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年越し。-3

 「……疲れた……。」  体力皆無の春哉君。歩き疲れてます。  大晦日。そのせいなのか、道端はこの時間でも人が多かった。さすがに、学校に向かっている奴はいないので途中から少なくなってたけど。  賢悟は疲れ気味の春哉を無視して、携帯で日の出はこっち側から見えるとか言って更に移動。つか、こっち旧校舎の方だし。  「入ったほうが楽じゃね?」  とか言っちゃった俺ね。悪戯っ子に火を点けちゃったよ。  「それだっ!!」  「……馬鹿かよ。」  誠に怒られ、春哉に無言で足踏まれた。  ド深夜。正門から裏に向かって歩くと、旧校舎の名残が残ってる。ぼろっちぃレンガの塀。そこからよじ登って、校舎に侵入。良い子は、やっちゃダメだよ。  「へぇ、雰囲気あるな。」  なんて、蓮が言う。ステンドグラスの話をしたら、文化祭の時に言えよって言われた。確かに。  つか、本校舎ならともかく、旧校舎まで守衛さんは来ないのに。何でこんなコソコソしてるんすかね。まぁ、何か肝試しみたいで楽しいけど。  「えぇっと……?」  「方角的に、音楽室じゃない?」  迷った賢悟に辰彦がナイスアシスト。  「そっか。音楽室だ。」  ぎしぎしといつにも増して響く床板。携帯のライトを頼りに、音楽室へ進む。あとどれ位時間があるのか確認すれば、1時間半はあった。  「はい、待機。」  あっさりしてんな、おい。  鍋の具材と一緒に買っておいたお菓子やら、飲み物やら。適当な場所に広げて朝日を待つ。うだうだ尽きる事なく喋って、将来何になるなんて話し合っちゃって。そうこうしていたら、教室の中がほんの少し明るくなってきた。  皆で窓を見るけど、床に座ってるからか白け始めた空しか見えなくて。立ち上がって、並んで窓際に並べばそこには小さいけど確かに元旦の朝日が昇っていた。校舎に向かってくる夜の名残と、それを押して空を新しくしようとしている朝日の光と、元旦の朝日本体。紺と白と橙のグラデーション。  誰かがすげぇって言ってる。確かに、すげぇ。  携帯で写真を撮るなんて考えも吹っ飛ぶ位、俺は目の前の景色に夢中だった。でも、右手に触れた何かではっとして、現実に戻った。ちらっと手を見れば、春哉の手の甲が俺の手に触れていて。俺はそっと、その手を掴んだ。びっくりしたのか、手の中で春哉の指先がびくりとしたけど一瞬だった。大人しく握られてくれた。  視線をあげて春哉の横顔を見たら、それは真っ直ぐ朝日に向いていて。何となくだけど、今話しかけたら多分素の春哉で返事が来るんだろうなって思った。  朝日が完全に真ん丸になって、賢悟が起きてて良かったねと言った。同意だったり、それでも少し眠いとか。でも、やっぱり良かったとか。そう言い合いながらゴミをまとめて、片して。帰り掛けに行こうとした初詣は、どこでしようかと話しながら旧校舎を後にした。  「そういえば、明けましたね。今年も宜しく。」  塀をよじ登って、道に出て。賢悟がそう言って、楽しそうに笑った。  「明けましておめでとう。こちらこそ、宜しく。」  春哉が返して、男6人で挨拶を交わした。今更だなって、笑いながら。  ***  まだ始発はどれも動いていないから、歩いて初詣に向かう。なるべく人の少ない所を、それでいて近い所を選んだはずだが近い所ってのがダメだったらしい。  「列が動かないとは、これいかに……。」  珍しくテンションが下がった賢悟の言葉に、誠はのん気に「正月だから。」なんて答えた。  「あ、甘酒。買ってくる。」  そんな誠も、寒さに負けた様で列から出て買い物に行こうとする。  「あ、僕も行く。ついでにゴミ捨てたいから。」  「ん、他飲むか?」  誠の言葉に蓮は黙って首を振って、俺もいらないと答えた。賢悟と辰彦も、いらないと答え結局2人で行ってしまった。あ、何か食い物って言えば良かった。ラインしよ。  「……レンレン。」  「何だ?」  「あの告白は、無いわ……。」  「……あぁ、あれか。」  「何の話し?」  