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修学旅行。-3

 ミサと言う女子が、春哉の頬にキスをした。俺はただ、呆然と眺めながら腹に真っ黒い重たいモノを感じるしか出来なった。自分の手の平が痛い。  「なーなー、誰だよぉ。」  「ていうか、俺って言うのも似合ってるじゃーん。」  「か、勘弁して……。」  「春哉!!」  「っ!?……え?龍司?」  「ちょっと来い。」  俺は思わず、春哉の腕を掴んで歩き始めていた。  ――あれさぁ、やっぱそうだよな。  ――だよな。分かりやすいよな、龍司って。  ――はやく、くっつけば良いのになぁ。  ――春哉も、あれはあれで良かったな。俺だって。  ――イケメンって得だよなぁ。僕でもしっくりくるんだから。  「おい、何で俺を見る。」  ――マコちゃん、僕って言って。  「……要約して、殴って良いって事か?」  「マコちゃんぶち切れ。」  「賢悟、お前は最後にしてやろう。」  「悪役みたいだよ、誠。」  そんな会話は、俺には聞えなかった。  人気の少ない場所を探すのも面倒で、近くにあった男子トイレの個室に春哉を連れ込んだ。とは言え、マニアックなアトラクションの近くらしく、人気は無かった。  「っ、た……龍司?」  「誰?」  「だから、中学の同級生……。」  「ミサって子の話、しなかった。」  「それは……ミサは、俺に酷い事してないから。」  「じゃぁ、何でキスしたんだよ。元カノか?」  「違う。」  割と、広いトイレに入ったらしい。壁に押し付ける余裕がある。俺を不安そうに見上げる春哉は、首を横に振って否定をしている。その度に、俺から見て右の頬がキラリと光る。  「じゃぁ、何だよ。」  「……何で、龍司が怒るんだ?」  「煩い。良いから、どういう関係なんだよ。」  「……童貞切った、相手。」  視線を下に向け、瞼を伏せ呟いた。  「……ナオトは?」  「夏に、前原といた奴。」  「あれの彼女なのか?寝取ったのか?」  「違う。あいつが、ミサとやってる所を見てみたいって……ミサは、ただ、あいつの言う事を聞いただけだ。」  「何で。」  「ミサは、あいつの幼馴染で……いつも2人一緒で、ナオトは俺を解放する条件で、ミサに俺と寝るように言ったらしい。」  「何それ。ナオト?だっけ?最低だな。」  「そういう奴だ。それでも、ミサにはあいつしか。あいつには、ミサしかいないんだ……もう良いだろ?離してくれ。」  もがく春哉をもう1度壁に押し付けて、俺はキラリと光った頬を舐めた。不味い。  「……え?」  「……あ。」  はっとした。思わず、苛立ちに任せて舐め取ってしまった。舌が、変な感じだ。  「りゅ、ぅん!?」  もう、どうにでもなれ。  くっ付けるだけのキスを繰り返して、春哉の足の間に自分の足を潜り込ませる。片手で春哉の頬を掴んで、無理矢理口を開けさせた。隙間から舌を突っ込んで、上顎を舐めた。拘束が解けた春哉の拳が、俺の肩を押し返そうとしているが、だんだんと力が抜け結局は俺の肩を掴む形に納まった。  そのまま、舌を絡めて舐って、わざとらしく音を立ててやった。ちゅ、とか。じゅ、とか。  「っ、んぁ。りゅ、ぅむ――。」  マナーモードのバイブレーションの音が聞えた。俺のじゃない。それでも、俺は続けた。その内、バイブの音は断続的になって、あぁ留守電かなぁ。とか、のん気に考えてしまった。  「やっ、ふぅ……れ、ぁい――。」  多分、携帯と言ってる。  薄目を開けて、春哉を見ればぎゅっと目を瞑っていて目尻には涙が溜まっていた。それを見て、俺は一瞬で頭が冷えた。  