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冬休みとクリスマス からの 兄弟喧嘩。-2

 おはようございます。26日の朝です。10時です。お分かりだとは思いますが、春哉。絶賛寝起き最悪中です。  「……その寝起きの悪さ、変わらないな。」  「前原煩い。」  「おはよう!!」  癒しの女神、心様登場です。朝から可愛いねぇ。  心ちゃんにそれぞれ返事を済ますと、さすがに慣れているのか春哉にてててと近付き、敷き布団の上に座ってる春哉の足の間に座った。背中を春哉に向けて、春哉の腕を掴んで自分の腰に回す。……朝から、マイナスイオン出てるよ。この小さい子から。  その状態を俺達が見守っていたら、心ちゃんは春哉を見上げた。  「春にぃ?」  無言。かと思えば、ぎゅうぎゅうと心ちゃんを抱き締め小さな肩に頭を擦り付けている。  「……け、携帯はどこだ!?」  「うるせぇ、龍司。」  「すいません!!」  誠に叱られたが、その誠が俺の携帯を差し出してきた。早速構えて、写メを撮る。賢悟も無言でカシャカシャ言わせてる。心ちゃんは、きゃっきゃとくすぐったそうに笑っている。  マイナスイオンは倍増したね。マジ可愛い。俺のかれ……?恋人、超可愛い。つうか、混ざりたい。混ざって良いかな。良いよね。恋人だよ?仲良しだよ?  「ちょっと、撮影頼んだ。」  誠にそう頼んで、春哉の後ろから2人纏めて抱き締めてみた。ぎゅうぎゅうと抱き締めて、春哉の首筋に頭を押し付けた。  すっげぇ、良い匂いする。  「……龍司。」  「んー?」  「重い。」  声が、いつも通りだ。  「……なんだ、もう起きた。」  「そうだね。」  「朝ごはんね、パンケーキなんだよ!!」  心ちゃんの声に、空気が和んだのが分かった。  それから、俺達はぞろぞろと洗面台で顔を洗って着替え、朝食の席についた。  「そういえばさ、蔵行ってみたい。」  賢悟が言う。  「別に良いが……今日は、無理だ。」  「そっかぁ……でも、明日から2、3日俺と辰彦よそ行くんだよね。」  「へぇ、どこ?」  俺が聞くと、今度は辰彦が答えた。  「賢悟のいとこがね、結婚するんだよ。よく賢悟の家に遊びに来るお姉さんなんだけど、歳も近いしお隣さんだから俺もよく遊んでもらってたんだ。」  「結婚式ねぇ……心ちゃんも、いつかお嫁さんになるのねぇ。」  マコママの声の後、がちゃんと音がした。見れば春哉の顔真っ青。  「心……間違っても、ここにいる奴らみたいな男を連れて来るなよ?許せても、辰彦だけだ。」  「え、春失礼。」  春哉の言葉に、賢悟が返す。  「待て、こいつは外して良いけど、俺も入れろ。」  そう言ったのは誠で、指先は蓮に向いてる。蓮は何も言わず、黙々と食べてる。まぁ、反論出来る立場じゃねぇしな。  「ん?俺入ってないじゃん。何でよ。」  「君は、ダメだ。」  むっとした顔をしているけど、怒ってる感じじゃない。  「……あぁ、そうね。はい。黙る。俺は、抜いてくれて結構。」  俺は、もう春哉のだもんね。  「キモ。そのニヤケ面、久し振りに見たわ。」  「賢悟、お前最近俺の扱い酷いな。」  「心ちゃん?こういう男達は、ダメよ?良くても、春哉君と辰彦君だけね。」  うんうん。とマコママが心ちゃんに諭してる。息子を抜く感じが、リアルだ。  「つうか、話し戻して良い?」  賢悟の一言で、皆はっとした。蓮は黙ってるけど。  「じゃぁ、年越しは蔵で。」  「そもそも、僕は行かないよ?」  「なん……あぁ、でも、俺達いるよ?」  「うーん……でもなぁ……毎年、年越しは社長のお宅にお邪魔してるんだ。」  「あー、それは……。」  賢悟と春哉の会話を聞きながら、いつのまにか心ちゃんがおかわりしてるのが見えた。こんだけ食ってりゃ、そりゃ元気だわ。口いっぱいに頬張る姿が、小動物に見えてくる。  「龍司っ!!」  「んぁいっ!?え、あ、ごめん。心ちゃんの可愛さに、目が奪われてた。」  「それは認める。龍司はどうする?行く?」  賢悟に聞かれ、俺は春哉を見た。春哉は心ちゃんの口の周りを拭いていた。  