておくから。じゃぁ、3つ決まったから……どれにしても看板が要るね。えっと、相田さんと中川さん。美術部だよね?任せて良い?」
「あ、うん。良いよ。」
「頑張る。」
「うん、じゃぁ……まぁ、決まってからで良いけど、看板のサンプル紙に書いて投票で決めようか。大丈夫かな?」
「うん、そっちの方が良いかも。」
「じゃ、それで。はい、次ね。」
微笑みながらどんどん決めていく春哉。皆、本当の春哉を知ったら離れてしまうんだろうか。……んな事ねぇわ。高校2年生だぞ。そういう家庭もあるよね。位で済む気がする。春哉の場合は、ちょっと早過ぎたんだよな。こう……ね、なっちゃうのが。でも、だからって中学であーはならねぇわ。
腹ん中がぐつぐつとしているのが分かる。
あれから、前原に対して苛立ちが治まる気配は無い。でも、隅っこにちゃんと仲直り出来れば良いのにって矛盾した思いもある。
あいつ、前原は、本当に何考えてるんだろう。春哉は優しいから、つけこまれてんじゃねぇの?だってさぁ、滅多に怒らないんだもん。諦めが先に来ちゃうんだよな、春哉は。知ってる。それは、分かってる。それでも、チャンスなんてあげたんだ。やり直すチャンスを。前原と、自分の為に。
……はやく連絡してやれよ。クソ原め。
「龍司。」
「んぁ?」
目の前に、誠が立っていた。
「修学旅行の班、俺と春哉と一緒で良いだろ?」
「あー……あ、そうか。男子2人か3人だっけ?」
誠の体の向こう側では、賢悟と辰彦と女子3人が盛り上がってる。
「何だ、聞いてたのか。」
「ぼんやり。良いよ、それで。」
誠から視線を外して、誠の声を何となく聞きながら春哉を見る。山口さんと一緒に、先生の所で何かしてる。
「いてっ!!」
誠に頭叩かれた。
「お前、やっぱ最近変だな。」
「は?」
「変。」
誠は眉間にシワを寄せて、俺を見下ろしている。何が、変なんだろう。
「……前原が、うぜぇなって思ってるだけだよ。」
「ふぅん……お前、自覚して無いんだな。」
何、言ってんだ、こいつ。
「まぁ、良いや。」
そう言うと、さっさと席に戻ってしまった。「ほら、座った座った。」と、先生の声が聞えた。
俺は、何か変なのか?
***
期末が終わり、夏休みが近くなり、学校全体が浮き足立っている様に感じる。
「これ、借りる。」
「え?あ、うん?」
放課後、誠は龍司の腕を掴みそんな事を言った。何で俺に許可を取るのか分からないまま、変な返事をしてしまったが。その龍司はと言えば、面倒そうな嫌そうな変な顔をしていた。
「行くぞ。」
「どこにだよー。」
誠に腕を引かれながら、ずるずると連れて行かれる龍司。傍にいた賢悟と辰彦もおかしな顔をしていた。
「珍しい組み合わせ。」
賢悟がそう言った。辰彦は頷いたが、すぐに意識を俺に移した。
「今日は、すぐ帰る?」
「うん。」
「そっか、俺達買い物してくからバス一緒に乗ろうよ。」
「良いよ。」
そんな会話をしていたら、「春君。」と呼ばれた。振り向けばそこには山口さんがいた。
「どうかした?」
「ちょっと、良いかな?」
「あ、もしかして俺達お邪魔?」
「ううん。いても良いけど……恥ずかしい、かな。」
何となく、嫌な予感がした。
暑さの汗ではない、冷たく気持ちの悪い汗が、あの委員会の時と同じ嫌な汗が、背中を通った。
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