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自覚。-2
誠に連れられやってきたのは、まさかの俺の家。
「あら、いらっしゃい。」
「急にすいません。」
「良いのよ。」
簡単な挨拶を誠が母ちゃんと済ませ、俺と並んで手を洗った。ちょっと楽しかった。それから台所に寄って、誠が母ちゃんから飲み物を貰って俺の部屋へ。
「開けろ。」
「……何なんだよ、もう……。」
すげぇ上から。あと、不機嫌。その不機嫌が俺に移って、俺も不機嫌。つうか、あの前原の無表情がちらついてムカムカしてる。
中に入って、誠は俺のベッドを背に座った。俺は、テーブルを挟んで向かい側。
「単刀直入に聞く。」
「何。」
「お前、春哉の事好きだろ。」
「……は?」
誠が血迷ってる。何?今、俺何て言われた?好き?俺が?誰を?春哉を?
「……はぁ!?ねーよ!!何言ってんのお前!!」
「煩い。」
「うる、お前が変な事言い出したんでしょうが!!」
「本当の事だ。」誠はあっさりそう言った。
マジで、何言ってんだこいつ。春哉は俺の親友だ。そう自分に言い聞かせるが、俺の中の何かが軋んで痛み始めて邪魔をする。最近は、酷くなかったのに。今は、かなり痛いし煩い。
「つうか、何が変なんだ?春哉が男だからか?関係ないだろ。前原はそれ前提でやり直そうとしているんだろ。」
「それは、そうだけど……。」
おれはそれ以上口を開けなかった。
関係ない。それはそうだ。男同士だろうが何だろうが、それは人それぞれの事で俺には関係ない事だ。前原と春哉に関しては、偶然前原が春哉を好きになって、偶然春哉が男だったってだけだ。
「お前、好きだろ?春哉の事。」
「分かるか、バーカ。」
「ガキか、お前は。」そんな誠の声は、ちゃんと俺の耳に入ってきているし、頭の中にも入ってきているのに、俺の視界の端には春哉がいて、それが気になってしまっている。微笑んで、俺を見ているんだ。
本を持ってる冬服の春哉。瞬きをしたら、夏服に変わってた。1年の頃の、暑苦しい格好の春哉。
瞬き。
俺が怒鳴った後の夏服の春哉。
瞬き。
夏の、体育の後の春哉。汗が額から顎に流れて、あいつは肩辺りのシャツで意外と乱暴に拭うんだ。
最近、この俺の部屋で見た春哉の寝顔。蘇ったのは、左手で掴んでいたあいつの肌の感触。
背筋がゾクゾクした。下っ腹が重くなる。同時に、鳩尾辺りで燃え上がった黒くて、冷たくて、気持ち悪い位静かに燃える炎。
あぁ、好きじゃん。春哉の事。俺は、あいつの肌に触れた、前原に嫉妬してるのか。
「……マコちゃん。」
「ちゃん付けやめろ。何だ。」
「ムラムラする。」
「……俺が帰った後にしてくれ。」
「うはは。」
何だ。案外あっさりしてんな。自覚の仕方が人として、男としてどうかとは思うけど。
「俺、春哉と色々したいわ。」
「あぁ、そう。」
困った様に笑う誠に向かって、傍に置いてたクッションを投げつけてやった。かわされて、ベッドに乗っかったクッションは、誠の手で投げ返され俺の顔に当たった。
「痛い!!」
「自業自得。」
「ぐぬ……。」
「じゃ、帰るわ。」
「マジで?あれ?俺の為?つうか、この事の為だけに?」
「まぁ、あと暇潰し。やっと連絡来た。」
「……彼女?」
「前原。」
「……はぁ!?何で!?」
「あいつと飯食って、俺の家泊まるから。」
何、その超展開。いつの間にそんな仲良しになっちゃってんの!?しかも、この話しの後でそんなさらっと言えるかよ普通!!
