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夏休み。

 『じゃ、明日から夏休みだけど補導とか勘弁な。俺、先生になってまで呼び出しとか超嫌だから。』  そんな言葉で前期を締めくくったのは昨日。夏休みに突入です。  おはようございます。現在夏休み初日の午後1時です。びっくりだよねぇ。夜更かしとかしてないのに、起きたら昼過ぎてんの。ウケる。ゲームしないで、ちゃんと寝たのにねぇ……不思議。  で、とりあえず今は携帯チェック中。何件かラインが入ってたけど、特にどうって事ない内容ばかり。まぁ、返事はいっかな。って感じの。  ざっと見て、春哉と賢悟のには返事を出す事にした。  賢悟のは、宿題の事。そんな初日から焦る事ないのにな。って、去年も言い合って最終的に春哉達のお世話になったんだけど。【今年こそは!!】って来たから、【勿論!!】とだけ送った。  春哉のは、母ちゃんの誘いについて。やっぱり泊まりは無理だという事。【だから、お夕飯だけご馳走になるよ。】と来ていた。俺は【言っとく。】とだけ返した。  返事返すの遅いって?ちゃんと寝てたって言ったよ。そもそも、春哉は大体11時には電源落としちゃうから、朝返すんだよね。  でも、泊まりじゃなくてホントに良かった。俺、狼になっちゃう所だった。まじで。俺の理性なんて、簡単に噛み千切れちゃうからさ。ホント、良かった。  はぁ……もう、今日はゲームして引きこもろう。  ***  「余裕ぶっこいてた先月の俺を、ぶん殴ってやりたい。」  あっという間に8月突入!!嘘だろ!?俺、何も夏っぽい事してない!!え?何してた?炎天下外出たくないって言いやがった母ちゃんのおつかい行ったり、親父に引きずられて夏物の服見繕ってやって俺の分もたかって、弟合宿行くっつうから荷物持って学校まで見送ってやったり、寝てたりしてた。……あと、ゲームしてた。弟のやつだけど。  で、春哉に泣きついた。  「君、去年も言ってたよ。それ。」  「嘘だぁ。」  「ホント。レポートは連名にしちゃって良いからね。でも、感想とかは自分で書かないとだから。」  「うぅっ……ホント、ありがとう。レポート読んで書くよ。」  「リュウジ君、リュウジ君。」  「なぁに?」  「心、宿題終わったよ!!」  はー、超笑顔。超可愛い。何これ。天使?つうか、今の言葉からしたら子悪魔?どっちにしろ超可愛い。でも、その言葉は今の俺にはトライデントだよ。頭と心臓と内臓を一突きだよ。  「頑張って。」  俺が黙っていたら、困った様に春哉が微笑んで言った。なんて癒し効果抜群なんでしょう。  「はいぃ……。」  俺の部屋には、春哉と心ちゃんがいる。夕飯を食べに来たのだ。弟いない時で良かった。心ちゃん泣かせたら申し訳ない。あいつ、ちっちゃい子苦手なんだよね。  親父には、俺から昼間にメール済み。もうねぇ、女子顔負けのキラキラしたラインが返ってきたよ。目ぇちかちかしたわ。内容はくそ真面目なのにね。【ちゃんと帰りますから、引きとめておいて下さい。仕事も、早く片します。】が、絵文字と顔文字とスタンプでキラキラしてたわ。春哉に見せたら『何か期待させる様な事、言ったの?』と、何故か怒られてしまった。  まぁ、良い。変な方向行きそう。  テーブルの上にレポートのコピーやら、参考にってくれたものが広がっている。あとは、3人分のコップ。春哉に注意されながら問題集と言う名の数学のプリント地獄をやっていたら、ドアがノックされた。  「はーい。」  そう返事をしたら、母ちゃんが顔を見せた。  「買い物、行って欲しいんだけど。」  「今日は無理。宿題やってる。」  「……あんた、写してんじゃないでしょうね。」  