事情を知らない辰彦に、やんわり教えたら「さりげなくにも程があるね。」と、笑顔で言った。  「お前……ちょっと、春哉に似てるな。」  「そうかな?」  「まぁ、いいや……で?何?あいつに何か言われたのか?」  「んーん。助言。」  「何だ。」  「マコちゃん、口ではあー言ってるけど嬉しかったと思うよ。だから、せめて食事中じゃなくてさ、お茶飲んでる時とかのが良かったんじゃないかな?」  「……そうか。」  「うん。」  「考える。」  「うん。あとね、ハッキリ一言で済ませた方が良いよ。」  「分かった。」  素直だね。偉い偉い。なんて笑いながら、蓮の腕を宥めるように叩いた。それから誠について俺と辰彦も参戦し、学校ではこうだとか話していたら俺の視界に2人の姿が見えたので話しを終わらせるように言った。  「朝だから、そんなやってなくて……ベビーカステラ。食べる?」  「あ、食べるー。ありがとうー。」  「俺も食う。」  「あ、俺も。」  蓮は、甘い物苦手なので『いい。』とだけ言って、首を横に振った。そしたら誠が、すっと蓮にブラックコーヒーの缶を渡した。  「あぁ、ありがとう。」  「ん。」  「いくら?」  「いらねぇ。」  「そうか。なら、次は俺が買うから。」  「宜しく。」  あっさりした会話だな。まぁ、ぽいっちゃぽいけど。  ぞろぞろと少しずつ進む列に従って、ようやく俺達の番。何お願いすんのって?教えるわけねーでしょうーが。ほら、よく言うじゃん。初詣の願い事は、他人に言っちゃダメだって。だから、内緒。まぁ……普通だよ。普通。  「よしっ、帰ろうか!!」  賢悟の声で、とりあえず蓮の家に向かう。電車は始まってるんで、電車で。疲れたなって話したり、日の出写メんの忘れたとか言い合っていたら「龍司?」と女子の声がした。振り向いて見れば、そこには吉野ユカリがいた。あれですよ、俺の元カノ。蓮以外の視線が痛いっ。  「ユカリ、何してんの?」  「彼氏と初詣行くの。そっちは?」  「帰り道。こいつん家泊まったんだ。」  蓮の肩に手を置いてそう言うと、蓮はちょっと頭を下げた。  「そうなんだ。あ、あけましておめでとう。」  「おめでとう。彼氏って……今誰だっけ?」  「サッカー部の先輩だよ。」  「あっ、あーはいはい。そうだそうだ、マネージャーだったな。」  「うん。あ、次降りるんだ。学校でね。」  「おう、またな。」  「じゃ、皆もまた。」  蓮は誠に誰か聞いていて、それ以外は知ってるので俺と一緒に手を振る。  「……彼女、いたんだな。」  「失礼な奴だな。中学の時もいましたぁ。」  「確か、童貞捨てた相手だよね。」  「春哉、ちょっと黙ろうか。」  「へぇ、そうなのか。」  「前日ソワソワしてたよな。」  「やめてマコちゃん。」  仲は良いよ。悪くなる様な別れ方でもなかったし。クラスは別でも、学校は一緒だから廊下で顔見掛けるし。つか、俺振られた側ですし。俺ってば良い奴だなぁとは、当時思ってた。自画自賛ってやつ。  「振られたよね。」  賢悟が俺の顔を覗きこむ様にして言った。  「まぁな。」  「ていうか、理由は聞いたの?その辺知らないんだけど。」  「うん。別れたいって言われて、何で?って聞いて。そしたら、他に気になるのがいるっつーから誰か聞いて別れた。」  「……え、好きだった?」  「うん。」  「反応の薄さ。」  賢悟が顔を歪めた。  「でも、その頃はショックだったよ。俺何かしたっけ?みたいな。」  俺がそんな感じですよ。と言いながら頷くと、誠が口を開いた。それと同時に降りる駅に止まったので、歩きながら誠の言葉を聞く。  「思ったんだけど、1年の冬頃ってすでに春哉にべったりだったよな。」  「は?そうだっけ?」  誠はうんと頷いて、俺は春哉に意見を求めた。春哉は少し考えて、そうかもね。と答えた。全然、そんなつもり無かったんですけど?  「そういえば、その頃だよね。龍司が忠犬って言われ始めたの。」  賢悟が辰彦を見上げて聞いた。辰彦は「あぁ、そうだね。」と笑った。  「何それ。そんなん言われてたの?俺。」  「言われてたよ。