「何がどうしてそうなんの!?」
聞けばバイトの帰りに偶然会ったそうだ。それで、誠はそうだと進学校に通う前原に勉強を教えろと言ったそうだ。それから連絡先を交換して、今日は泊まりだとか。
「……超展開過ぎる!!」
「何か、気が合ったんだよな。ま、そういう事だから。」
帰るわ。じゃぁな。あっさりそう言った誠に対して、俺は開いた口が塞がりません。はっとして、慌てて玄関先まで見送って、ばいばい。
気が合うって、何で?あれか?クール系とクール系だからか?いや、前原のあれは無愛想なだけじゃね?……春哉にチクッてやろうかとも思ったけど、自分の部屋に戻る頃には止めようと決めてしまった。
代わりに、ベッドに飛び込んで、誠と話した事を反芻した。誠の声は頭の中で響くのに、目の前に広がるのはやっぱり春哉の顔だ。
1年生の時の春哉から、数時間前まで一緒にいた春哉の事。春哉の微笑み、心ちゃんへ向ける慈しみ。零れた汗を拭う仕草や、本のページをめくる指先、左手に蘇った肌の感触、心地の良い優しい、声――。
勉強を教えてもらう時は、目の前に春哉が座る。もしくは左隣り。このどっちかに絶対座って、瞼を少し伏せて、俺を上目遣いで見てきて、寝るなってむっとするんだ。
弁当とか、食事の仕方が綺麗なんだ。箸を持つ手は、本を大事に扱う手で、箸を綺麗に操って……そうそう、弁当は春哉の手作りなんだよな。卵焼きは少しだけ甘めなんだ。それが箸の先の方で摘まれて、春哉の口に運ばれて、真っ赤な唇と舌が――。
「……んぁれ?」
寝てた。いつからだろう。すげぇ、春哉の事考えてたのは覚えてる。
扉の向こう、階段の下から夕飯の用意が出来たと声が聞える。時間を見れば、18時になっていた。多分、弟は居残り練習だろう。いつもよりも、少し早めの夕飯だ。弟も夏休みに入るから、練習量は増えるし合宿も入る。当たり前か。
ぐっと伸びをして、さくさくっと部屋着に着替える。少しシワになった制服は、後で母ちゃんに謝ろう。
「あれ?親父は?」
「残業。あんた、春哉君とはいつ遊ぶの?」
「え?知らね。花火は、行くけど。皆で。」
「じゃぁ、聞いといて。あと、心ちゃん連れて来てって言ってね。」
「んー。」
夕飯を済ませて、俺はリビングでまったり。隣に母ちゃんが座って、2人でテレビを眺める。そうしてると、弟と親父が帰ってきて弟は夕飯の前に風呂へと行く。
「春哉君、連れてきなさい。」
親父が言った。俺の頭上で。むすっとしているのは、多分父親の威厳を俺に見せたいから。無理しなくて良いのにね。親父は、むちゃくちゃ優しいんだ。怒るのは母ちゃん、慰めるのは親父の役目。そんで今でも仲良く2人で出掛けたりしてるんだから、恵まれてる家庭なんだろうと思う。
「何なの、2人して。」
「……何で怒るんだよぉ。」
「だって、春哉そういうのすぐ分かるし。同情してんの?って聞かれんの俺よ?ヤダよ。だったら呼ばない。」
「ママぁ……龍司が反抗期になったよぉ。」
ほらな。すぐこうなる。つうか、反抗期でもねぇよ。
「違うのよ。今度ご飯食べにおいでって言ったのに、中々来てくれないじゃない?なんだったら、お泊りでも良いわよ?」
「とま――。」
り、は俺が困る。まじで。今は尚更。
「りは、しないと思う。お兄さんもいるし。」
「大丈夫でしょ?一泊くらい。心ちゃん迎えに来てもらっても良いし。」
「そーだそーだ。」
「親父はいい加減スーツ脱げよ。」
あ、止め刺しちゃった。とぼとぼと母ちゃんの傍に行って、泣きついた。やべぇ、後で何かアイス的なのあげよう。
「それ、朝どうすんだよ。お兄さん仕事なんだけど。だったら俺が春哉ん所泊まるわ。」
「……それもそーね。じゃぁ、普通に遊びに来てもらってよ。」
「パパ、お前の友達見たいだけだし。」
「後でアイスあげるから、夕飯食えよ。」
「……マジか。さすが息子。パパの子。」
40越えてるくせに、何だこの会話。まぁ良いけど。……聞くだけ、聞くか。
おかしなテンションの会話を終えて、弟と親父が夕飯の席につく。弟は夕飯を食べるとさっさと自室に行く。練習、10時からなんだって。レギュラー取るって、息巻いてる。調子こいて、怪我しなけりゃ良いけど。気を付けるよう言っとくか。
親父は俺の隣りで、俺とテレビを観ながらアイスを食って風呂に行く。うちの風呂の順番は、弟の次親父で母親が入って俺が入る。何で?俺が1番長いから。あれだよ、高校生男子だよ?長くなっちゃうでしょ?