「いやぁ、そんな事は決して。えぇ。」  母ちゃんに睨まれてるなう。  「まぁ、良いわ……そうだ、心ちゃん。おばさんとお買い物行きましょ?」  「お買い物……。」  ちらりと春哉を見上げて、「行っておいで。」と春哉が口にすると、満面の笑みになった。本当、笑顔が似合う子だ。  「行く!!」  打ち上げ花火みたいに飛び跳ねて立った心ちゃん。母ちゃんはにこにこしながら「じゃぁ、用意して玄関ね。」と部屋のドアを締めてしまった。心ちゃんは帽子を被って、「離れちゃダメだよ。」と春哉が言った。  「うん!!」  春哉も立ち上がって、心ちゃんと部屋を出て行く。つうか、待って。この家に2人きりじゃね?うっそ、マジで?やべぇ、今更だけど買い物行けば良かった!!  暫くして春哉だけが戻ってきた。手には何故か、俺のアイス。箱で買ったやつ。  「何か、くれた。」  2つ貰ったと、1つは俺にくれた。  「俺が買ったやつだから、大事に食べろよ。」  「そうだったんだ。大事に食べるよ。」  そう言って、やっぱり微笑みながら元の場所に腰を下ろした。びりびりとビニールを丁寧に破って、テーブルの脇に置いた。後で捨てるつもりなんだろう。  棒状のアイスなんだけどさ、まーエロいよね。口にはしないし、凝視しない様に俺もアイス食いながらプリントに意識向けてるけどね。気にはなるよね、男の子だもん。  「そういえば、君は進路決めたの?」  声が聞えて、顔を上げた。またやってる。咥えたまま喋らないで欲しい。口の中から時々這い出る赤が、強烈過ぎる。……今夜のおかずにしよう。  俺は柔らかい理性をぎゅっと握って、固めてから口を開いた。  「……全然。焦っては無いけど、考えないとなぁとは思ってる。春哉は?」  「悩んでる。夏生は、大学に行けって言ってくれてるけど、僕は働きたいんだよね。」  「へぇ、何で?」  まぁ、想像はつく。心ちゃんと、親代わりとして一緒にいた兄である夏生さんの為だろう。  「分かるでしょ?」  「……まぁねぇ。でも、奨学金とかもあるから行っても良いんじゃねぇの?やりたい事、あるならさ。」  「……そうだよね……。君は?ないの?やりたい事。」  「無いんだな、これが。今が楽しすぎちゃって。」  「あー、分かる気がする。」  2人で揃って盛大な溜息を吐いて、笑い合った。  そう、今が丁度良いんだ。それに甘えて、将来を考える事を止めている。分かってる。でも、正直言ってしまえば春哉と離れたくはない。  窓を閉め、カーテンも閉め、クーラーで涼しい空間を作っている。でも、お互い黙ってしまって外から聞える蝉の声が嫌に耳に入ってしまう。  進路か。他のやつらは大体決まっている。焦りはないし、考えないとと思っているのは本当だ。探すために大学ってのも、1つの案だと三者面談の時に言われた。でも、それもどうかと俺は思ってる。  俺は、何になりたいんだろう……。  「龍司?」  「え?あ、何?」  「携帯、鳴ってない?」  言われて耳を澄ませば、マナーモード解除を忘れた俺の携帯が唸っていた。携帯を取り、画面を見れば誠からのライン。  「……自慢かよ!!」  「……誰から?」  「誠。宿題終わったって。」  「僕も終わってるよ?」  「知ってる。聞いた。違う、春哉は良い。分かってた。誠は、宿題は気が向いたらだから俺と賢悟とかと同じペースだったのに……裏切られた気分。」  「君も、今から頑張れば3分の1は終わるんじゃないの?」  「そ、そうかなぁ……。」  不安しか残らないな。終わるのかな、俺。  「登校日に出すもの先に済ませたら?」  「うん。」  的確だな、春哉君。  お互いアイスは半分以下。