春哉の後ろにいたからね。」  「マジか。知らなかった。」  「つうか、忠犬って言われるくらい一緒にいるんだったら、そりゃ振られるな。」  「レンレン、言うね。」  「お前程じゃないさ。」  下らない話しをしつつ、3年になったら旅行行こうとか。そんな話しをしながら、俺達は蓮の家に戻った。  「よし、俺は寝る!!」  そそくさと賢悟が蓮のベッドへ直行する。脱ぎ捨てた上着を、辰彦が拾う。その一連に澱みが無くて怖い。慣れすぎだろ、辰彦君。  「……辰彦、母親みたいだな。」  蓮がそう言った。辰彦はハンガーに賢悟の上着を掛けながら「まぁねぇ。」と微笑んだ。  「中学からの友人だけど、何か……構いたくなるよね、賢悟って。」  「何それ、俺辰彦の子供じゃねぇし。」  「そうだね。それよりも、賢悟。蓮にベッド貸してって言わないと。」  「レンレン、ベッド貸してー。」  「良いけど、漏れなく誠が付いてくるぞ。」  「は?」  と、きょとんとする賢悟の隣に無言で誠が侵入し始めた。いつのまに着替えたこの野郎。  「ちょ、まじか!!でけぇ!!すげぇ邪魔!!」  「黙れチビっ子。」  で、一瞬で寝る誠もすげぇわ。あ、俺1回家帰って荷物入れ替えたいなぁ……春哉の家でお泊りだし……へへ。  「きもい。」  「シャラップ賢悟。」  「お休みなさーい。」  子供め……とはいえ、俺もぶっちゃけ眠い。こたつ最高。  「眠いの?」  ぼやける視界の中で、春哉が微笑んでる。つうか、面白がってる笑みだ。  「んー……。」  「少し寝たら?」  「うん……。」  こたつにもぞもぞと潜り込んで、誰かの足に触れたけど気にしなかった。とにかく眠い。楽しかったけど、ほっとしたら一気に来た。  「おやすみ。」  「おやすみ――。」  ***  はっと、起きてみれば目の前には春哉の寝顔。起き上がってみれば、死屍累々。携帯で時間を確認しようとしたら、色んな着信音があちこちで叫び始めた。  「うるさ……。」  隣で春哉が起きながら自分の携帯を確認している。勿論、俺も。内容はどれも同じ。正月の挨拶だ。多分、この時間って事は皆似たような事やっていたか、初詣に行った帰りか行ってる最中とかなんだろう。  俺は適当に流して読んで、クラスメイトに先に返事を返した。春哉も寝起きでも、全員に返事を返すだろう。  暫く携帯の画面を叩く音や、「めんどくさ。」と早々に諦め起きた誠の声が蔵の中に充満した。  「はー、良く寝た。ていうか、誠が良い香りかもしすぎて辛い。」  「あ?俺?今日は何もしてない。」  「本当?めっちゃ良い匂いする。」  「……あぁ、頭じゃねぇか?今日、ワックス忘れたから蓮の使った。」  賢悟はベッドの端に座る誠の隣に膝立ちになり、誠の髪の中に鼻を突っ込んだ。  「あー、そう。これこれ。超良い匂い。」  「変な光景。」  そう言いながら自撮りする誠の神経凄い。ふと、ごつっと何かがぶつかった。何事かと振り向こうとしたが、出来なかった。代わりに、冷ややかな視線を蓮と辰彦から貰った。背中にぐりぐりと、多分、寝起きの儀式してるつもりなんだろう。不可抗力だ。  大人しくぐりぐりされたままでいたら、ぐりぐりが消えた。振り返ればまだ少しぼんやりとはしているが、目が覚めた顔をした春哉がいた。  「……夕飯、どうしよう……。」  第一声がそれかよ。しかも、割と真剣な顔で。  「鍋。」  「鍋良いね。」  「おい、そこの2人。お前らの夕飯じゃねぇから。俺と、春哉の夕飯だから。俺、鍋が良いなぁ。」  「結局鍋じゃねぇかよ。」  「煩いぞ、マコたん。」  「やだ、何それ可愛い。」  「やめろ。呼んだ奴片っ端から殴る。」  お昼過ぎ。ケラケラ笑って、昼飯の話しに変わる。面倒だなとか言いながら、結局はまた春哉が中心になって昼飯を用意してくれた。それからまた、日が暮れ始めるまで、下らない話しを尽きる事無く喋った。  辰彦と賢悟が帰り、俺と春哉が帰る。が、やっぱり誠は今日も泊まりらしい。3年になろうが、受験だろうが。どうせまた会うでしょって事で、軽く挨拶だけ交わして解散になった。  