「お風呂、栓抜くのよ。」
「ん。」
「電気も消してね。」
「わーってるよ。」
湯船に使って、息を吐く。さっき見た夢の続きが見れたら良いなとか考えてたら、まぁ、なっちゃうよね。下半身的な部分が。
末期だわ。気付かない内に、いつの間にか末期になってたらしい。誠のせいだ。
シャワーを頭から流しながら、目を瞑って、イカガワシイ妄想を巡らせる。いつもは好きなグラビアアイドルだとか、友人から回ってきたDVDとかだったのに。
手に出して、流した時。俺の瞼の裏には、妄想の世界には、真っ白な肌を俺の下で晒して優しく微笑む春哉がいた。
罪悪感とか、興奮したとか、そーゆーのは無かった。ただ、ぼんやりと、春哉の事が本気なんだと自覚した事に、嘘じゃないんだという事に、安堵した。
まぁ、笑うっきゃねぇよな。
***
自覚した翌朝、いつもの様にバスに乗り込むと春哉がいた。ただ、今日は少しおかしい。
「どした?」
「何が?」
「外ばっか見てる。」
本は膝の上。そして、片手で落ちないよう押さえている。
「暑くなってきて、読む気にならないだけだよ。」
「ふぅん?」
やっぱり変だ。何か隠してる。前原の事か?連絡来たのか?あ、イラっとしちゃった。でも、もしそうだとしても何かしら言ってくれるはずだ。約束って程でもないけど、前原の話しはしてくれるはずだ。
なら、何だ?
そう考えていたら、春哉の片手が俺の頬を挟んだ。
「……変な顔。」
お前のせいだろ。とは言えない。口が動かねぇんだもん。どうやら、春哉を見過ぎたらしい。
「うー。」
「下駄箱の中、ちゃんと見るんだよ。」
「ね?」と春哉が微笑み、それにまた見惚れていたらバスは学校に到着した。校舎に向かう途中に何度も下駄箱について聞いても、答えてくれない。気になるからしつこく聞いていたら、背中が重くなった。
「おはよー、龍司。春。」
「はよー賢悟、辰彦。」
重さの原因は賢悟。
おはよう。おはよう。4人で挨拶し合いながら、下駄箱へと向かう。そういえば、誠がいない。いつも、賢悟たちと同じ位に来るのに。
ぼんやり考えながら、例の下駄箱を開ける。
「……あ?」
淡い、空色の、便箋。
右を向くと、春哉が覗いてる。
左を向くと、賢悟と辰彦がニヤついている。
「お前ら、グルか。つうか、誰からよ、これ。」
「山口さんだよ。」と言ったのは、春哉だった。ちょっと、悲しい。つうか、昨日自覚したばっかりでこれか。タイミング悪すぎ。
人目の多い所で広げるわけにもいかず、リュックの中に入れようとしたらほっそりとした春哉の指と、薄っぺらいけどしっかりした手の平が俺の腕を掴んだ。
「旧校舎で、読んできたら?」
「リュック、貸して。」そう言われて、分かった。こいつら、手紙の内容知ってる。
「いーよ、昼休みにでも読む。」
「そう。じゃぁ、教室行こうか。」
そう言った春哉の顔に、俺は期待してしまいそうになった。
ふと、携帯が鳴り、見れば誠から。【サボる。】それだけ。あいつ、まさか前原とどっか行くつもりか。【助けろ。】と送り返したら、【無理。】と来た。
明日、覚えてろよ。くそ。
***
下駄箱に入れたら?と言ったのは、俺だ。
本当は、俺達の誰かに預けたいと言っていたが断った。だったらとアドバイスをした。人から預かった手紙を、他人が渡すのはどうかと思ったからだ。
内容は、あの時点で賢悟も辰彦も察していたと思う。
彼女は、林檎みたいに真っ赤な顔をしていたから。
***
帰りのHRの最中。俺は、緊張しているというよりも、かなり、冷めていた。
勿論、手紙は読んだ。確かに山口さんからで、淡い色の便箋はあの子らしいとは思った。内容は、放課後に会いたいという事だった。