たまに唇に残るアイスを舐め取る仕草に、ドキドキしながら俺もアイスを食べながら宿題を進めた。触りてぇなぁ……でも、見ないように、見ないように。そう頭の中で繰り返しながら。  ……あぁ、夏だ。脳みそどろどろに溶けて、俺のこの感情やらなんやらも一緒に溶けて消えちまえば良いのに。そうすれば、純粋に【親友】として傍にいれるのに。  ***  龍司の家は、俺の理想だ。  父と、母。俺と夏生と、心と心の母。テーブルを囲み、微笑み合いながら食事をする。  でも、理想は理想。もう一生、叶う事はない夢。  父はいない。  母もいない。  心にだけは、寂しい思いも悲しい思いもさせたくはない。  俺のようにならないで欲しい。  夜空を見上げても、あるのは月と雲だけ。  そういえば、そろそろ台風の頃だ。洗濯物、溜め込まないようにしよう。  それにしても、おいしいお夕飯だった。面白い、お父さんだった。面白いお母さんだった。見せてもらった弟の写真は、兄弟と分かる位似ていた。  心もよく笑っていた。優しいご夫婦だった。  龍司と、アイスを食べたな。少し、視線が気になったが俺の服は汚れていなかったし、何か考えている風だった。話してはくれなかったが。  心と手を繋ぎながら、ゆったりと歩く。夜でも蒸し暑い。でも、心の手の温かさは心地良い。  纏まらない思考に、しっかりと閉じたはずの箱から溢れそうになった。上から全体重を掛けて、飛び出さないようにふんばる。  花が散り、溢れようとする動きが無くなり、また咲く。それとほぼ同時に、鼻の奥がツンとした。  纏まらない思考を掻き消すように、涙が出ないように目頭を押す。  それから、心に見られないように、目じりに溜まった涙を拭いた。  ***  賢悟が、家族旅行から帰ってきた。7月の末から昨日まで。去年は父方、今年は母方の実家に行っていたらしい。俺達はその賢悟に、誠の家に呼ばれた。  何で?広いからだよ!!マコちゃんったら、お金持ちで頭良くて、顔も良いチートだから!!ま、とにかく、そんな奴の家だから、まー広い。え、下手したら何かしらのスポーツ出来んじゃねぇの?って位広い。卓球は出来るって言われたけど。  そんな誠の家に、春哉と向かう。  心ちゃんは?と聞けば、夏生さんの誕生日プレゼントを社長の奥さんと買いに行ってるらしい。女性同士の方が楽しいだろうからと言っていた。春哉自身は、夏休みが始まる前に買っていた。何で知ってるかって?俺の家に保管してるからだよ。バレない様にってね。  で、当日は社長と奥さん達と、社長宅で誕生日会なんだって。良い人達だよな。俺?行かないよ。そんな邪魔する度胸も趣味も無いよ。でも、俺も夏休みの間に買って渡そうとは思ってる。あ、花火の時でも良いな。うん。よし、後で話し振ってみよう。  って、考えながら春哉と誠の家の玄関チャイムを押して鳴らしたのは数分前。  「……何で前原がいるんだよ!!」  しかも、誠のベッドの上で優雅に雑誌を読んだりしちゃったりしてるんですけど。  「昨日の夜、泊まったから。」  そう言ったのは、賢悟と辰彦と一緒に床へ座っている部屋の主である誠。ガラステーブルの上で山になっているのは、賢悟のお土産だろう。  「ちゃんと家に帰れ!!」  「……帰ってから来た。」  「お前は母親か。」  前原と誠に突っ込まれた後、賢悟は朗らかに「はい、お土産分けますよー。」と言った。  賢悟のスマイルを見て、俺と春哉はやっと床に腰を下ろした。  「あ、前原もいる?」  饅頭と書かれた箱を持ち上げ、後ろにいる前原に賢悟が声を掛けた。でも、前原は首を横に振ってやんわりと断った。  「遠慮しとく。」  そう言った前原の言葉を細くする様な声が、隣りから聞えた。  「前原は、甘いものダメなんだよ。」  