とりあえず、俺は春哉を連れて一旦帰宅しまーす。  ***  「あら!!あけましておめでとう!!」  龍司が荷物の中身を入れ替えると言うので、一緒に龍司の家に帰ってきた。そこまでは良かった。まさか、玄関で熱烈な歓迎を受けるとは思わなかったけど。  「お、おめでとう、ございます……く、苦しいです。」  「あら、ごめんなさいね。」  解放され、息を吸う。温かな母の匂いと、家庭の匂い。  「急にすいません。」  「良いのよー。上がって上がって。お夕飯まだでしょ?今日は沢山唐揚げ揚げたのよー。あら?心ちゃんは一緒じゃないの?」  「あ、えっと、兄の社員旅行に一緒に。やっと、小学校上がったんで。」  「あら、だから今日泊まるって張り切ってたのねぇ。」  「母ちゃん!!洗濯物入れていーのー!?」  「良いわよー!!はい、座って。ご飯大盛りにする?」  どうやら夕飯の真っ最中の様で、驚きの顔を見せる龍司のお父さんと龍太君がいた。  「春君!!初めての生春君!!明けましておめでとう!!」  「あ、初めまして。おめでとうございます……手袋とか、色々ありがとうございました。」  「いやぁ、写真では見た事あったけど、実物も綺麗な顔だねぇ。はがきありがとうね、大切に保管してるよ。あ、お茶の方が良いかな?」  「いえ、お構いなく……。」  視線をずらせば、龍太君がいた。  「明けまして、おめでとうございます。」  「おめでとうございます。今日は、部活の子達と初詣行ったんでしょ?人、沢山いた?」  「いや、学校近くの小さな所行ったんで。そんなに。」  「そうなんだ。」  「……嫁になるんすか?」  ……龍司、1発入れよう。  「えぇっと……?」  「両親が、嫁だって。」  「……そう、なの……。」  台所では2人のおじさんがお湯を沸かしていて、おばさんは龍司と多分洗濯物について話していて逃げ場は沢山あるが空気が逃げられない空気だ。  「あー……うーん……どうなんだろうねぇ……。」  「龍太!!お前人の嫁に何言い寄ってんだよ!!」  「……言い寄ってない。確認しただけ。」  「龍司、ちょっと。」  「何々?」  スパン。と、頭を叩いたら割と良い音がした。  「いって!!何で!?」  「さぁ、何でだろうね。」  「あ、ちょっと、ブラック消して。マジで。お前、何言ったんだよ。」  「嫁になるの?って聞いただけ。」  「おまっ、それ本人に聞いちゃダメなやつ!!」  2人の会話を聞いていたら、おじさんが俺にお茶を持ってきてくれた。  「あ、すいません……ありがとうございます。」  「良いの良いの。煩くてごめんねぇ。」  「いえ。」  お茶を一口頂いた時、「こら!!」と声がした。驚いてその声の方を見ると、おばさんが仁王立ちして2人の息子を睨みつけていた。  「お夕飯って言ってるでしょうが!!着席!!」  ビシっと食卓を指差して、龍太君とおじさんはそそくさと席に座った。俺は、龍司に腕を掴まれ席まで連れて行かれた。お茶は、龍司が持った。  「……よし。春哉君は、温かい飲み物が良いのよね?後でお茶淹れ直すわね。」  「あ、ありがとうございます。」  「良いのよー。あ、小皿出さないとね。兄弟2人が食い意地張ってるから、戦争になるのよねぇ。」  台所から小皿を取って、俺の分の唐揚げを先に取り分けてくれた。  「俺達と扱い違う。」  隣でぽつりと龍司が言った。その声が聞えた様で、おばさんは「お嫁さんとは仲良くするって決めてたのよ。」と言った。とりあえず、龍司の足を踏んでおいた。小さく呻いて、俺を見て来たが笑っておいた。  「はい、どうぞ。」  「あ、りがとうございます……。」  小皿には山盛りの唐揚げ。落ちそう。  「はい、じゃぁ頂きます。」  賑やかな食事が始まった。  そういえば、最近は悲しい事を思い出さないな。  ***  「ん?春哉、そろそろ行こうぜ。」  「え?あ、うん。ちょっと待って。」  リビングで、緊急の勉強会です。主に、龍太の。ここはこうすると簡単だよ、とか。計算間違ってるよ。とか。俺に教える時より優しいとはどういう事か。  「ありがとう、春哉さん。」  