「っ、んぁ――。」  「はぁ……。」  唇を離してみれば、お互い息が切れていた。至近距離にある、ぬらりと光る春哉の唇がエロい。俺の唇に当たる春哉の息が、熱い。  思わずぎゅうと抱き締めた。鼻の奥が、ツンとした。  「……龍司?」  背中に、春哉が触れたのが分かった。俺の服を、ぎゅっと掴んでる。  「ごめん……。」  「……うん。」  「ごめん。」  「うん。」  「春哉。」  「何?」  「俺さ、最初春哉見た時キレイな奴だなって思ってた。」  「うん。」  「本読む姿が、キレイだなって思った。」  「うん。」  「……好きだよ。」  「……龍、司?」  「誠に言われて、気が付く位。俺、ずっと春哉と一緒にいたっぽい。でも、気付いたよ。俺、春哉が好きなんだ。」  返事は、無かった。ただ、俺の首筋に春哉の頬が触れて聞えた。  「こんな所で、聞きたく無かったな……。」  ばっと離れて春哉の顔を見れば苦笑い&平手。  「ってぇ……。」  頬を押さえていたら、その手の上に春哉の手が重なった。  「龍司。」  「ぁに?」  「待ってるよ。」  「……は?」  ほっそりとした、本のページを捲る指先が俺の顎に触れて少し傾ける様に力が入った。その力に逆らわず頭を傾けると、俺の唇の端に可愛らしい音のキスが1つ降ってきた。  「……こんな所でなんて、嫌だよ。」  何だろう、俺。春哉になら、犯されても良い。  「ご、めん、なさい……。」  うん。と頷いて、微笑んで。春哉は携帯を見て、山口さんが呼んでるから出ようと言った。大人しく頷いて、一緒にお手洗いを出た。少し離れた所に皆がいて、かなり気まずい。特に、誠の目が怖い。  「ごめん、山口さんに呼ばれたから僕行くね。」  クラスメイト達が、俺で良いよとか言ってるけど春哉は首を横に振った。  「ちょっと、まだ覚悟出来て無いから……君達も、そろそろお土産買いに行かないと大変な事になるよ。」  そう言って、言ってしまった。  小さくなる背中を見届け、俺は正面を見た。仁王立ちの誠様。  「……龍司。」  「はい。」  「バレバレだ。」  「……は?」  仁王立ちの誠の後ろで、クラスメイト達がニヤニヤしている。嘘だろ、おい。  「で、出来るだけ内密に……。」  ――つってもなぁ。多分、うちのクラスの大半は気付いてるよ?なぁ?  ――そうそう。分かりやすいもんな、龍司。  「……誰か俺を殺してくれ。つうか、なのに俺は旅館で尋問されたの?」  賢悟に聞けば、「必死に隠す姿が面白くて。」と笑った。穴があったら入りたい。つうか、もしかして女子も知ってるかもしれないって事か?まじかよ。山口さんの方が、鈍感って事になるのか?いや、あれもわざとか?小悪魔過ぎるだろ。  「……穴があったら入りたい……。」  「あそこに池ならあるけどね。」  「賢悟、入っちゃいけない池だよ。」  「ここにある池全部だろうが。それより。おい、龍司。歯ぁ食いしばれ。」  腹に1発。重いのを食らった。  ***  「山口さん。」  「なぁに?この色は?」  「ちょっと、先生には派手じゃないかな?君……というか、クラスのどれ位が龍司の事知ってるのかな?」  待ち合わせ場所に向かえば、1人ぽつんと俺を待つ山口さんがいた。手には大きな袋があり、待たせてしまったお詫びに今は俺の手にある。中身は、クッキーの缶らしい。家族と、自分用だと言っていた。  「私は、すぐ分かったよ。でも、龍君分かりやすいから大半の子は知ってた。だから、私、本当は止められたの。愛理とかに。でも、言いたかったんだ。だから、春君に聞いたの。」  俺に聞いた。多分、委員会でのやり取りの事だろう。  