「あれ?そうなんだ。じゃぁ……これを差し上げよう。」  はーい、ストップ。  「甘いものダメ。」これ。これね。これ言ったの、春哉。春哉なんだけどさぁ!!この一言でイラっとしたしちゃった俺っていうね!!でも、様子見って決めたからさ、何も言わないよ。俺は何も聞いてない。……こっそり前原の肩、小突いてやろう。  さて、賢悟が前原に渡したもの。何かよく分からないキャラクターのキーホルダー。賢悟が言うには超レア物らしい。それを前原にあげるって事は、お前からしたらいらない物なんだな。  「……ありがとう。」  おや、素直に受け取っちゃうのね。  「いーえー。じゃぁ、お菓子類は俺達で分けようか。」  賢悟がそう言って、テーブルに乗った山盛りのお土産を紙袋に雑に詰め始めた。大きめの紙袋の詰め合わせを、1人1つずつ。春哉と辰彦は多め。春哉は心ちゃんと、夏生さんの分。辰彦は、姉と妹の為。……つうか、お隣さんなのに、何でわざわざここで分けるんだか。  「いやぁ、スッキリした。」  そういえば、こいつどうやってこの量を運んで来たんだ?親に車で送ってもらったのかな?  「処分かよ。」  誠の的確な一言に、賢悟はプププとイタズラ成功みたいな笑い方をした。マジかよ。  「沢山ありがとう。」  「いーのいーの。去年の分込みって事で。」  ふふっと笑った春哉。勿論ガン見したよね。キレイな笑顔だ。  「……あっ!!夏生さん、もうすぐ誕生日。」  「あ、そうなの?」  自然と床に座る俺達の中で、夏生さんへのプレゼントの話しになった。  「なら、花火の時に渡せれば良いね。」  「だな。」  「あの、気にしないで良いんだけど。」  「俺は買ったけどな。」  「え、龍司はやくない?」  「ふふん。」  「……うざ。」  「酷い!!」  はっと、前原が話しに入ってこない事に気が付いた。別に、悪気はない。断じて。本当に。前原は、ただじっと雑誌を読んでいる。あいつ自身、話しに入るつもりは無いようだ。でも、春哉も少し気になったのか、不安そうな顔をしているのを俺は見てしまって……正直、イラついた。  前原は、そんな春哉に気付いていない。  隣りで、息をすっと吸う気配を感じた。  「前原。夏生に話したよ、全部。」  春哉は、静かに言った。  部屋の中が静かになる。  「……何で。」  「僕はもう、1人じゃないから。」  「まぁ……そうだな。」  前原は無表情に春哉を見てそう言うと、雑誌に視線を戻してしまった。  こいつは、何も分かっていない。春哉の事を、俺達の事を。  「おい。お前も一緒に考えようって言ってんだよ。ばーか。」  俺がそう言うと、前原はゆっくりと顔を上げて俺を見た。同時に春哉の視線も感じたけど、気になるけど、今それどころじゃないから。超横向きたい!!  「……そうか。」  「そうだよ。」  ふっと笑った前原に、俺は少しだけ恥ずかしくなった。やっと、横を向く事が出来て春哉の顔を見た。  今までで、一番かもしれない位優しくて良い笑顔をしていた。花の様な笑顔。まさにこれだわ。  周り?他の3人は、生温い目で俺を見てるよ。腹立つなぁ。  「おい、そんな目で見るなよ。」  「えー?だってー、ねー?」  「ねぇ?」  賢悟と辰彦。  「ねー?」  「そうだな。恥ずかしい奴だ。」  賢悟と誠。何て言われようだよ。  「伊崎龍司。」  何故フルネームか。  「んだよ。つうか、フルネームやめて。変な感じする。」  「なら、どう呼べば良い?」  そんな前原の言葉に、床に座る俺達はお互い顔を見合った。  「龍司でいんじゃね?」  「俺は、土屋賢悟だから賢悟で。」  「山岡辰彦。賢悟とは、中学から一緒。