「推薦で、受かると良いね。」  「……そうですね。」  今月末、弟は推薦入試がある。まぁ、確実に受かるとは言ってたけど。内申とか、成績とか。俺とは出来が違うからな。  「あら、こっちに泊まれば良いのに。」  「いーの!!俺が春哉ん家行くの!!」  春哉を連れて玄関に行くと、親父と母ちゃんが見送りに来た。弟?リビングの扉から覗いてる。  「えっと、お邪魔しました。お夕飯、美味しかったです。」  「あら、ありがとう。また来て……今度は、心ちゃんと夏生さんも連れていらっしゃいね。」  「……はい。」  少し呆気に取られてたけど、すぐに微笑んで頷いた。照れてる照れてる。  「それじゃ、あの……おばさんって、お呼びして良いんですか?」  「やだ、トーコで良いわよ。」  「あ、じゃぁ僕はシュウジが良いなぁ。」  「分かりました。そう呼びますね。トーコさん、シュウジさん。お邪魔しました。」  「行って来ますー。」  弟に手を振って、やっと家出れたよ。ったくよー。うちの両親、テンション高すぎ。まぁ、楽しそうで何よりですよ。  2人でバスを待って乗り込んで、弟とどこ行こうか決めてなかった事を思い出した。まぁ、いつもの商店街抜けた所にある商業施設ですけど。窓際に座る俺が弟にラインして、春哉はその文面を眺めてすぐに春哉の家近くのバス停に到着した。  「おじゃましまーす。」  「誰もいないよ。」  そう、誰もいない。マジ、俺の理性頑張れ。  「お湯、沸かすからそっち行ってて。あ、こたつと床点けて。」  「うーい。」  居間の隅に荷物を置いて、こたつとカーペットのスイッチを入れて、テレビを点けて春哉を待った。春哉は急須やらを持って戻ってきて、お茶を淹れてくれた。  「あんがと。」  「うん。」  もぞもぞと春哉がこたつに入る。  「……心ちゃんいないと、静かだな。」  「うん。」  わぁ、急にこうなると会話が続かなーい。テレビは正月特番ばかりで、俺はお笑いにチャンネルを合わせた。しんとした部屋に、テレビの笑い声が響く。ぶっちゃけ言おう。俺、今、超緊張してる。  「お湯、見てくる。」  「ん。」  暫く立って、春哉は腰を上げた。春哉は、どう思ってるんだろう。俺みたいに、緊張したりすんのかな。つうか、マジで髪伸びたな。そろそろ、切るんだろうか。  「龍司、入って良いよ。」  風呂場辺りから顔を出して、春哉が言った。  「え、俺先で良いの?」  「うん。」  「あんがとー。」  下着と着替えを持って、風呂場へと行く。ふと、時計を見たら10時近い。でも、あんまり眠くはないな。  風呂場で使い方を聞いて、戸が閉まった。目に入った可愛らしいパッケージのボディソープ類に、思わず笑った。他には1セットしかないから、兄弟は兼用なんだろう。俺の家と一緒だ。その兼用の物を使って良いと言われていたので、それを使って綺麗にした。  「お先でしたー。」  「君、お風呂長いよね。」  「え、マジで?ごめん。早く出るつもりだったのに。」  「別に良いよ。気にしないで。僕も入ってくる。」  「ん。」  春哉が風呂に行って、おれ1人。つうか、マジで理性頑張れ。シャワーの音が生々し過ぎる。  テレビを観て待って、気が付けば12時近く。俺、本当に長風呂しっちまったみたいだ。春哉が戻ってきて、一緒に布団敷いてます。  「全然眠くない。」  「今日は仕方ないよ。」  敷き終った布団の上で座っていたら、春哉が台所に行ってしまった。何するんだろうと、遠目に見ていたら湯たんぽを持って戻って来た。  「はい、使って。」  「お、ありがとー。」  ちなみに、俺は夏生さんの布団です。  湯たんぽを布団の中に入れて、俺は布団に足を入れて座りなおした。春哉も眠くないらしい、テレビは点けたまま電気を消すだけにして布団の中に潜っている。  「……なぁ、髪切るの?」  テレビに照らされた春哉の顔を見ながら聞いてみた。  「うん。学年上がる前にはね。でも、ちょっと邪魔だからそろそろ切るかも。」  「ふぅん……。」  「……短い方が良かった?」  「いや。長い方も良いよ。」  ほぼ真下にある春哉の頭。