「……俺は……んー……そういえば、お前アレ買った?ボーナス付きの。」  ふと、蓮と俺の音楽の趣味についての話を思い出した。同じバンドが好きで、蓮が予約特典付きのを頼んだと前に言っていた。俺も頼もうとしたが、一足遅かった。数量限定。忌々しいぜ。  は?蓮の小遣い?あいつの家、金持ちだよ?小遣いやりくりしてんだと。また、その小遣いの金額な。家の家賃払える額って、どう思う?ありえねぇよな。  「あー、来たな。部屋にある。」  「特典、なんだった?」  「PVの別バージョンと、ライヴバージョン。あと、ボーナストラックとか、ステッカーとか。」  「うわぁ、超豪華じゃん。行くわ。それ観たい。」  「じゃぁ、春哉だけ保留ね。俺と辰彦、年越し前には帰ってくるから。」  「越して来ないの?」  「うん。今年は、ばーちゃん達こっち来るんだ。」  成る程。賢悟が言うには、今日の午後には出発し明後日の昼に帰ってくるそうだ。  年末のやり取りをして、さて皆で歯磨きをしようかと一旦誠の部屋に戻ると春哉の携帯が光っていた。  「春哉、携帯ピカってる。」  「はいはい……あ、夏生だ。」  「何だって?」  「1日延びるって。向こうは、昨日雨だったんだって。」  「そっかぁ……雨なら、仕方ないな。」  と言う事は、あの部屋に2人きりか。  想像して、寂しくなった。2人は気にしないんだろうけど、夏生さんがいないだけでも広く感じてしまうだろう。  そんな事を考えながら、洗面所で歯磨きを済ませ荷造りも済ませてしまう。  「心ちゃん、またいらっしゃいね?」  「うん!!ありがとう!!」  玄関でのほのぼのとしたやり取りを眺めて、帰宅です。誠が、途中まで見送ってくれた。皆と別れて、春哉と心ちゃんと一緒に帰路につく。ふと、さっきの夏生さんがいないという事を思い出し、提案をぶつけてみた。  「春哉。」  「ん?」  「心ちゃん。」  「なぁに?」  「今日、泊まり行って良い?」  心ちゃんは良いよと言ってくれたが、春哉は怪しいって目で見てくる。疚しさなんて、これっぽっちもない。あったら、心ちゃんを俺の母親に任せて1人で泊まりに行くわ。  「気を使わないでよ。」  俺の考えは、気付かれてた様です。  「使ってない。暇なだけ。」  「……冬休みの課題、手ぇ付けてないね。」  「ないよ。」  「……持っておいでよ。」  「うん。」  「ありがとう。」  「なんのなんの。」  俺を頼ってくれないなら、俺が春哉に甘えるだけだ。少しでも、心ちゃんが笑って良い夢見れるならなんでもするしな。  「じゃ、また家出る時連絡するわ。」  「うん。」  「後でな、心ちゃん。」  「ばいばーい。」  コンビニで申し訳ないけど、ケーキでも買って行こうかな。  ***  「兄貴、また出掛けんの?」  家に帰り、母親に話して外泊許可貰って。1泊分の仕度をしていたら、扉が開いて弟の龍太の声。  「……どうせ、俺がいても邪魔だろ?」  「まぁ、そうだけど。」  酷い弟だ。まぁ、出来が違い過ぎるからどうでも良いんだけど。  弟?龍太ってんだけど、俺とは出来が真逆。顔は似てるって言われてるけど、頭は良いし運動神経も良い。まぁ、ちょっと短気っちゃ短気だけど……反抗期ってやつだろ。  そういえば、いつから仲悪くなったんだろうなぁ……気が付けば、喋る回数無くなってたな。  「何だよ、用あんならさっさと言え。」  「別に……お気楽で良いなって。」  「喧嘩売ってる?」  「売ってない。」  売ってないって言うわりに、俺を睨むのか?この野郎。  「……売ってんだろ!!言いたい事あんなら、はっきり言え!!」  「うるせぇ!!気楽な生活してるお前に、俺の何が分かる!!」  「ぁあ!?話さねぇから知るわけねぇだろうが!!」  「話しても分からないだろうが!!」  頬と背中に、衝撃が来た。  弟に、おもっくそ殴られた。あー、やべぇ。めんどくせぇ。でも、自分の中で火が点いた気がした。  「俺が必死にやってるのに、いっつもいっつもフラフラしやがって!!何でお前なんかが遊び呆けてんだよ!!兄貴なら、兄貴らしく勉強でもしろよ!!