「……さっき、龍司にお手洗いに連れ込まれたよ。」  「えっ!?」  本当に驚いている。大きな目が、更に大きい。カチリと、スイッチが切り替わる音がした。  「……目玉が落ちそうだな。」  「……佐伯君みたい。格好良い。」  「どうも。ミサって、同級生に会ったんだ。」  「元カノ?」  「違う。詳しい事は、まだ言いたくない。」  「じゃぁ、聞かない。これは?」  「それ選ぶなら、こっちじゃないか?」  「うーん……親子3人お揃いってなると、外出用とかになっちゃうね。」  「あの先生なら、構わず学校に着て来るだろ。もしくは、この白黒のにしろよ。」  「そだね。じゃぁ、これで。」  選んだのは、キャラクターの顔が白黒で全面に描かれたパーカー。それから、手の平サイズのぬいぐるみを3つとストラップを3つ。男女で集めたカンパで、丁度位になった。  俺は別に、夏生と心。夏生の職場と、社長夫婦にも買った。山口さんに、心と社長の奥さんへのお土産のアドバイスを貰い、あとは適当に済ませてしまった。  「持つよ。」  「良いの?」  「どうせ、皆お土産買うって言ってた時間だし。」  耳は、さっきから取ったままだ。すっかり忘れてた。目に入った時計を見れば、集合時間まであと2時間半程。  「本当?……あ、ホントだ。」  「……お茶しながら、この辺で待つ?」  「色々聞いて良い?」  「そのつもりで誘ってる。」  「良いよ。尋問してやろうではないか。」  わざとらしい悪役口調に、少しだけ笑った。山口さんも、微笑んでいるが今は賢悟の様な悪戯っ子の様な目をしている。  お店は任せると言って、一緒に席についた。  時間的に、夜のパレードやお土産を買う人が多いのだろう。かなり空いている。お互い、一緒に回っていたメンバーに連絡を取り、場所を教えた。誠達は、すでにお土産を買っている途中らしく、列が進むのが遅いらしい。もう少し掛かると返事が来た。龍司には、連絡をしなかった。  「こっちは、すぐそばみたい。」  「そう。何飲む?」  「……アイスティーにしようかな。」  同じのを2つ頼み、先ほどの話しを振ってみた。期待の目に変わり、ぐいっと前に乗り出してきた。  「それでさ、心ちゃんって誰?あと、奥さん。」  「……兄の娘と、兄の職場の社長の奥さん。」  「……お兄さんいるの?」  「いるよ。というか、両親がいないんだよ。俺の家。」  「……え?」  「死んだんだ。俺が、小学生の頃。」  「あ……ごめんね。」  「いい。もう、気にしてない。」  アイスティーが来て、俺はガムシロップだけ入れて。山口さんは、ミルクとガムシロップ両方入れて一口飲んで落ち着いた。  「そっか、じゃぁ4人で暮らしてるの?」  「4人?」  「うん。春君と、お兄さんと心ちゃん?とお嫁さん?」  「あぁ……いや、義姉って言って良いのかな。心がもっと小さい頃に、出て行ったよ。」  「あ、そうなんだ……えっと、お兄さん。どんな人?」  一つ一つ、話していると鍵を掛けて厳重に閉じた筈の箱が開きそうになる。  隙間から、ほろほろと黒いものが溢れて零れて、花は枯れ色の付いた花が咲き始める。  もう、良いんだろうか。  「……見る?」  「うん。」  もう、恋はしない。  そう決めていたのに。  自分を隠して生きてきたのに。  さっきのあれは何だ。今のこれは何だ。あっけなく受け入れるこの人達は、何なんだ。  「はい。」  「ありがと。……うわ、お兄さんイケメン。やっぱり、ちょっと似てるね。」  「兄弟だからね。」  「心ちゃん、可愛いねぇ。ふにふにしてそう。」  「してるよ、実際。」  一応恋敵でもある俺に、見せる表情じゃない。分かっていて、告白したのは凄い。