けど、俺はもう断ると決めている。当たり前だけど。
そりゃ、1年の頃はいたよ。彼女。でも、長続きしなかった。すげぇ好きだったから、俺から告白した。まぁ、あんまり長く続かなかったけど。今は良い友達だ。今思えば、向こうは対して俺を好きじゃなかったと思う。だったら断ってくれよとは思ったけど、まぁ、仕方ない。時期が時期だったし。え?12月初め頃だったかな。告白したの。
「じゃ、明日は終業式だから遅刻すんなよ。」
そんな言葉でHRが終わった。ガタガタと椅子やら机の音が聞えて、合わせて俺も立ち上がった。
はぁ……行きますか。
「龍司。」
「うん?」
「誠、今前原といるって知ってた?」
「あー、昨日聞いたよ。」
「そうなんだ。変な縁だよね。」
あれ?割と普通な反応。つうか、誰から聞いたんだ?誠って言ってたし、誠か?
「じゃぁ、僕先に帰るね。」
「あー、うん。」
うわぁ、賢悟と辰彦と一緒に帰りやがった。
あー、マジ憂鬱。いや、好まれるのは良いんだけどさ。うん。嬉しいよ、そりゃ。ラブレターなんて、初めて貰ったしさ。
はー、ホント行こう。
***
旧校舎。1階奥の教室で。
「……ごめん、なさい。」
「……そっか……好きな子、いるの?」
「いないけど……だからこそ、ごめん。」
「どうして?」
「友達だとは、思ってる。でも、それだけなんだよね。もし、このまま付き合っても、俺が山口さんの事好きになるとは限らないじゃん?それって、失礼だと、思い、ます。」
「……それは、そうだね……悲しいね。」
「うん。だから、ごめんね。」
「ううん。ちゃんと言ってくれてありがとう。」
「俺の方こそ、女子から手紙なんて初めて貰ったよ。ありがとう。」
うふふ。
あー、山口さんはこうやって笑うのか。やっぱり、春哉の方がキレイに笑うな。
山口さんと旧校舎を出て、一緒にバスを待つ。山口さんの降りる場所は、俺の次らしい。
俺が先に降りる時、また「ありがとう。」と言われた。「修学旅行、いっぱい遊ぼうな。」って答えたら、山口さんは頷いて手を振ってくれた。俺も振り返して、クラクションの音を耳にして慌てて降りた。
山口さんが少し泣いてた事は、見なかった事にした。
***
龍司からラインが来た。山口さんの事は、断ったらしい。何故かと聞けば、【春哉と一緒。】と返ってきた。多分、俺が以前断った時に話した『淡々と、このまま過ごしたい。』という意味だろう。俺のは、最低な嘘なんだがな。
龍司とのやり取りを終えてから少しして、山口さんからもラインが来た。内容は同じだったが、彼女のはどう断ったのかが内容に入っていた。どうやら彼は、友達と付き合っても好きになるかも分からない。それは、相手に失礼になる。という断り方をしたらしい。まぁ、もっともな意見だ。
【ちゃんと考えてくれた事が、嬉しかったよ。】
彼女は、そう送ってきた。俺がスッキリしたかどうか聞くと、スッキリしたと返事が来て愛らしいスタンプでお礼を言われてしまった。それからは、委員会の事や修学旅行の話しを少しして【おやすみ。】と送りあって終わった。
それにしても。龍司はOKするかと思っていた。1年生の頃に彼女がいたはずだ。すぐ、別れてしまったけれど。理由は……そういえば、何故だったかな。俺は、別れたと聞いてほっとしていた気がする。
気が付けば、そろそろ夏生が帰る時間になっていた。そろそろ、味噌汁を温めておかないと。
正直言ってしまえば、2人が付き合う事にならなかった事にほっとしている。
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