俺の隣りの家に越して来たんだよ。」  「俺は……別に良いか。」  「マコちゃん。」  「賢悟、後でな。」  「まじかー、こえー。」  くすくすと隣りから聞えてきた。嬉しそうな、楽しそうな春哉の顔に俺も嬉しくなった。これで、また少し進めたら良い。そうなってくれたら、俺達も嬉しいのだから。  まぁ、だからって2人きりにはさせねぇけどな!!  「……前原蓮。誠は、蓮って呼んでる。」  「だな。」  「レンレン。」  「パンダみたいだね。」  朗らかコンビがまたのんびりとした会話を始めた。  「レンレン。」  俺がそう口に出してみたら、前原が口を開いた。  「龍司からは、蓮の方が良いな。」  無表情に、さらっと言い放った。  「……何この空気!!やめて!!見ないで!!」  「かっこつけ龍司ぃ。自業自得ぅ。」  「ひゅーひゅー。」  朗らかコンビが一転、いじめっ子コンビになりやがった。俺は何だか恥ずかしくなって、氷が少し溶けてしまった麦茶を飲み干し誠にコップを突き出した。  「お茶お代わり!!」  「はいはい。」  ニヤつきながら誠が立ち上がる。前原――蓮も、ニヤついている。呼べって言ったのお前なんだけど!?  賢悟と辰彦はまだニヤニヤしてるし……まぁ、春哉は微笑んでいるから?良しとしてやっても?良いんだけどね?  誠がお茶のお代わりをくれて、それから1つだけ残しておいた賢悟のお土産を開封した。今度こそ、蓮も床に下りてきて6人でテーブルを囲んだ。  プレゼントについては、春哉を除いた皆で折半になった。「俺も自分で買ったんだけどなぁ。」て言ったら、賢悟に「え?俺達聞いてませーん。」とかぬかしやがった。良いんだけどね。  で、何買う?って話しになって誠のタブレットを皆で囲む。この店あそこにあるとか、これ良いねとか。春哉にも、夏生さんはどういうのが好きなのか聞きながら皆で決めた。多数決の結果、黒革のキーケースになって、買い物担当は誠になった。  それから花火の話しに変わった。待ち合わせ場所や、どの辺で見るか。はぐれた時――賢悟が要注意なんだけど――の集合場所とかそんな事を決めた。蓮については、家が遠いから前日から誠の家で泊まる事になった。  「あっ!!龍司宿題やった!?」  一端話しが落ち着いたところで、賢悟が突然聞いてきた。  「……ふっふっふっ……半分な。」  「……キメ顔うざ。」  「おい、お前が聞いてきたんだろ。」  「だって、そんな自慢されても……半分なら、俺も終わってるし。」  「……それ、レポートとかだろ。辰彦と連名で。」  「……龍司は春か。」  「……えへへ。」  「だよねー。」  やばい、隣りから殺気を感じる。そろりと隣りを見ると、ブラック春哉様がご降臨なされていた。賢悟も察したのか、『やばい。』って顔をしながら居住まいを正してる。  「す、すいません。あと問題集とかなんで。」  「お、俺もそうだよ!!」  「……登校日、学校始まる1週間前って分かってる?あと2週間って、分かってる?」  「分かってますん。」  「賢悟?」  「あ、すいません。分かってます。本当に。」  そう、1週間前なんだ。遅いよな。まぁ、やる事って言ったら課題集めと頭髪検査だ。緩い学校だけど、派手なのはダメって校則だから金髪の奴とかはアウトになる。  「……いつも、こうなのか?」  「まぁな。」  「賢悟と龍司、勉強嫌いだから。体育とかは、凄い元気なんだけどねぇ。」  「ふぅん……賑やかだな。」  「飽きないな。」  「うんうん。」  そんな声が聞えるが、いい加減助けて欲しい!!足が、足が痺れてきたから!!  ***  「龍司。」  「うん?」  「ありがとう。」  「何が?」  「前原の事。」  帰り道。