手を伸ばして、毛先に触れてみた。少しだけ、ひんやりしてる。  「長いなぁ。お前、伸びるの早いな。」  「うん。爪とかも長いよ。月に2回は切ってる。」  「マジで?俺、1回切るか切らないかだよ。」  「そうなの?良いなぁ。面倒で切らないでいると、何か折れそうでさ。切ってると、心が寄ってくるんだ。自分も切ってって。」  「へぇ。」  顔はテレビに向いてるけど、笑ってる理由は多分その心ちゃんの行動に対してだろう。  ふいに、春哉が俺を見上げた。  「龍司。」  「あ、何?」  「いつもありがとう、これからも宜しくね。」  はい、俺の理性第一関門打ち破りました。気が付いたら春哉に覆い被さって、キスしてた。  「……す、いません。」  「何が?」  「いや、あの、急に。」  テレビの音と、2人分の呼吸音だけになったけどすぐに別の音が追加された。  「……ぷっ、くくっ、そんな、焦らなくてもっ……ふはっ。」  「わ、笑うなよ!!何で!?」  「だって――。」  あはは。と本格的に笑い出したので、俺は春哉から離れた。けど、二の腕を掴まれてそんなには離れられなかった。  「君は、本当に面白いね。一緒にいて、飽きないし……凄く、楽しいし幸せだと思うよ。」  ぐっと春哉の顔が近寄って、また唇がくっついた。  「ありがとう、龍司。」  春哉の表情は、柔らかい。俺は、春哉を抱き締めていた。  「……どうしたの?」  「何となく。」  「そう……。」  背中を春哉の手が撫でている。寒くない?重いよ。そんな声が、耳に入ってくる。  「大事にする。」  「……うん。」  じんわりと、腕で春哉の体温と自分の体温が混ざっていくのを感じる。  「2人でこの布団は狭いよ。」  「……ごめ……春哉?」  春哉から離れようとしたら、俺の背中に触れていた手に力が入って離れる事が出来なくなった。  「だから、くっついて寝ようか。」  「そ、れは……無理、だと思います。」  「何で敬語?」  「つい。でも、マジで、理性崩壊するから。勘弁して。」  「しても、良いけどね。」  思わず春哉の肩を片手で押して、片手を敷布団について体重を支えて離れた。  「マジで、勘弁して。理性豆腐だから。ぐずぐずになる。」  第二防壁打ち破って第三破り掛けてるんですけど!?  「いつもじゃない?」  「毒が酷い!!」  「まぁ、君と暮らせるまではって思ってたけど……僕も一応男だから……。」  上下が反転した。視界に春哉の顔と、テレビの青白さを映した天井が見える。  「これ位は出来るよ?」  「……こ、の、多重人格!!」  「切り替えと言って欲しいなぁ。それとも、素の方が好み?」  そう聞いて来た春哉の顔が、少し悲しそうでバカじゃないの?って言おうと口を開きかけたけど止めて、飲み込んだ。  「……そういう事言うなよ。俺は、お前が好きなんだ。俺でも僕でも、春哉が決めれば良い。今からでも、もうクラスの皆知ってるんだし、大丈夫だよ。」  春哉の体が俺の上に落ちた。片腕で抱き締めて、もう片方で布団を引寄せ2人で包まる様にした。元々布団の端はくっついていたから、問題は湯たんぽだけ。  「春哉。」  「何。」  「大事にするよ。」  「うん。」  「テレビ、消さなきゃ。」  「うん。」  「なぁ、テレ、ちょ、待て待て待て何してんの何してんの何してんの!?」  がばっと起きて、テレビを消したのは春哉。真っ暗の中、ぼんやりと春哉の輪郭が見える。俺?半ケツ晒して転がってるよ!!勿論、下着の意味もねぇよ!!  暗闇の中、目が慣れ春哉が俺の腰辺りを跨いで見下ろしているのが分かった。  「めっちゃ良い雰囲気でお休みする感じだったじゃん!!」  「煩いよ。近所迷惑。」  「うっせ!!」  「ねぇ、龍司。」  「ぁんだよ。」  「さっきも言ったけど、俺も男だよ。」  ゆっくりとそう言いながら春哉の顔が近寄ってきて、髪の毛がはらりと落ちてきて、視界の中は目を閉じた春哉の顔で一杯になった。

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