ちょっとは、兄貴らしいとこ見せたらどうなんだよ!!」  あ。と思った瞬間には、体勢を整えて弟を殴り飛ばし何か叫んでいた。  「兄貴らしいだぁ?そんなもん知るか!!てめぇこそ俺の事分かろうとしてねぇだろうが!!」  殴られて、殴って。  あー、ホント。何でここまで仲悪くなったんだっけな。  「ちょっとー?何バタバタ……ちょっと!!何してんのっ!?お父さん!!お父さん!!」  小さい頃は、可愛かった。ちょろちょろついてきて、ちょっとうざってぇなって思ってたけど弟だし仕方ないなって思ってた。  俺の持ち物だって、自分から全部弟に渡した。俺は兄ちゃんだから、しっかりしようって思ってた。わがままも、イベント事の時だけにしようって決めてた。  最近は、親から小遣いなんて貰ってない。バイト始めて、結構使うけどちょっとずつ貯めてもいる。弟はこれから高校生で、バスケを続けるつもりならそっち方面に強い学校探したりするんだろう。もしかしたら、余計金が掛かるかもしれない。  でも、俺もやりたいなって思った事の為に専門に行く。学費は、折半って事で後から返すって約束もした。両親は、全額出すって言ってたけどそこまで甘えてたら兄としてどうかと思って断った。  「何が不満なんだこのガキが!!」  「てめぇこそガキだろうが!!へらへらしながら兄貴面してんじゃねぇよ!!」  「お前こそ弟らしく可愛げ出してみろ!!俺の何が気に食わねぇんだよ!!」  「てめぇの存在全部だよ!!いっぺん死んで来いよ!!」  「ぁあ!?だったら今――「お前達っ!!」  「っ……くそっ!!」  親父の手と声で、はっとした。こういう時、親父は親父になる。  でも、1度点いた火は中々消えない。腹の中が、ぐつぐつ煮えてる気がする。その状態で睨み合っていたら、両親が俺達を引き離した。  「龍司、あんたその顔で春哉君の所行くの?」  母親の心配そうな顔を無視して、俺は荷物を持ってそのまま家を出た。  何だろう、すっげぇ泣きたい。外は暗い。バスに乗り込んで、窓際に座ると自分の顔が見えた。口の端が切れてる。袖で拭ったら、広がったけど気にしなかった。  あ、携帯忘れたな。  ***  春哉の家に行ったら、2人が出迎えてくれた。それは良いんだけど、春哉は嫌そうに顔を歪ませるし心ちゃんは驚いて声も出せないみたいな顔を2人にされてしまった。  それから、春哉に風呂場にぶち込まれて「部屋が汚れる。」と言われてしまった。痛いのを我慢して、シャワーを浴びて。多分、春哉と夏生さん兼用のやつを借りた。風呂から出ると、着替えが置いてあって見慣れたパンツもあって春哉が漁ったなと少し恥ずかしくなった。  着替えも済まして出てみれば、心ちゃんは黙々と俺を見ながら夕飯を食べていた。  「龍司、座れ。」  「あ、はい。」  素の春哉様が現れた。  テキパキと、俺と春哉の分の夕飯がセットされ食べろと言われた。めっちゃ怒ってるんですけど。  「……いただきます。」  「どうぞ。」  あと、心ちゃんの視線がめっちゃ痛い。  テレビの音が何となく煩い位に感じる程、静かだ。たまに心ちゃんが笑ってるけど。それでも、気まずい。  夕飯を食べ終え、一泊の恩って事で食器を洗っていると春哉が隣りに立った。  「後で、心が寝たら聞くから。」  「あー、はい。」  「……携帯、どうしたの?」  「忘れたっぽい。ごめん。」  「そう、明日病院行けば?」  「そんなに酷い?」  「夏生が、派手にやらかした時に熱出した事あるから。」  「あー……分かった。行くよ。」  「うん。」  食器を洗って、春哉が拭いて。冬休みの課題を3人でやって、気が付けば10時近くになっていて心ちゃんは先に寝てしまった。  「……それで?」  「……弟と、喧嘩した。」  「弟……あぁ、龍太君。だっけ?」  「そう。俺が出掛けようとしたら、色々言われて殴られて……気が付いたら俺も殴ってた。」  「色々って?」  「あー……兄貴らしくしろとか、俺の気持ちが分からないくせにとか。いつもフラフラしやがってとか。」  「……それで、殴り合い?」  「うん。」  そう……とだけ言って、春哉はまた黙ってしまった。  