ちょっと歩いて行こうよと誘って、2人で夕暮れの中歩いていたら春哉がそんな事を言ってきた。  「……なんの事やら。」  「……君のそういう所、気に入ってるよ。」  ふっと笑った春哉に、心臓が速まった。夕暮れと、春哉の笑顔。素晴らしい景色だな。  「そりゃどーも。」  それからお互い何も話さなかった。蒸し暑い中、肩がぶつかるかぶつからないかの距離でゆっくり歩いた。  ただ並んで歩いて、夕方でも暑いとか、疲れたって言い合って、バス停探して乗り込んで、通学中みたいに並んで座って、お互いの家に帰った。  俺達には、この距離が丁度良いんだ。これ以上は、望まない方が良いんだ。  改めて、そう思った。  ***  花火当日。  俺は、夏生さんと誠の家に来た。春哉は後から、心ちゃんと現地集合だ。あと、賢悟と辰彦も現地で会う予定。少し時間を早めて誠の家に夏生さんを案内したのは、蓮と夏生さんを会わせる為だ。勿論、お互い会うって言ったからこそだ。  誠は俺と夏生さんを自分の部屋に案内した。そこには、蓮が座って待ってた。  「お前が、前原か。」  「はい。」  すっと蓮が立ち上がると、つかつかと夏生さんが蓮の真正面に移動した。さっきっから夏生さんが怖くて仕方ないです。  「春哉から聞いてる。1発殴ってやりたいけど、やめろって言われてるからやらねぇ。」  「そう、ですか。」  「言っておくが、俺はお前の事許さないからな。」  「はい。」  「大事な弟に、お前は人としてやっちゃいけない事したんだ。男としてもな。」  俺の目に入っているのは、夏生さんの背中だけ。ただ、ぐっと握り締めた拳が、辛く感じる。力を入れているから、真っ白くなっている。  「……あいつが、許そうとしてるなら俺は何も言わない。」  「はい。色々、申し訳ありませんでした。」  「今は、それで良い。」  夏生さんがそう言うと、俺の隣りに立っていた誠が夏生さんを呼んだ。  「初めまして、佐伯誠です。」  「おー、悪いな。部屋、使わせてもらって。」  「いえ。とりあえず、時間ありますんでこちらに。」  さすが誠。接客慣れしてる。  誠が夏生さんを連れて部屋を出て行くのを見てから、蓮の顔を見た。蓮も俺を見ていて、何か言いたそうにしていた。  「どうした?行こうよ。」  「……何で、優しくしてくれるんだ?お前も、誠達も、春哉も。」  「知らないし、知ってたとしても俺が言える事じゃねぇよ。でも、ぶっちゃけ俺もお前の事殴りたい。」  「殴れよ。」  「春哉が悲しむから、しない。」  蓮の顔が歪んだ。説明しにくい、微妙な顔。  「お前もか。」  「そうだよ。だって――。」  「好きな子には、笑顔でいて欲しいじゃん?」  俺がそう言うと、蓮の瞳が揺れた。  「……そういう事か。」  俺の一言で納得した様で、元通りの無表情でそう言った。  「そういう事です。」  「……まぁ、頑張れ。」  「あれ?そういう感じ?」  意外な反応に、俺は拍子抜けした。ライバルだなとか、俺の方が進んでるとか、何かまた腹立つ事言われるかと思ってたのに。  「まぁな……俺はもう、友人としてやり直す事に決めたから。」  「……彼女でも出来た?」  「いや……気には、なってるけど。」  「そっか。」  そんな話しをしていたら、夏生さんが弾んだ声で俺を呼んでいるのが聞えてきた。きっと、誕生日プレゼントを見たんだろう。俺のも勿論入っている。春哉のは、社長宅でのパーティーで渡したはずだ。  「はーい!!」  行こう。俺は蓮にそう言って、この前出来なかったから小突いてやった。  蓮は痛いと笑った。

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