頭が痛くなってくる。鼻の奥がツンとしてくる。目頭が、熱くなる。  「あり、が……春君?」  「ごめん……ちょっと、見ないで。」  「……うん。」  俺はこれから、どうすれば良い。  「……春君。」  「何?」  「皆、大丈夫だよ。もう、私達高校生だよ?そりゃ、まだ子供だけど……人様の家庭とか、恋愛感を笑ったりしないよ。ましてや、春君の事を笑ったりしないよ。一生懸命な春君も、ちょっとイラっとしてる春君も知ってるもん。龍君の事も、皆気付いてるよ。だから、大丈夫。もう、良いんだよ。」  みっともなく、泣いてしまった。  山口さんと行動をしていた藤崎さん達の声が聞えても、俺は泣いていた。そっと、手の平が背中を撫でられ、霞む視界で見れば藤崎さんだった。  「ふじ、さき……さん?」  「委員長、やっぱり委員長は可愛い。健気だね。だから、好きだよ。」  「……あり、がと……。」  左側に座ったクラスメイトが、ハンカチを貸してくれた。洗って返すと言ったら、そのままで良いよと言われてしまった。  ――あ、龍司に売ってやろうか。  ここにも小悪魔がいる。  俺は、笑った。  女子に囲まれ、慰められ。もう良いんだと諭され、大丈夫だと勇気付けられ。俺の箱の中身は、全部空になった。  まるでパンドラの箱の様に、底には白いカーネーションが敷き詰められている。花言葉は何だったか。思い出して、驚愕した。【純粋な愛。】、【私の愛は、生きています】。俺の愛は、恋心は、抱いてはいけない思いは、まだ残っていた。綺麗な花になって。  「……そういえば……龍司に、キスされた……。」  「……ちょっと、龍君殴ってくる。」  「あ、佐伯に殴ってもらおうよ。」  女子達の物騒な話に笑って、事情を話した。中学の同級生で、ちょっとイタズラ好きな子だとだけ言って、その子にキスされた後だと。  ――トイレはないわぁ。  ――いや、もうホント、龍君殴ろうよ。  ――むしろ、殴られてるんじゃない?佐伯君に。  女子の話しを聞きながら、涙を消そうと頑張った。ちょっと目が赤いと言われたが、致し方ない。紅茶を飲んで、外を見れば夕方。少し向こうに、誠達の姿が見えた。すぐにこちらに気が付いて、誠達が店に入ってきた。  「佐伯、龍司殴ってよ。」  藤崎さんが言う。  「腹に1発入れておいた。」  さすが佐伯君!!  女子の声に、龍司は苦虫を噛み潰したみたいな顔になった。集合時間まであと1時間。バスが止まってる場所まではすぐ。結局、最終的には同じ店にクラス全員が集まってしまった。話題は、先生への贈り物。多分、俺と龍司の話しは煩くなるからという判断だろう。とても、ありがたかった。  パーカーと、ぬいぐるみ。ストラップ。結構良い物が買えたと山口さんが誇らしげに話している。  ふと、俺の手に手が重なった。いつの間に席を替わったのか、ハンカチを貸してくれた女子ではなく龍司がいた。  「……ごめん。」  労わる様な手つきと申し訳なさそうな囁きに、俺は何も言わず頷いて「待ってる。」とだけ呟いた。  ***  「え……俺に?くれんの?」  「はい。」  「そうですよぉ。先生には、あと1年ちょっと。私達の事見てもらうんですから。」  あ、泣いた。  「えっ!?先生!!」  「大丈夫ですか?」  「だい、だいじょば、ねっ、けど……あり、ありがと、なっ。もうっ、お前ら、好きだ!!嫁と、子供の、分、まっ、までぇ……。」  ぎゅうぎゅうと袋ごと抱き締めて、わんわん泣く大人。帰りの新幹線の中。俺達は、満足して笑い合った。

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