黙々と課題を教わりながら進めて、気付けば12時になりそうだった。客用の布団が無いからと、夏生さんの布団を貸してくれた。  心ちゃんの部屋には、電気カーペットがあるけど春哉達の部屋にはないらしい。湯たんぽをくれた。  「寒かったら言って、掛け布団増やすから。」  「うん。」  「……夏生は、兄というより父親なんだよね。」  電気を消し布団の中に入ると、ぽつぽつと春哉が話し始めた。  「だから、うちは喧嘩しないなぁ……。」  「羨ましい。」  「僕は、君達が羨ましい。」  「そうか?」  「うん。心がいるから、殴り合いは出来ないから……こうして、布団の中で話し合うんだ。だから、喧嘩しない。」  「ふぅん……。」  「だから、君も。話してみたら?」  春哉がこちらを見た気がしたけど、俺は真っ直ぐ真っ暗な天井を見上げて口を開いた。  「龍太は……俺とは真逆なんだ。」  「顔は、似てるよ。」  「そうか?まぁ、兄弟だしな……あいつは、頭良いしバスケも上手いんだ。」  「バスケ、やってるんだ。」  「……俺も、やってたんだ。中学の部活引退と同時に、すっぱり辞めた。」  「そう。」  「でも、龍太は俺の影響で始めたから……多分、その時初めて兄弟喧嘩した。」  「うん。」  「つっても、小学生の弟に手なんて出せないから……俺が平謝りして、母親も説得してくれて収まったんだ。」  「うん。」  あぁ、それからか。ギクシャクし始めたの。  そう思っていたら、俺を呼ぶ春哉の声が聞えた。  「あぁ、ごめん。その頃からだったなって。」  「何が?」  「何か、ギクシャクし始めたの。」  「でも、合宿の見送りとか行ってたじゃない。」  「車、親父が使ってて無かったんだ。」  「あぁ、そういう事。」  「うん……まぁ、とにかくさ。あいつ今、中3なんだけど結構強い学校でさ……スポーツ推薦で高校行けそうって、母親が言ってた。」  「そう。」  「バイト始めてから、小遣い貰ってないんだ。専門の学費も、半額は返すって言ってある。」  「何で?」  「スポーツ推薦って事は、結構強い所に進学出来るかもって事だろ?って事はさ、もしかしたら学費とか色々掛かるかもじゃん。」  「そうかもね。」  「だから、親父に言ったんだ。俺はバイトが出来るから良いけど、龍太は出来ないだろうから浮いた金は龍太に回してくれって。」  「そう……。」  「親父、困ってたけどな。でも、俺は兄貴だから……あいつが続けるならって思って。」  「……君の、そういう優しい所が好きだよ。」  「……そう?」  「うん。でも、押し付けは良くないね。」  「これは、押し付けか?」  「僕は、そう思うよ。」  いつもよりも更に優しくなった声音に、隣りを向いた。暗さに目が慣れたから、春哉の顔が見える。春哉は、体ごとこちらを向いて俺を見ていた。  「兄弟と言っても、人と人だよ。何事も、声に出さないと。」  同じ様に体を動かし春哉を見た。  「話す前に、逃げられる。」  「そこは、兄貴風吹かせなよ。」  「えー、ちょっと無理かなぁ。」  心ちゃんを起こさない様に、小さく2人で笑った。  「なぁ、春哉。」  「うん?」  「手、繋いで良い?」  春哉は少し黙ってしまったけど、布団の脇から手が出てきた。どうぞと言われたので、滑らかな肌を確かめてから握り締めた。  「……ありがとな、春哉。」  「病院、行きなよ。」  「ついて来てよ。」  「……君が言っても、可愛くないね……。」  春哉の瞬きの回数が、多くなってきた。俺も、少しぼんやりとしてきた。  「うるせぇ……。」  「お休み、龍司……。」  「おや、すみ――。」  ***  「……何だコレ、俺の布団だし。……まー、良いや。心と寝るか。っと、手ぇ繋いでる所撮っといてやろう。」  ***  「……派手にやったなぁ。」  朝。目が覚めると視界一杯に夏生さんの顔があった。起き上がれず、びくりとするだけだったけど真上からそんな事を言われてしまった。  「すっげぇ痛いっす。つうか、近いっす。」  そう言うと、夏生さんは俺から離れてくれた。起き上がって横を見ると、春哉はもう起きていて座ったまま心ちゃんを抱き締めていた。どうやら、日課らしい。  「だろうな。相手、誰?」  「弟っす。」  「喧嘩慣れしてないんだな。向こうも今頃、手ぇ痛いと思うぞ。」  「……バスケ部、なのに。」  「ま、男兄弟なんてそんなもんらしいぞ。先輩が、兄貴とは拳で語り合ってたって言ってたからな。」  「はぁ……。」  「ところで、今日は暇なのか?」  時間を見れば、朝の8時。いささか早い目覚めだ。今日はバイトはない。  冬休み中のシフトは、年越し前まではいつも通り。人手が欲しい時に、連絡をすると言われてる。丁度良かった。この顔で、出るわけにもいかない。  あいつ、手ぇ大丈夫かな……。  「暇っすけど?でも、病院行こうかと。」  「あぁ、行っとけ。いやさ、今日明日休みでさ。心と動物園デートしようかなって。」  「あー、それはそれは。」  「だから、お前らもデートしてくれば?」  「……社長の奥様に釘刺された。」  「あ、ごめん。酒の勢いって、怖いね。」  「あんた、その内女性問題引き起こしそう。」  「1回で懲りたよ。で、どう?」  「良いっすよ。全然。楽しんで来て下さい。」  「おー、さんきゅな。」  「いやいや。」  俺がそう言うと、夏生さんは早速と心ちゃんを春哉から引き剥がして、心ちゃんに出掛けるから着替えてと言った。それから、夏生さんは春哉の頭を思い切り叩いた。  「いっ、てぇ……。」  「うわぁ……。」  「起きたか?」  「最悪な目覚めだ……。」  「心と動物園行ってくるから、お前このバカ病院連れてけよ。」  ぼんやりとした目が俺を見た。俺が手を振ると、盛大な溜息を吐いた。  「……ご飯は?」  「朝飯だけで良いよ。あ、俺今日から休みだから。」  「年始は?」  「7。」  「……書いといてよ。」  「分かってる。」  ぐっと伸びをした春哉は、すぐにしゃきっとして立ち上がった。テキパキと布団を畳み、着替えも始める。  「ほら、龍司も起きろよ。」  「っす。」  立ち上がろうとして、背中に痛みが走った。  「っ……?」  「どうした?」  「……背中が、痛い?」  「疑問系で言われてもなぁ……見せてみ。」  じっと大人しくしていると、夏生さんががばっと俺のスウェットを首元まで捲り上げた。  「……ありゃ、お前倒れた?」  「倒れたっつか、壁に背中ぶつけた位っす。」  「痣になってんぞ。」  「まじすか。」  「マジ。病院、本当に行っておけよ。」  「うす。」  コンビニで、多めに下ろすか。いや、でも……。  「やっぱ、1回家帰るっす。」  「……弟だもんな。」  「生意気っすけど。」  そうと決まれば。俺もゆっくり立ち上がって、布団をのろのろと片付け着替えもする。春哉達と朝飯を食べて、歯を磨いて。一足先に夏生さんと心ちゃんは家を出て、俺は多分もう弟はいないだろうという時間に帰ろうかなと腰を上げた。  「あれ?春哉も来るの?」  「暇だしね。君の弟に、会ってみたいから連れて行ってよ。」  「え……えぇ……中学まで?」  「そう。僕がいれば、変な気起こさないでしょ?」  身内より、他人の方が良かったりするよ。と、春哉はそう言って笑った。どうせ来るなと言っても、聞かないだろう。俺は1度頷いてから、荷物を持って玄関に向かった。  ***  正直、何事かと思った。  基本的に温厚で人懐っこい龍司が、殴り合いの喧嘩をした後の顔でやって来たから。見た瞬間、血の気が引いた。まさか、兄弟喧嘩とは。  夏生とは、基本殴り合いには発展しない。発展する前に、どちらかが折れる。多分、心がいるから早めに終わらせたいと無意識に思ってるんだと思う。だから、少しだけ羨ましく思った。どこが羨ましいのか問われると困ってしまうが、テレビドラマで見る様な兄弟喧嘩に少し憧れているのかもしれない。  「春哉。」  「ん?」  「バス、来た。」  「あぁ、ごめん。」  だから、この温厚な龍司を怒らせる位大事にされているのに分からず屋な弟に、会ってみたくなった。

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